おしえて!女神様
ほぼ会話、説明回です
「はぁーーい。
改めまして、愛と美の女神アラネシェラでーーす!
質問があれば答えるから、何でも聞いてくれていいのよ?
クスクスッ」
応接間には緊張した空気が漂っていた。
額に汗をにじませているのはヴィレア王族と従者たち、女神アラネシェラは愉快そうに笑っている。
彼女は結びの儀式が終わっても立ち去る事は無かった。
むしろ、今までは民と会話したくても出来ないくらい力が削がれていたので、このネル王子とレイカの恋で持ち直して、現世が楽しくてたまらないようである。
美しい微笑みに、皆がほうっと息をついた。
「……質問しても?」
「どうぞー!」
最初に口火を切ったのはグリド王子である。次期国王である彼が発言しないと、他の者は質問しづらいだろうと考えた。
「アラネシェラ様は、どうして今回、我々の前に姿を現して下さったのですか?
その、お会いできてとても嬉しく思っております。
しかし、何故なのだろうと」
「ん!いい質問です!
私はね、今まで皆に話しかけたくても力が足りなくて叶わなかっただけなの」
「貴女様ほどのお方が……?」
「うん。
私、持ってる神様パワーは凄いんだけどねー?
神様って、現世に現れるためには魔法陣で民から魔力を与えられなくちゃいけなくて。
でも、最近はヴィレア王族がほとんど魔法陣を使わなかったでしょう?政略結婚で妻を多数娶るため、とか言って。
…だからー、ずーっとオナカが空いた状態だったのよー!
それで力が出なかったのー!」
女神はスネたように唇を尖らす。寂しそうにお腹のあたりを撫でた。
「そ、そうだったんですか!
先祖たちが申し訳ございません!」
グリド王子が真っ青になって必死に謝罪する。神様の機嫌損ねるとか怖すぎる!
女神は本気の発言では無かったのか、パッと花が咲き誇るように笑った。
心臓に悪いからやめてほしい。
「…許します!
今回頂いたレイカちゃんの魔力が、とーーっても美味しかったからねっ!
ネルちゃんの魔力は微々たる物だったけど、懐かしい味だったなぁ。
2人の恋には、私までドキドキさせられちゃったぁ!」
「懐かしい……?」
ネル王子が不思議そうな顔で首を傾げる。
女神がふと彼に微笑みかけた。リィカそっくりな彼女の笑顔に、カッと顔が赤くなる。
レイカは「こんな美女に笑いかけられて、気持ちは分からなく無いけど…」と、複雑そうにネル王子を見ていた。
女神がクスクス笑って、「今、ネルちゃんには私がレイカちゃんそっくりに見えているのよ!」と告げる。
皆が目を丸くした。
どういうこと?
「えっとねーー!
私の姿は、"その者が一番美しいと思う容姿"に見えている筈なのです!
ネルちゃんには"レイカちゃんそっくり"に見えていて、レイカちゃんには"胸の大きくてすらっとした体型の昔型の美人"に見えてる筈よー?
それぞれ見えてる容姿が違うの」
「なんと!?」
「そんな事が…!」
これは驚いた!
「ちょ、ネル、私と同じって…」
「リィカは世界の何より可愛いんです、これは絶対です」
「「「爆発しろ」」」
「ひえええぇ…!?」
「あははははっ!!
もう、皆面白いんだからーー!
やっぱり現世って最高ね。誰かと会話出来るのって、とっても楽しい!」
新米夫婦の盛大なノロケに、緊張も忘れて皆が突っ込む。
女神が大きな声でお腹を抱えて笑い、場の空気は図らずともいつの間にかなごんでいた。
自然に出たその笑い声さえも、極上のソプラノで美しい女神。完璧な美しさを誇る彼女は、どのようにして誕生したのだろう。
「……女神様の、本当の姿とかって、あるんですか…?」
レイカが恐る恐る、手を上げて聞く。
女神がパチリとウインクして、ネル王子を指差した。指差された本人は目を点にしている。なんで?
「私の本来、っていうか産まれた時の姿はねーー。
そこのネルちゃんの女性版って感じだったかな!」
「「「…ええええッ!!?」」」
ヴィレア勢が顔を盛大に引きつらせる。最もビビっているのは他ならぬネル王子だが。
衝撃スクープ!!
美の女神は、実はブサイクそっくりだった!?
女神は少し笑いの興奮を収めて、落ち着いた口調で言った。
昔を懐かしむように目を細める。
「私の生みの親はね?
