第一話:RS-7宙域撤退作戦起案
※※ 1 ※※
「トウノ・サユリ情報次席参謀」
その声に、あたしは弾かれたように直立し敬礼した。
「こ、これはマナ・オレミン情報主席参謀殿……」
スレンダーな身体に白地の宇宙軍制服と、やはり白地のタイトスカートが様になっているこの女性はあたしの上官であり、あたしをいつも暖かく見守ってくれる敬愛すべき上司でもある。
でも、その柔らかい性格とは裏腹に黒を基調に金線二本、その上に桜章がひとつ載った少佐の肩章と右肩から吊った参謀飾緒が軍人としての威厳を醸し出していた。
「ふふふ、いつも通りのマナ少佐でいいわ」
モス・グリーンの瞳を細め、あたしを優しく睨む。
「トウノ少尉にお仕事よ。これから後方部隊は現在先方部隊が交戦中であるRS-7宙域まで転進。転進後、全艦艇を速やかに撤退させるために亜高速航行が可能な地点を算出してちょうだい」
「……RS-7宙域はいわば最前線ですよね?」
あたしの質問にマナ少佐は目をパチクリさせる。
「そうよ、それがどうかして?」
「あたし、思うんですけど、現状で勝敗が決してしまってる以上、さらに戦力を投入しても悪戯に戦線が拡大されるだけで、ひいては我が軍の全滅に拍車をかけるだけだと思うのですが……」
「トウノ少尉のいうことも一理あるわ。でもね、これを見て」
あたしのデスクにある操作盤を引き寄せて叩き始める。そして端末ディスプレーに表示された情報ウインドゥを指差した。
「そのグラフを見て。たしかに少尉の言う通り後方部隊が参入した途端に、艦隊維持率と損害艦艇率が共に傾きを急に増すわ」
マナ少佐はあたしに視線を移し、
「だけど、この変化が重要なの。つまり戦況が一時的に混乱を来す、この特異点を狙って戦線を維持しながら、その隙に損害艦艇から逐次戦線離脱を開始する……というわけ」
どう? といった面持ちであたしを見る。
あたしは朱唇に人差し指を当てて、少佐がイメージする作戦案を反芻してみる。
あたしが思考する時の癖だ。
「……例えるならこの作戦、引いてもダメなら……」
あたしの言葉にマナ少佐がひまわりのように、ぱあっと笑顔が広がる。
「というわけで、トウノ少尉。期待してるわよ」
ウェーブがかったクリーム色の髪を耳の後ろで掻き上げながら踵を返し去っていく。
あたしはその後ろ姿に敬礼して与えられた任務を遂行すべくデスクに就いた。