第九話:信じる者は救われる
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「トウノ少尉は、今どう思ってるの?」
何だか嬉しそうなマナ少佐を見ていると、ここが戦場ではないような錯覚に陥りそうで調子が狂う。
「……あたしは入隊したばかりの頃は戦争なんて一部の高級将校が采配を振るって、あたしのような一般将兵は単なる手足に過ぎないと思ってました。
おまけに士官学校出身ではないので、馬鹿にされるのが嫌で少しでも早く昇進して、この戦争が他人から押し付けられたものでなく、あたしなりの納得いく決着をつけたいとも思ってました。
だから、本作戦の専任に選ばれたときは理想に一歩近づいた気がしてすごく嬉しかったんです」
笑顔を絶やさないマナ少佐をまっすぐ見つめる。あたしの栗色の瞳が潤んでいたのも気が付かないほど、必死に見つめた。
「でも……今は、怖い。すごく怖いっ! あたしの作戦で全てが動いてるんです。もしも自分がミスしてたら、みんな逃げきれず死んでしまったら……あ、あたしのせいなんです」
マナ少佐が、そっとハンカチで涙を拭ってくれる。あたしは気恥ずかしくなって俯いた。
「……たとえ、ここで消えてしまったとしても、誰もトウノ少尉のせいだなんて思わない、きっと。
それに将兵は司令官が戦争遊戯をするための駒ではないわ。みんなの大切なものを守るために、それぞれが自分の任務に責任もって遂行し、信頼し合って初めて困難な作戦も完遂できるものなの。
わたしも、司令官閣下も、参謀長閣下も、艦隊全将兵も、トウノ少尉に賛同して撤退作戦を成功するために頑張ってる。自分を信じて皆を信じれば、きっと成功する」
「はいっ!」
今度こそ自分の意志で涙を払い、あたしは満面の笑みを浮かべた。
「……でも、本当にマナ少佐はお強いですね」
あたしの言葉に、マナ少佐は悪戯がバレた子供のようにおどけてみせた。
「そんなことないわ。正直に白状するとねぇ……、任官したばかりで駆け出しの頃、いつもおろおろしてたわたしに、外周方面軍司令部の、とある参謀がおしゃってた受け売りなのよ」
マナ少佐がくすくす笑い出す。あたしもつられて笑う。
「……『どんなに苦しい状況でも、皆で助け合えば必ず希望はある。どんなに困難な作戦でも皆で信頼し合えば必ず成功する』
まあ、一部の人間は青臭い理想論だって笑ってたけど、わたしはその口癖を聞くたびに気持ちが楽になっていくのが分かったの。それからかなぁ……、戦場が怖くなくなったのは」
遠い目をして愉しそうに語るマナ少佐が、ちょっぴり羨ましく思えた。
「素敵な上官ですね」
「そうね、ちょっと変わったとこもあったけど」
……ああ、何だか心の蟠りが、まるで氷砂糖がとけるみたいに、甘い安心感に変わって、あたしの中で広がってくみたい。
きっとマナ少佐がその参謀に感化されたように、あたしにとってのマナ少佐は掛け替えのない存在なんだわ。
「あたし、信じますっ! そしていつか、あたしもマナ少佐のように強くなりたい」
「その意気よ。ほら、信じれば敵が動き始めたわ」
マナ少佐が指差す、艦橋正面の大型戦術ディスパネルに変化が生じた。
味方の防御陣に張り付いていた敵の先陣が徐々に集結しつつある。それが敵の中央突破を行う前触れであることに、あたしはすぐに瞥て取れた。
「さあ、ぼやぼや出来ないわよ。ここからが正念場なんだから」
マナ少佐が軽くウインクをする。あたしはそれに応えるように大きく頷いた。