ヴィレア王国の初代国王夫妻なの。
…世界で一番美しいと唄われた男エズトリュース・ヴィー・レアンスと、誰より深く夫を愛した女サクラ。
エジーからは『美』の称号を、サクラからは『愛』の称号を受け取ったわ。
二つの称号を合わせ持っている神は、おそらく私だけではないかしら?
ネルちゃんはね。
その初代国王エジーにそっくりなのよ。先祖返りしたのね…」
「先祖…返り?」
女神は沈黙して、優しく微笑んでいる。
ネル王子は唖然と呟いた。
確かに、自分は親にも兄弟にも似ていなかった。それこそ、ライティーア妃が不義を疑われてしまったほどだ。
あまりに容姿が違う理由が、まさかの先祖返りだったとは!
「…しかし、初代国王はこの世の誰より美しい容姿だったはず。
私のような醜い者には、似ていないのでは?
それに魔力も恐ろしく多かったはずです」
まだ納得ができていないのか、ネル王子はその醜い顔をさらに醜くしかめて女神に問うた。
そうして、返ってきた答えは長く、驚く内容のものだった。
「…えっとね。
いいよ、教えてあげる。
ちょっと長くなるよ?
今と昔とでは、ティラーシュの美しさの基準が変わっているのよー。
昔はネルちゃんみたいな容姿の人が一番美しいとされていたの!
私がこうして"見るものによって最高の容姿に見える"ようになっているのは、それが理由。
だって昔の姿のまんまじゃ、もう美の女神だなんて名乗れなくなっちゃうから。
美醜の価値観が変わったのはね、初代国王ラジーが、妻サクラを愛しすぎた事が原因なの。
サクラはどれだけ食べてなくても、身体の脂肪が落ちない病気だった。
丁度今のレイカちゃんみたいな、まん丸ぽよぽよボディだったわ。
その時代では美しくない容姿だったけど、国王は一途に想ってくれる彼女を深く深く愛していた。
彼が息子たちに妻の素晴らしさを語りまくってて、嫁にするならこんな女性にすべき!って刷り込んでいったから、息子たちはドマザコンになって、丸い体型の女性を好むようになっちゃったの。
サクラの愛情の取り合いがひどくなって「こんな筈じゃなかった」って国王も反省していたけど。
でもこれには貴族たちも大慌てよねー!
ミッチェラちゃんみたいな細身で目と胸とお尻の大きな美人を必死で育ててきたのに、嫁がせたい先の王子たちは、その時代のおブスちゃん達にお熱だったんから。
もう血の涙を流しつつ、丸くて目が小さくてって女の子を血筋に加えていってたわ?
そうしていつしか、上流階級には"身体が丸くて小柄で、目が小さくて鼻と口は大きく華やか""個性的"な見た目の人々が求められるようになって。
それが市民や他国にも浸透していって、ティラーシュの今の美の価値観が出来上がっていったの。
サクラは身体がまん丸くて目が埋れてただけで、元の顔は昔美人よりだったんだけど…没後、求められる容姿像が、だんだんヒートアップしていっちゃったのね。
ラジーは嫉妬深くて、妻の絵画も書かせなかったから、元の像が埋れていったんだと思う。
妻が容姿格差で悩まないように、美しいとされた自分の絵画も禁止していたから、余計に美醜の反転が加速したのかも。
まあとんでもない束縛男だったわー。
それでもサクラは彼を愛してやまなかったから、束縛すら幸せそうだったけれど。
戦闘特化民族の血を引いていたから、ラジーが熱血だったのはしょうがないんだけどね。
ネルちゃんにもその血、濃くでちゃってるみたいよ?…髪色も含めて」
「ええっ…!?」
嫉妬深くてごめんなさい!
自覚はあります、でもリィカが可愛すぎるの。理性を無くさせるの。
ネル王子は往生際悪くぐちぐちと己の嫉妬心について心の中で言い訳していた。
「ネルちゃんは身体強化してなくても、武術、すごく使えるでしょう?それには努力以外にも、先祖返りの濃い血が影響しているわ。
あと、髪色はねー…。
ごめん!!!
私が生まれる時にラジーの魔力根こそぎ貰っちゃったから、そのせい!
ラジーは神生みの時に自分の黒髪の魔力をほぼ全て私に注いでくれたから、今の貴方みたいな白髪になっちゃったのよ。
それが、先祖返りと一緒に見た目に出たんだと思う」
「そ、そうでしたか……」
ネル王子はもはやぽかんと口を開けて、本当に小さな声で呟いた。
うん、疑問は解決した…と思う。
内容が濃すぎて理解が追いつかないけれど。
初代国王、なんか話を聞いてるとダメな感じの人間にしか思えない?
