第十話:今からあたし、艦隊を指揮します
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「これより、RS-7宙域撤退作戦の実行に移ります」
「うむ、許可する」
ヒクマ提督が静かな低い声が艦橋第三層に響く。
あたしは敬礼で返し、艦橋正面を見据えた。大型戦術ディスパネルに表示される敵軍は紡錘陣形を整え、今まさに全面攻勢に転じつつある。緊張の余り乾いた喉を癒すため、生唾を飲み込んだ。
……そうよ。恐れず、信じ抜いて……そして強くなるのよ、トウノ・サユリッ!
あたしは大きく深呼吸をした後、下命する。
「全艦艇に伝達。各艦は情報部のプログラムから撤退ファイルをダウンロードしたのち、再編成された部隊の通信を確保してください」
艦橋第一層の各部門下士官が一斉に端末を叩き始めた。
「敵、地点3-6-9を突破っ! 前衛は完全に分断されました」
「戦艦『あさか』、戦艦『ことね』撃沈っ! 戦艦『たかの』、空母『はるか』通信途絶っ!」
「戦艦『へきる』の分艦隊司令官ナシマ少将より入電っ! ≪ワレ、航行不能ニツキ自沈ス。旗艦ノ武運ヲ祈ル≫以上です」
敵の攻勢が開始された途端、今まで以上の惨事が報告される。要するに敵もここが正念場と本気で締めて掛かっている、という事だろう。
つまり、この段階で敵の攻撃力がピークに達したということだけど、一方で予想を遥かに上回る駆逐と進撃に味方の艦が戸惑っているのも否めない。
「各艦、慌てないでっ! 無理に避けようとせず、少しずつ横へスライドするように敵の攻撃を受け流して下さい」
味方の損害を最小限に食い止めるため、あたしは急いで追加命令を出した。
焦りは禁物よ、サユリ。焦ったら負けだわ……。
汗で滲む手のひらをスカートの裾で拭いつつ、視線だけは大型戦術ディスパネルを睨み続ける。敵・味方の陣形が、重力値から計算された簡略ブロック化され、リアルタイムで動くため片時も目が離せないのだ。
「敵、小型戦闘艇を発進させましたっ!」
オペレーター下士官の声が電子回路の焼けた匂いと体臭の充満する艦橋にこだまする。
……なるほど。
敵・味方入り混じっての乱戦状態では艦砲は無理だから近接戦法と来ましたか……。
「こちらも応戦だ! 艦載機発進用意っ!」
「ダメですっ!」
あたしは、トクノ参謀長が下した命令をすぐさま取り消した。
「トウノ情報次席参謀、何故だ!?」
「今、艦載機を発進させたら、戦況が膠着してしまい、撤退する好機を失います。ここは制宙権の確保より各艦の亜光速航行の準備を優先させるべきと考えます」
「では、このまま黙って見過ごせと、貴様はいうのだな!?」
噛みつかんばかりにトクノ参謀長は尋常ならざる剣幕で迫ってくる。
血走った眼がギラギラしていて、思わずたじろいでしまった。
「そ、そういうことでは……」
情けないことに気迫に負けて、なかなか後の言葉が続かない。
いくら切迫した状況だからって、そんなに興奮することないじゃんっ!
一体あたしにどうしろってのよ!? あたしだって馴れないことで必死なのにっ!
「トクノ参謀長。この作戦の責任者はトウノ情報次席参謀なのだ、少尉の指示に従おうではないか。
少尉、敵の小型戦闘艇に対し、百隻単位の小集団に分かれ、防空体制を徹底させるということで良いかね?」
「はっ」
……やれやれ。
ヒクマ提督の助け舟のお蔭で、何とかトクノ参謀長から逃げることが出来たわ。
しかし、聞き分けのない上司を説得するのはホント神経使う……。
胃が痛くなりそう……。
「装甲の厚い艦で傷ついた艦を庇うようにして百隻単位の集団分散し、防空体制を堅めて下さい」
あたしが下した命令が直ちに実行に移される。それでも完全に危機を回避したわけではない。次なる防御手段を考えつつ、敵より先に手を打たねばならないという使命が残っている。
もちろん、撤退を最優先にした上で、だ。
さあ、これで敵の小型戦闘艇は近寄りにくくなったし、味方も敵の対応に動きやすくなったわ。
このまま敵が前進を続けてくれれば、こっちとしてはやりやすいんだけど……、そううまくいかないのが現実よね。
「本艦、0-3-4の方向、至近弾3ッ! 直撃、来ますっ!」
オペレーター下士官の報告で右舷に視線を移す。スクリーンごしに青白い閃光がこっちに向かって来るのが見えた。




