第十三話:つかの間の休息
※※ 13 ※※
どーでもいいといえば、さっきから周囲の視線がやたら痛い。
少なくとも懸想している人間が遠くから見つめる熱い眼差し、というようなものではなく。
どちらかというと珍獣を見るような……。
そう、好奇心に満ち溢れた視線の類なのね。
「ねえ、見て。あそこに『RS-7宙域の英雄』がいるわよ」
その小声で、ふと、ノートに走り書きしていたあたしのペンがピクリと止まった。が、何も聞こえなかったふうに、もくもくと作業を続けることに専念する。
それでも、やっぱり会話が耳についてしょうがない。
それもそのはず。
彼らが噂しているのは誰であろう、あたしのことだからだ。
「どこ、どこ?」
「ほらぁ~、あそこ。窓の近くよ」
「えぇぇ、あの英雄って女の子かよっ! なかなか可愛いじゃん」
「……あなたって、ああいう子が好みなんだぁ」
「バカだなぁ、俺はお前が一番さ」
「もぉ、あなたもバカぁ……」
あの、もしもし。
全部聞こえているんですけど。
でも、これで何度目かしら……。『RS-7宙域の英雄』って噂されるのは。
最初はそういわれるたび、気恥ずかしさと戸惑いで、あたふたと身を隠していたけど、今ではその気も失せている。
そうよっ! 元はといえば、これもみな軍の広報課が悪いんだわ。
死ぬ思いをしながら這這の体で帰ってみれば、いつの間にか英雄に祭り上げられて、それから休む間もなく報道陣に囲まれて、つい今しがたも悪運強く生き残ったフクイケ少尉に嫌味を聞かされて。
いいこと、全くないっ!
「ふう……」
溜息をひとつ吐いて、ガラス越しに外を眺める。
青々と茂った芝生の上で宇宙軍の制服を着た数組のカップルが語り合っている。中庭の中央にある噴水が柔らかな日差しに包まれて、キラキラと輝いていた。
この間の戦闘が嘘のように、地球は平和……。
テーブルのアイスココアをストローでつつく。カランッと小気味良い氷の音がグラスの中で響いた。
「あら、トウノ少尉も後方作戦本部に出頭してたの?」
あたしは声が発せられた方向へ振り向く。声の主は顔を見なくてもすぐに分かるのだ。
「はい。マナ少佐はどうしてここへ?」
「このたび、後方作戦本部長付首席補佐官の辞令が下りたの。ほら、その受け取り」
あたしに薄い紙きれを一枚渡して、反対側の椅子に座り、コーヒーを注文する。
「……へえ、内地勤務と中佐に昇進ですかぁ。おめでとうございます」
あたしは丁寧に三つ折りにして、辞令公布書を返した。
「ありがと。それよりトウノ少尉にこそ……あ、何か書いてる?」
さり気なく、マナ少佐が机の上のノートを覗き込んだ。
「……軍人にとって戦争とは……、って随分難しいこと考えているのねぇ」
「あ、いや、これはあたしのメモというか、日記みたいなものですので……」
しどろもどろに弁明しながら、慌ててノートを閉じ、見え見えの行動で小恥ずかしさを隠しつつ、無理矢理話題を変えた。
「え、えーと、何か新しい作戦に召集されるらしく、その辞令が下りるんですけど、まだその時間には間があるので、ここのカフェテリアにいたんですがぁ……」
あたしが急に妙なアクセントを語尾につけたもんだから、マナ少佐は「おやっ?」という顔を見せる。しかし、すぐに謎を解けたらしい。
ちょっと離れた場所から、ひそひそ話が漏れてきたからなのね。
「おい、あれ。『RS-7宙域の英雄』じゃないか?」
「お、ホントだ。彼女、けっこう可愛いよな……。彼氏いるのかな?」
あたしのぶすっとした顔にマナ少佐がくすくす、笑い出す。
「トウノ少尉も、今やちょっとした有名人だもんね」
「笑うことないじゃないですかぁ。あたし、英雄とか、そういうの好きじゃないし……。それに敗けちゃって英雄もないじゃないですか? 敗軍の将って詰られるのなら、まだしも……」
あたしの非難を静かにコーヒーを啜りながら聞いていたマナ少佐が、やがてコーヒーカップをテーブルにゆっくりと置く。
「……敗けたからこそ、英雄が必要なのよ。士気に影響するから……。わたしたち人類が宇宙歴305年に地球外生命体と接触して、今年で4年。
それらと戦争を始めて3年。それなのにわたしたちは敵がどんな形態をしていて、どんな種族で、そんな惑星に生息していているのか、まるでわかってない。
ただ、わかってることは、明らかに敵の意図は太陽系周辺宙域と地球の侵略……。飛んでくる火の粉はふり払わないといけないとはいえ、誰も得体の知れないものと戦うのは気味が悪いというのが本音だけに、何が何でも士気を上げないといけないのよ」
「だからって何もあたしを英雄にしなくてもいいじゃあないですかぁ」
あたしは勢いよく、残りのアイスココアをストローで吸い込んだ。
「まあ、英雄かどうかはともかく、トウノ少尉は大きな功績を上げたのは事実よ。それに対しては自信を持ってもいいと思う。
あの戦況の中で撤退作戦を実行してから帰還率八十パーセント以上、誰にでも出来ることじゃないわ」
「そうでしょうか……?」
「そうよ。ほら、そろそろ時間でしょ」
マナ少佐が自分の腕時計を指差す。
「あ、そうだった! マナ少佐はこれからどうなさるつもりですか?」
「ヒクマ提督とトクノ参謀長をお見舞いに軍病院に行く予定だけど……」
「それでは、ご一緒させていただいてもいいですか?」
「そうね。だったら、一階ロビーの時計塔の前で待ってるわ」
「了解しましたっ」
あたしは素早く敬礼して、足早に駆けていった。