いやいや、とにかく立派な人だったと国中に伝わっている。
今聞いた話をそのまままるっと伝えるのは、国の威厳にも関わりますよね多分、と頭を抱えた。
女神様に話を聞きたくてウズウズしている口の軽い学芸顧問たちが沢山いたはずなのだ。
あとで、女神には程よく話の口止めをしておかなくてはね。
レイカは別な部分が気になって仕方がなかった。
女神アラネシェラが何度も口にした「サクラ」…
それは、日本人の名前ではないだろうか?
…どう切り出そうか悩んでいると、察した女神が彼女に歩み寄ってきてくれた。
すり、とレイカの頬に頬をくっ付けると、幸せそうにクスクスッと笑う。
「日本の匂いがするわね?サクラみたい」
「……!!
じゃあ、初代王妃様もやっぱり、日本の方だったんですね!?」
レイカはハッとしたような顔で尋ねた。
「そーよ?
サクラは、私じゃない別の神の魔法陣でこの世界に召喚された異世界人だった。
レイカちゃんと同じ黒髪黒目で、とんでもない魔力を持っていたわー。
昔はティラーシュもまだ不安定で、神様もバンバン生まれていたし、異世界との境界もあいまいで、たまに魔法陣で異世界人がおっこちて来ちゃってたのよ」
「初代王妃様は黒髪だったっていうのは、そういう理由があったんですね…!」
「うん!
まさか今の時代になって、また日本の子が迷い込んで来るとは予想外だったけどねー」
女神はニコッと笑っていう。
レイカは興奮で顔を高揚させた。
皆がほぅーー、と息をつく。
歴史の空白部分がすごい勢いで埋められて行く、なんとも言えない部分もあったけれど、とても興味深かった。
「サクラの黒髪はね、とっても綺麗だったのよ!
レイカちゃんを見てるとそれを思い出して懐かしくなっちゃうーうふふーー!」
女神は興奮したようにレイカに抱きついた。
「わわっ!?」
女神の抱擁は破壊力満載だ。
その者にとってのパーフェクトボディに花咲く笑顔で、いい匂いに思考までマヒする。
さすが美の女神様…!
ぽよよん、と大きな胸が顔に当たってて、レイカは同性だけれど顔が真っ赤になってしまった。
私の理想とする"美しい人"はこんなタイプだったのかぁ。
その人の好みによっての身長差なんかも、どうやって調節しているんだろう。神様パワーってすごいなー。
女神はにんまりと笑うと、いきなり爆弾を投下した。
「ねえ、レイカちゃん。
貴方にお願いがあるの。
…ちょっと日本に行ってくれないかなぁ?」
「ーーーーーーッッ!!?」
**************
…………。
この世界で生きていくと決めたばかりなのに!女神様からこんな発言されるだなんて…
レイカはぶり返した恐ろしさに真っ青になって、ガチガチに硬直してしまっていた。涙目だ。
「あ、ごめんちょっと待って。
言い方間違えたから。
ごめんってば!!おつかい!おつかい頼みたかっただけなの!」
即座にネル王子が女神をびりりと引き剥がして、短剣を突きつけた。
目がマジである。ロイヤルオーガ再来!
望まない返還をされるくらいなら殺そう、と無表情が語っていた。
「ちがうってばー!」と女神は慌てて弁解する。
手をパタパタと振って、大きなバッテンを作って間違えたアピールした。…うん、彼女の言い方が悪かっただけなのだ。
ちなみにこの間、グリド王子は失神しそうになっていた。
「あ、あのねっ!
レイカちゃんには、日本でサクラの苗木を買ってきて貰いたいの」
「苗木、ですか…?」
レイカがようやく再起動した。
ネル王子が短剣を下ろし、なんとか女神がホッと息をつき、場の緊張はかろうじて解けた。
「そうー、苗木…!
私はサクラの花が大好きなんだけどね、ヴィレア王国にはサクラの木が無いでしょう。
だから、ずーーっと寂しかったの!
さっきのお祝いの時みたいに花びらが春に舞ったら、きっとその度に、お母さんとの思い出に触れられると思うんだー」
「か、かまいませんが……。
その、日本に行っても、またティラーシュに帰って来れるんですよね…?」
「もちろんー!
回復どころか増幅した神様パワーを使えば、何だって出来ちゃうよ!
異世界召喚も送還も、ちょちょいのちょいだよーー?」
かっるい。
…あんなにユキと悩んだ時間は何だったの?
