第十六話:思いは儚く
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落ち込んているとき。
悲しいとき。
何かに悩んでいるとき……。
たいてい、あたしはお父さんの夢を見る。
もちろん愉しい、素敵な思い出もあるけれど、夢に出てくる少女のあたしは無愛想だった。
始まりはいつも別れの場面。
「ちょっと地球まで行って来るよ、サユリ。いい子で留守番してるんだよ」
お父さんの口癖である「ちょっと」は、まるで信用できない。
「ちょっとって、どのくらい?」
むくれて問う、あたしの頭を笑顔で撫でながら、
「んー、そうだなぁ……。サユリがそれを読み終わる頃には帰ってくるさ」
と、あたしの腕に収まっている本……『歴史学の思想とその理論』を指差した。
子一人、親一人の家庭で、このような出来事は日常茶飯事だった。
お父さんは誕生日には必ず本をプレゼントしてくれた。おかげで、八歳の誕生日を過ぎたころには地球がグリューン・エルデから光の速さで7.8光年もかかる場所にあるのだということを知った。
しかし、その頃には「ちょっと」という時間の概念が実にいい加減なものであり、且つ空間を超える人間の主観時間によって、これほど任意に変化するものはないということを私生活を通じて認識していたし、お父さんも地球へ出かける度に半年以内で戻ってきていた。
だからということではないが、近代物理学の先駆者ともいえるアインシュタインが一般相対性理論を発明するのに八年を費やしたと知って、少なからず落胆した。
そんな幼い少女のあたしにとって、アインシュタインの紆余曲折に満ちた苦労など知る由もなく、同じようにお父さんの「ちょっと」に含まれる親心も斟酌できずにいた。
ただ、一人になるのが嫌で、ひたすら無愛想に振る舞っていた。
十四歳の春、あたしは本当に一人になってしまった。
新東京大学文科Ⅲ類に籍を置いていた、あたしは満開の桜並木をキャンパスに向かって歩いていた。
突如、街頭映像に臨時情報が入り、地球外知的生命体との交戦、そしてグリューン・エルデが急襲され、陥落。宇宙軍の敗北を知った。
戦争の勃発が報道されて、その日のうちにお父さんの『戦死通知書』が届いた。
軍の事務処理能力の迅速さに驚かされながらも、軍属として研究していたのだから、いわゆる『戦死』扱いになるのかぁ、なんてことを思いつつ、この異常事態を客観的に受け止めている自分に半ば呆れた。
あたしのお父さんは存外有名人だったらしく、校内で出会う人は皆紋切り型の弔辞を口にした。そして大多数があたしの冷静な態度に感心しながら去って行った。
講義も終わり、友人と別れ、一人歩きながら空を眺めたとき、あたしはふとグリューン・エルデの空を思った。
「地球の空って何処までも澄んだ青色だけど、あっちの空は青の底にエメラルドのような煌めく深緑が見えたっけ」
かざした指の隙間から柔らかな日差しが漏れて、栗色の瞳を細める。まだ明るくてシリウスは見えないけれど、あたしにはどの方角にあるのか分かっていた。
「もう、あそこには戻れないんだ。お父さんもいない……。ずっと一人っきりなんだ」
無意識に吐いた言葉が、今まで堰き止めていた涙をあっけなく誘おうとする。
あたしは瞳いっぱいに溜めた涙を零すまいと、ひたすら空を見上げていた。




