新入生代表
春である。
九州であるここでは、卒業式では桜がつぼみで入学式では葉桜になっているという微妙な時期。桜の花が舞い散る中での入学式は無理だ。思い出されるのは桜の樹につく毛虫の大量発生で色々悲惨なことになったというしょうもないことだ。
そんな思い出は置いといて、入学式の真っただ中。現在新入生代表の挨拶です。ちょっと癖の入った黒髪が艶やかに光り、憎らしいほどのすべすべ白い肌の美少年が粛々と挨拶しております。周りはそんな新入生代表にうっとりしたりひそひそしたり。これが漫画なら確実にファンクラブとか親衛隊とかできちゃうんだろうなってレベルです。面白い。
そんな周囲に溶け込むようにして、私は誰にも気づかれないようにため息一つ。いやだってさ。あの顔と声にものすごく聞き覚えがあるのだ。一方的に知ってるとか近所とか幼馴染とかではない。そんな平和なものじゃない。
(どうして魔王がここにいる!?これ現実?)
中学二年の夏休みの初日。いわゆる異世界召喚に巻き込まれた。夏ボケではない。いやいや、貴重な体験でしたと遠い目をしていっておきます。毎日がドキドキハラハラの連続で最終的に随分図太く逞しくなりました。どこの世界に剣の手入れや気配をよんだり警戒しながら寝るなんていう女子中学生がいますか。最初の数カ月はほんとつらかった。
勇者御一行に追従する異世界の魔法師。それが私。お約束通りのテンプレで剣と魔法のファンタジー世界で魔王を倒すのが目的でした。倒さないと元の世界に戻さないと脅されましたから。あれはお願いじゃなく脅迫だ。
出発してから魔王を倒すまでに3年ほど旅を続けた。戻る時にはきちんとこっちに呼び出した瞬間に戻すから何年かかってもいいよ?というありがたいお言葉をもらいましたから。あの召喚術師、絶対殴る。
勇者御一行はなんとか魔王を倒し、私がこの世界に戻ったのはやはり召喚術師の言うとおり呼び出された瞬間でした。夏休みでよかった。時差ぼけならぬ異世界ボケを直すのに時間がかかりましたから。魔法の世界で息をするように魔法を使っていたので、それを直すのが大変でした。便利すぎて。因みにこの世界でも魔法が使えました。いっそ使えなければよかった。ついつい無意識で使おうとするので、最終的には魔法具として魔力封じを作り強制的に使えなくした。あちらの世界で媒介として髪がとても便利で伸ばしたので、髪飾りとして毎日つけてます。
夏休み中に異世界ボケをなおし、あとは普通の女子中学生として受験勉強の日々。旅の癖で日の出と共に起きて訓練、学校、帰ってから訓練。あちらに行く前は平均女子よりも低い数値の私の体育的能力は格段に上がった。異世界怖い。魔法を使う時の集中力も命がけで鍛えたので、成績もびっくりするぐらい上がった。異世界怖い。
そんな私の努力の結果、県内でも有数の進学校に入学できたのはいいことなのだろう。多分。
と思っていたが、入学式時点で他校へ転校できないかと考えている。無理なは分かっているが現実逃避は許して欲しい。
現実逃避を終えると丁度入学式も終わった。各クラスに分かれて、担任の挨拶で今日は終了。時間的余裕があれば自己紹介もあるのかな?
ぞろぞろと教室へ。
自宅から離れている為、同じ中学から来た子が少ない。同じクラスには一人もおらず、すたこらと教室に入り席につく。出席番号順で、か行の私は窓際一番後ろ。良い席です。さっそく隣の女子が話しかけてきました。
「ねえ、ええと、木崎さん?はじめまして。わたし瀬川っていいます」
「はじめまして。瀬川さん」
「うん!あのねあのね、このクラス皇木くんがいるんだよ!すごい当たりだよね!大当たりだよ!」
「オウギ・・・?ああ、私の前の席の方ですか。皇木と読むんですね」
席の一覧があるので眺めていた。私の前が『皇木』、隣が『瀬川』。ちょっと漢字が読めなくて困っていたのだ。すめらぎ、じゃ私の前にこないだろうし。
隣の瀬川さんはそれはそれは楽しそうに喋ります。明るい茶色の髪(染めてますか?)を肩まで伸ばし、赤い飾りのついたヘアゴムで二つに結んだ可愛らしい女の子です。入学初日にして自己流に着崩した制服がグットです。話し方も若干ゆっくりながら聞きやすく、まさしく可愛らしい女の子の見本。
対する私は黒髪を腰まで伸ばし、青い石のついたヘアゴムで二つに結んでいる。制服は入学初日だし、変に目立ちたくなかったので規則通りにきっちりきている。魔力封じはヘアゴムの青い石。サブとして青フチ眼鏡もある。受験勉強中に気がついたのだが、集中すると目の色が変わる。比喩ではなく物理的に。現代に生きる人間として、赤い目は異常すぎた。それを隠すために、授業中や何か作業をする時には眼鏡で目の色を誤魔化す事に。
まあそんな事情は置いといて。
「どんな人なんです?その皇木さんって」
まずはこの女子トークを楽しもう。
「さっき新入生代表の挨拶してたのが皇木くんだよ!」
クラス替えまだかなあ。なんでクラス替えって年に一回なんでしょう。
新入生代表ってことはさっきの魔王顔生徒か。本人であるはずがないことは分かっているけど、3年もの間敵の首領として見続けてきたので、視線が物騒なことになってそう。自重しないと。眼鏡かければ少しは誤魔化されないかな。
「わたし皇木くんと幼稚園と小学校一緒だったんだー。中学校は違ったんだけどね」
「へええ」
「でね、皇木くん、幼稚園ですごいあだ名があったの」
「すごいあだ名?」
「うん。皆で遊ぶ時、皇木くん絶対に敵役て魔王をやりたがったから、そのまま魔王だったんだよ」
「それは、また」
「小学校では魔王様になってたけどね」
・・・・・・なんだろう。実は魔王も私と同じく召喚された人?いや、でもあの時確実に息の根止めたし。年齢合わないし。召喚された時代が違った?にしても流石に幼稚園児はない、と信じたい。
そんな時に、教室の出入り口付近がざわついた。女子の小さな悲鳴が聞こえる。黄色い悲鳴が。
瀬川さんも気がついたらしく、出入り口を期待するように見つめる。私は反対方向である窓を見つめる。ちょっといま心の準備を。万が一、億が一魔王だとして私の顔を覚えている可能性は?基本勇者本人とのガチンコだったし。私含めた他の勇者御一行は取り巻きとか側近を相手にしてたし。
ああー、でも途中で何度か魔王にも火炎放射とか氷柱とかくらわして目があったな。何をやっているんだ過去の自分。
本日二度目の現実逃避をしていたら、前の席に座る人影。キューティクルすごい。心の準備OK。大丈夫。相手はきっと何も知らない。私も魔法師の時とは格好が違うし。今の現実逃避中に眼鏡かけたし。
顔を上げると、皇木さんが左右、というか右の席を確認。前後の席を確認するように見渡している最中だった。のでもちろん、私の顔もばっちり認識した。
間。
やっぱ顔はいい。イケメンとかじゃなくて美人。髪と同じく黒い目が驚いたように見開かれた。・・・見開かれた?手元の席順と私を一往復。
そして爽やかに笑って、右手を差し出してきた。ので、私も握り返した。握手。
「久しぶりですね、姫」
「こちらこそ久しぶり、魔王陛下」
やつはやっぱり、魔王だった。
***
登場人物
木崎(主人公)、瀬川優奈、皇木(魔王)