レイカはさっきとはまた別の意味で、泣きたくなって、遠い目をした。
涙は流さなかったけれど、ふるふると肩を震わしてしまう。
それを見たネル王子がまた無表情になり。
女神がビビり悲鳴を上げ。
…場は収集がつかなくなっていた。
しょうがないので、まとめに入るのは安定のグリド王子である。
彼もことごとく苦労人だ。アマリエが同情するような視線を送っている。
同情するなら代わってくれ、と視線で助けを求めたが、これ以上白髪を増やしたくありません、と視線で却下された。侍女長だって自分がかわいい。
くそおおぉやってやんよ!
グリド王子はヤケになりながら声を張った。
「みんな落ち着け!!
女神アラネシェラ様には近々、送還・再召喚の儀を行って頂く。
リィカ嬢には日本でサクラの苗木を手に入れてきてもらう。
今決まったのは、これで間違いは無いな!
じゃーもういいだろ。
落ち着けっ!!
ネルはその顔をやめろ、不満そうにすんな!」
「………(ちっ)」
「心の中で舌打ちもしてんな!」
弟の暴走がひどすぎて、兄上、泣きたい。
俺を止めるのがお前の役割だっただろうが、どうして反転してしまったんだ。
お前の暴走加減は恐ろしいよ!
皆やっと落ち着いて、それぞれが椅子に座り直す。
そう、彼らはお行儀悪く、立ち上がってぎゃーぎゃー盛り上がっていたのである。
こんなんでいいのか、ヴィレア王族。
…ヴィレアの人々ははしゃぐのが大好きですね(おそらく違う)
「どうしてネルはこんなに抑えの効かない奴になってしまったのか…」
ポツリ、と兄はこぼしてしまった。
それが新しい爆弾発言を呼び込む、失言だったとも気付かず。
独り言をめざとく女神の耳が拾う。
「あーー…!
えっとね、それ、多分私のかけた加護のせい」
「「「はっ?」」」
「グリドちゃん、今"ネルの抑えが効かないのはなんで"って言ったでしょう?
それねー、加護の影響なのです。
私がネルちゃんとレイカちゃんに贈った愛の加護は、『恋に関しては自重しない!』これなのよねー。
恋は自分たちで築き上げていくほうが結果として素敵な愛になるからっ!
それに、あんまり強力な惚れるとかの加護にしちゃうと、私の力強すぎて、目が合うたびに絶頂へ導かれるとかそんな状態になっちゃうのー。
そんなの嫌でしょう?
だから歴代結びの恋人たちにも同じ効果を贈ってあるのよー」
うっわ、下品…
まさかの、美しすぎる女神の美声から放たれた下世話な言葉に、皆が顔を引きつらせた。
女神はそんな発言などしていないかのように上品に、ふうっ、と吐息をもらす。
無駄に色っぽい。
もうこの女神には「無駄」とかそういう形容詞を付けたくなってきた皆さんである。
「…でも、加護までかかった状態で恋人を手放そうとするなんて、ネルちゃんの愛情には恐れ入ったよー?
レイカちゃんも乙女の手に火傷までしながら、よく頑張りましたね」
うってかわって、慈愛に満ちた表情で夫婦を見つめる女神。
「「アラネシェラ様…」」
ほだされるネル王子とレイカ。
ちょろい。
しかし、彼女は即座に照れたように笑って、きゃるん!とでも効果音のつきそうな可愛こぶった仕草でくるりと踊った。
てへっと舌を出す。
「ネルちゃんがレイカちゃんを手に入れるためにお兄さんを書類まみれにしたのもー、有害なくらい所構わず愛を囁いて抱きしめまくってたのもー、暴走もー!
おそらく、全部私のせい☆」
「「「「女神様!!!」」」」
「ごっめーーーん」
そうしてストッパーの理性も崩壊した。
心の叫びは、弟に初めての恋路の邪魔をされまくったグリド王子のものだったのか。
繰り返される暴走に手を焼き白髪が増えてしまったアマリエ侍女長だったのか。
はたまた、ロイヤルオーガな視線を向けられるハメになったストラスだったのだろうか。
…おそらく全員です。
応接室からはやかましくも楽しそうな笑い声がわーきゃーと聞こえてきて。
実在する彼女、女神アラネシェラの存在は、しだいにこの国の皆に馴染んでいったのだった。
たくさん美醜の価値観について推論頂いたのにこんな分かりにくい理由だったんですみません…!
途中で、もっと別の理由にすべきか…悩んだのですが、初期から決めてた設定だったので、変える事なくこれで書かせてもらいました。
一応、最初の方で「初代王妃は黒髪」発言があったのはフラグでした(ほんの僅か!)
ブサイクさんばかりの貴族の家にぽっとミッチェラ系の美人が産まれるのは、先祖が美形だったからなんですね。
読んで下さってありがとうございました!




