第十七話:第三次クセノパネス計画
※※ 17 ※※
「クセノパネス計画、中尉は知ってるかしら?」
「エゼリン博士っ!?」
クルスヤマ提督が、慌ててそれを制しようとする。が、イリアさんは首を横に振った。
「中尉は、もはや同志です。少なくとも、それらに関わりのある人間です。だからこそ閣下は第九独立分遣艦隊に異動を命じたのでしょう?」
「う、うむぅ……」
クルスヤマ提督は唸りながらナガス本部長に視線を促す。本部長は無言で頷いた。
両人の了承を得たイリアさんはゆっくりと話を続けた。
「クセノパネス計画……人類が居住可能な惑星を探索し、テラ・フォーミングする計画。さらに宇宙歴203年から二十三年間打ち立てられた第二次クセノパネス計画、一般では緑化に成功したグリューン・エルデへの人類初、太陽系外移民計画といわれてる。それは事実に違いないけど、この計画にはもうひとつの極秘計画もあったの」
クルスヤマ提督とナガス本部長は、緊張と不安で顔が強張っている。対してイリアさんは何処までも穏やかな笑顔を絶やさない。
「つまり、中尉のお父様……トウノ博士をプロジェクト・リーダーとした、いわゆるロストテクノロジーである、古代ソティス文明の実用化計画」
……そうだったんだ。
でも、あの頃のことは、あたしもよく憶えている。お父さんに手を引かれながら、あちこちの発掘現場に行ったものだ。
まるで浜辺で貝殻を探すように、あたしが遺物の破片やらを見つけ出してくると、いつもにっこり微笑んで頭を撫でてくれた……。
あの頃には、もう戻れない……。
「もし、その高度な文明を解析し、実用化にこぎ着けることが出来れば……。その後、軍部とある民間企業が合同で極秘にグリューン・エルデに研究所を設立した。そして、様々の分野の研究者が赴任してきたわ。わたくしもその一人だけど」
イリアさんは、くすり、と笑って肩をすくめた。でも次の瞬間、すぐに顔が引き締まった。
「……だけど、その研究も戦争の勃発とグリューン・エルデの陥落によって断念せざるを得なかった。その後は戦争の激化とともにプロジェクトそのものも忘れられてたけど、今回のウォルク星系から遺跡が出土したという報告により、再発動することになったわ」
イリアさんは、あたしの手を両手で包み込むようにひしっと握る。
「だから、中尉にも協力してほしいの」
ワイン・パープルの瞳が、あたしをまっすぐに見つめていた。思わず俯くあたし。
「で、でも小官は今ではもう……。それに何をすれば……」
今更なにを?
宇宙考古だなんて、あたしにはすでに終わったこと……。でも、何故? どうして、こんなに迷うの?
揺れ動く不安定な心を見透かすような、イリアさんの瞳を、あたしは直視する勇気が持てず、眼を逸らしてしまった。
「この戦争で、お父上の夢と中尉の夢が失われた気持ちを理解したつもりでいってるの。……先ほどオレミン中佐から中尉のことを伺ったわ」
「えっ、マナ少佐……、いえ中佐から?」
ふいに慣れ親しんだ人の名前が出てきて、思わず視線を上げた。
「ええ、中佐はグリューン・エルデ駐在時代からの友人なの」
エリアさんは少しはにかむ。
「まあ、それで……、さっきここ本部長室で少しお話したの。『トウノ少尉ってどんな人?』って。そうしたらこういったわ。『少尉は普通の女の子よ。でも、どんなに高い難関や、強い圧力の中、決して自分の弱さに負けない子。RS-7宙域で、あれだけのことをしてのけるだなんて、ね』と、笑いながら話してくれた」
イリアさんは再度あたしの手を握る。
「その時、確信を持ったの。中尉となら、このたび発動される第三次クセノパネス計画の成功を」
「……第三次クセノパネス計画?」
あたしは呟く。
「そう。中尉と、中尉のお父上の夢を受け継いだ計画。そして、この戦争を終わらせるためのグリューン・エルデ奪還計画」
「……戦争を終わらせる?」
イリアさんは大きく頷き、握った手に強く力が入る。
あたしは何も考えることが出来なくなった。ただ、ポカリと空いた心の空洞にイリアさんの穏やかな声が響くだけだった。
瞳に溜り、頬に流れる涙を拭い、あたしは、ただこくりと頷いた。




