現代における魔法
懐かしい夢を見た。
勇者御一行は5人。
私たちの保護者的な立ち位置に治療師である彼がいた。
眼鏡をかけていて、ちょっと釣り目がちの彼。よく怒っていた。最初の方は怪我ばかりで、彼は私たちの治療にとても忙しかった。途中で私も治療魔法を覚え、聖女も修復の祈りを覚えてからは周囲の人の怪我を治して。異世界人である私はこの世界の常識を知らない。育ってきた環境が違うのだから当たり前だ。私が何か突拍子もないことをすれば、怒ったりなだめたりしながらも教えてくれた彼。勇者は戦闘一直線で聖女は腹黒。遠距離攻撃と索敵が得意な弓師は無口なフラグ建築師。全員常識は知っていても何故なのかは教えてくれなかった。というか常識が怪しかった。皆、常識、知ってる・・・?
彼は学も深く、色々なことを知っていた。
『魔族の中には様々な特殊魔法を使う者がいます。貴方はまだ幻惑系の精神術に弱いのですから、気をつけなさい』
一週間。
入学してからの一週間なんてあっという間に過ぎてしまう。
クラス内でもグループ分けが終了したタイミングでもあった。中学二年の時に異世界召喚にあった私は、こちらに戻ってきてから女子のグループに馴染めなくなった。いじめられるとかではない。なんとなく合わない。話しかければ答えてもらえるし、授業のグループ分けでもすんなり混ざれるのだが、休み時間にべったり、というのができなくなった。
高校でもそれは変わらない。皇木も似たようなものらしい。幼稚園、小学校低学年では前世の記憶と今の記憶が混ざっていたらしく色々やらかしたと言っていた。席の前後ということもあり、私達二人は一緒にいることが多い。周りからは二人のグループに見えるのではないだろうか。これに時々瀬川さんが混じる。彼女は今日も赤い飾りのついたヘアゴムで髪を可愛らしく結んでいる。
「そう言えば最近、野犬の被害が多いんだって」
彼女はお喋り好きなグループにいることが多く、こういった情報は彼女からもたらされる。
「野犬?」
「うん。大きい野犬だって。襲われた人の足にね、歯型が残ってたらしんだけど大型犬以上あるんじゃないかって」
「早く捕まえないと危ないね」
「見周りも罠もしかけてるらしいんだけど、捕まらないんだよね。でね、おかしいの」
「何が?」
「見てないんだよ」
「見てない?」
「被害者も近くにいた人も、誰も野犬を見てないんだって。おかしくない?」
見えない野犬。あの世界ならいそうだな。というかいた。
確か魔族が番犬代わりに飼っていた気がする。
瀬川さんは怖そうに口元を隠す。庇護欲をそそる姿だ。一週間も立てばその姿が多少計算の入った行動だと分かる。周りに悟らせず、自然に行動するのだから本当に素晴らしい。だから私には分かる。彼女はいま笑っているのだろう。
意外と言えば意外なことに、彼女はオカルト部なんていうちょっと時代錯誤な部に入っている。見えない野犬というのは、オカルトとしては十分なのだろう。楽しい話題らしく、まだ情報を集めるんだ、と教室を出て行った。
残されたのは私と皇木。
長めの髪をヘアゴムで結んだ皇木は、暑そうにシャツをはたはたとして服の中に風を送り込んでいる。4月としては快晴が続き、気温がだいぶ上がっているのだ。一週間もあればかなりの美人である皇木の周りも少しは落ち着いた。話しかけようかどうしようかという雰囲気は今だあるものの、数は減っている。今は派手目な女子集団がちょっと私を睨むぐらいだ。分かりやすい。そしてその程度だとどう怯えればいいのか分からない。怯ませるなら全盛期の魔王を連れてきて欲しい所だ。
「見えない野犬って、魔物にいたよね?」
「あー。確かスナイプドック?だったような」
「そんな種族名だったんだ」
「貴族連中が番犬に飼ってたからな。数はいたと思うぞ」
魔族の中でも高位になると貴族になる。人間と変わらない爵位制度らしい。
その魔族が飼っていた見えない野犬。視覚に頼る人間としては、見えないというのは脅威だ。防げないから。ただこの野犬は見えないだけで存在している。対処方法としては水でも泥でもまいて、足跡が残るようにすればいい。それが難しいなら光を浴びせて影を作る。討伐難易度は低いのだが、見張りにはもってこいだった。
「でもまあ、この世界じゃ関係ないだろ」
