第十二話:帰路
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「ご両名とも重傷ですが、今なら助かります」
軍医の診断にホッと胸を撫で下ろす。
こういっちゃあ何だけど、内心手遅れじゃないかと思ったんだ。
まあ、一安心ってトコね。
「それでは軍医殿、宜しくお願いします」
あたしは軍医と敬礼を交わすと、担架で運ばれるヒクマ提督とトクノ参謀長を見送った。
これで司令部に残ったのは、あたしとマナ少佐と後方主席参謀の三人。だけど、さっきの被弾で後方次席参謀を失った後方主席参謀殿は、現場で医療班の直接指揮と、医薬・弾薬の補給指揮を執らねばならぬため、艦橋を離れてしまった。
結局、司令部首脳と呼ばれるのは、あたしとマナ少佐。
事実上、司令部は崩壊したと言ってもいい。
……これで、やっていけるのかなぁ。
何とも言えぬ不安感で萎れていると、片腕に三角巾で吊ったマナ少佐が艦橋の被害状況の確認から戻ってきた。
「ダメね、下も殆どやられちゃってるし、特に第二層は艦長以下、士官全員が重傷もしくは戦死……。とても未来が明るいとはいえないわね」
「……そうですか」
絶体絶命。
まさに、今この状況のためだけに存在するのではと思うくらい、ドンピシャリな言葉。
ついてないときは、とことんついてないのね。
「これで、艦橋に残留する高級士官は、わたしとトウノ少尉だけになったけど、わたしたちだけで何とかしないと、ね」
「そうですね」
あたしもマナ少佐の意見に頷いて見せる。それからバルコニー状の第三層の端に手を掛けて下を眺めた。
第一層、第二層には修理班と医療班で、ごった煮状態と化していた。
「現状報告では、戦術コンピュータおよび端末、管理機能は全部生きてるから作戦続行には支障がないけど、人員がこれではねぇ……」
マナ少佐が、あたしの横で嘆息する。
「増員しますか?」
「う~ん、それは無理ね。どこの部署も人手不足だから、艦橋だけというわけにはいかないでしょう。それに……」
「それに?」
「それに、増援したくても余剰な乗員がいないのね」
「はあ、……」
溜息ともつかぬ、あたしの生返事に、マナ少佐は少々不安を感じたらしい。その語気に少しばかり張りを見せる。
「気のない返事をするのねぇ、トウノ少尉。あなたが司令官代理なんだからしっかりしなさい」
「えっ、あたしが司令官代理? そんなの無理ですよ」
あたしの抗議に対して、マナ少佐は何処までも冷静だ。
「そうはいっても提督が不在である以上、現場責任者のトウノ少尉が艦隊を指揮するのが当然でしょう」
全く、いくら切羽詰った戦況でも、一介のぺーぺー少尉が艦隊指揮だなんて、冗談にもほどがあるわっ。
あたしが憮然とした面持ちで見つめていると、マナ少佐はにっこり微笑み返してくれた。
「大丈夫、トウノ少尉ならうまくやれるわよ」
「そんなぁ……あたし自信ないですよ」
大きく脱力しているあたしの脇で、通信オペレーターが状況報告してきた。
「艦内の応急修理、全て完了しました。ただ、被弾箇所が悪く、左舷のサブエンジンが使用不能とのことです」
え? 左舷サブエンジンが使用不能? ということは……。
素に戻った、あたしは端末を開いて、機関部用艦内管制システムを立ち上がらせる。
ホントは機関長のする仕事だけど、艦レベルの司令部は全滅だから仕方ない。
そこに、通信オペレーターが更なる報告を追加した。
「メインエンジンに故障発生っ! 出力さらに15%ダウン」
「ちょ、まっ! 今、亜光速航行のエンジン臨界チェックしてたとこなのにっ!」
苛立つあたしは、罪もない通信オペレーターに八つ当たりしつつ、いったんシステムを閉じる。
そういえば、この数時間であたしの肩書も随分変わったわ。情報次席参謀から始まり、司令官代理に、機関長……。この先どれだけの役職を兼任するようになるのかしら……。とほほ、だわ。
まあ、とにかく今はエンジンの修復をするのが先ね。
「エネルギーライン、バイパス接続正常。ダメージコントロール班はメインエンジン破損エリアへ急いで」
あたしは、機関部各所に下命して、再び亜光速航行管理システムを立ち上げる。
不幸中の幸いか、バイパスに切り替えたおかげで左舷サブエンジンも稼働の見込みが立ちそうだ。
しかし、ホッとするのもつかの間、今度は索敵オペレーターの声が響く。
「本艦、正面に敵、高速戦艦、来ます」
「主砲、斉射っ!」
間髪入れず、あたしは命令を下す。……言うまでもないが砲術長の職分も兼任せざるを得ないのだ。
前部主砲から打ち出された何筋かの粒子の束が敵艦の外壁を貫く。
「右舷、2-8-9、敵、軽巡洋艦二隻っ!」
「右舷後部、光粒子魚雷発射っ!」
「右舷後部、光粒子魚雷発射管は既に大破してますが……」
オペレータの訝しげな発言に、あたしは言葉を詰まらせた。
「じゃ、じゃあ……右舷後部光子砲斉射っ!」
言い訳するようだけど、今のあたしには、やることが多すぎて昔の報告なんていちいち憶えていられないわ。
この調子だと本来の任務を遂行するヒマすらない。
「トウノ少尉、そろそろじゃ、ない?」
「え? あ、はいっ!」
マナ少佐の助言で機関部ジェネレータ・システムと亜光速航行管理システムを閉じて、戦術コンピュータに情報部から送られる戦況布陣図をリンクさせる。
みた感じでは、敵の紡錘陣形が味方の正方半球形陣の中心を穿つ形で進撃している。
おそらく現時点で、敵は自軍の勝利を確信しているだろう。まあ、そう思い込ませるのが、この作戦の基本戦略なのだが。
「そろそろですね。敵がこのまま気づいてくれなけばいいんですけど……」
「ここまでくれば大丈夫よ。でも……」
「でも、油断は禁物ですね」
あたしの言葉に、マナ少佐はにっこりほほ笑んだ。
「敵軍、我が軍の後衛部隊を突破っ! 完全に分断されるまで、あと10秒っ!」
あたしとマナ少佐が同時に頷く。
「各艦、亜光速航行用意、カウント12秒前」
命令を下すとともに右腕を挙げる。
「敵軍、完全に我が軍を分断しましたっ!」
通信オペレーターに呼応して、マナ少佐が亜光速航行座標軸の最終確認をする。
「艦隊の亜光速航行軸線上、オールグリーンッ! いけるわよ」
「全艦、亜光速航行開始っ! 逐次RS-7宙域より離脱してください」
あたしは挙げた腕を振りおろし、最後の命令を告げた。それによって、味方の艦隊が敵軍の上下左右を最大戦速で駆け抜けていく。
そして、前衛部隊から次々と青白い光粒子に包まれて消えていく同胞を眺めながら、とてつもなく重すぎた責任から解放された安堵で、あたしは身体の疲労感と一緒に脱力感を感じた。