「まあねえ。魔物なんてこっちの世界じゃ聞いたことないし」
ふと思い出した。
入学式の日の電車での言葉。
『魔族がいるぞ』
次の日に聞いてみたらそんなこと言ったか?と首を傾げられた。
魔王は魔導師レベルの魔法の遣い手だった。魔法師は予感が冴える。魔導師は予言をする。私は皇木の、魔王の言葉に予感を抱いた。これは本当になるという予感。魔導師の予言が本物になると魔法師の私が予感した。
まさか、と思う。だってあの世界ならともかく、この世界は平和だ。魔法なんていらないくらいに。
だけど、と思う。魔法なんて必要ない世界で、私は魔法が使える。異世界召喚の影響もあるのだろうが、今まで必要ないものが使えるようになる。そして魔王と出会う。果たしてこれに、意味はないのだろうか、と。
皇木のヘアゴムは、本人には言っていないが一つの魔法を込めている。いざという時の為に。
勇者御一行だった私が魔王の心配をするなんておかしなことだ。
だけどこの世界では皇木なのだから、これぐらいはいいのだろう。
私はいつでも、死にたくないから頑張っているのだから。
学校の帰り道も、皇木と一緒の事が多い。駅までは同じ道だし。
いや、流石に私も気づいてはいる。だがしかしスルー。誰かに聞かれても私たちはただの友達だと言い張る気でいる。
結局私も皇木も部活には入っていない。私は今さら何処かに所属する、というのが嫌だった。皇木は運動神経がいいらしく(主に女子から)引っ張りだこだったが全て断った。中学時代にサッカー部に入ったら女子のマネージャー希望者と見学者の数が恐ろしい事になったので退部したことがあり、高校では部活に入らないと決めていたと苦笑していた。美人って大変だ。
「入学早々試験ってめんどくさい」
「まあな。入学試験の順位表でも見てればいいのに」
「流石に勉強しないと、かな。この世界用の魔法考えてたのに」
「この世界用?」
「うん。あっちの世界では一般庶民でも魔法が使えたんだから、この世界でも簡単なのなら使えるんじゃないかと」
「しかしこちらには精霊も妖精もいないからな。無理だろう」
確かに。それが大前提となる。精霊も妖精もいないこの世界では、魔法は使えない。例外としての私だろう。異世界召喚がなければ私も使えなかっただろうし。ということは、こちらの世界の住人は異世界召喚を経験すれば魔法を使えるようになるのだろうか?わからない。異世界召喚なんて起こらないのだから。
だとしても、と横を歩く皇木を見上げる。150センチしかない私よりも頭一つ分以上大きい。あの世界は平均身長が高かったので、私は結構な頻度で幼く見積もられた。皇木もあの世界の影響なのだろう、身長は高めだ。その美人な顔を見ながら考える。
果たして異世界の魔王は本当に魔法が使えないのか?
私が元々この世界の住人で、異世界召喚なんて体験したから魔法が使える、と説明した。それはそれで正しいのだと思う。問題はこの魔王も、条件は同じだということだ。
体はこの世界の住人で、心、もしくは魂が異世界のもの。しかもあの世界では魔導師であり魔王。私よりも上手く魔法が使えて当然なのではないだろうか。
入学式の日に屋上で見せてもらった魔法は不発だった。それが当然だとは思わない。むしろ違和感が強かった。何故、使えないのだろう。
精霊や妖精がいないから?それが絶対条件なら私も使えない。だからそれは、異世界での絶対条件で、この世界での絶対条件ではないはず。
皇木に無くて、私にあるものとはなんだろう。
ふいに立ち止まる。
今、遠くから。
「!聞こえたか!?」
「この先!」
道の先から聞こえた、小さな悲鳴。女性。年齢はさほどではない。大学生前後。一人。足に怪我。蹲っている。周りには何も見えない。見えないのに犬の足音がする。
咄嗟に展開した索敵用魔法が道の先の状況を伝える。
「見えない犬!」
「わかった」
皇木が走りだす。流石に早い。
私を引き離して皇木は被害女性に辿りついた。遅れて到着した私に、皇木は首を振る。別に女性が手遅れだったとかではない。見えない犬を捕まえられなかったということだろう。
女性の悲鳴を聞いた近所の人が集まってきた。
皇木は私の横に立つと呟いた。
「スナイプドックが見えた」
***
登場人物
木崎 姫(主人公)、皇木(魔王)、瀬川 優奈、噛まれた女性(軽傷)