麗しの貴方
糖度過多です
「わあっ……!!」
ここは、ネル王子の自室。
広い室内にはセンスの良いシンプルめな高級家具がキレイに配置されており、趣味の洋裁スペースには純白のドレスが飾られている。
飾られたそのドレスを見たレイカは、思わず近寄りまじまじと観察してから、うっとりと声を上げた。
「綺麗……!
まさかの、夢にまで見たウエディングドレスだよぉ。
何も言ってなかったのに、どうして分かっちゃったんだろう。
ネルは本当に、私の願いを何でも叶えてくれるのね…」
"純白"(私の色)のドレスなんて煩悩にまみれた物を作り上げてしまった王子は内心ドキドキしていたので、レイカの素直に喜ぶ様子を見てホッとする。
これを着た彼女を想像してみて、ニヤけてしまいそうになり慌てて表情を引き締めた。
あ、危ない危ない…!
今本能のままに二ヤけたら、変態じみた顔になる自信がある。
ドレスを見ているレイカを後ろからそっと抱きしめ、黒髪に頬をすり寄せた。青薔薇の香りがする…
ありったけのイイ声で、耳元で熱っぽく囁く。
「貴方が気に入ってくれて嬉しいですよ、愛しのリィカ。
どんなデザインなら貴方の美しさを引き立てられるか考えて、心を込めて縫い上げましたからね?
明日。来てもらうのが楽しみです。
ところで、ウエディングドレスとは何でしょう」
「っひゃうううう!!?
も、もうネル!不意打ちは心臓に悪いのよーー!?」
王子は妻に萌えた。
「…えっとね、ウエディングドレスはね?
結婚式の時に花嫁さんが着る白いドレスの事なんだよ。
こっちにはそういう風習無いのかな。
『これからは貴方の色に染まりますよ』って意思表示なの!
…でも白はネルの色だから、私の場合は『もう貴方に染まりました』になるのかも」
「好きですリィカ!!!!!」
照れた顔で「私は大好き!」なんて返してくれるもんだから、もう失神しそうになる王子。
ぎゅーーっと愛を込めて抱きしめてしまうと、乳白の髪が首すじに当たってくすぐったいのか、レイカはころころと笑う。可愛い!
そして、今この空間には、2人きりだったりするワケで!
ただ従者一同に「まだ手出しは許しませんよ」なんてドスの効いた声で、念を押されているワケで…
こんなにイイ雰囲気なのにキスも出来ないなんて、超ツライ。
でも今約束を破ったら、お説教でリィカとの時間が減ってしまうから、どうにか耐えなければいけない。はぁ。
…王子の葛藤を知らないレイカは、のほほんと上目遣いで小首を傾げている。
アア生殺し!!
こちらばかり煽られていて、悔しいなぁ。
「……リィカ」
「んんッ!?
ど、どうしたのネル、またそんな声出しちゃって。
貴方の声はとても綺麗なんだから、耳元で囁かれるとドキドキするよ…」
「ぐっは!!
っ、しまった今の無しで、すみません!
あのですね?
…今、貴方が魅力的すぎてキスしてしまいたい気持ちなんです。
でも王族規則で、明日まではガマンしなくちゃいけなくて。
……明日なら、貴方にキスしても良いでしょうか…?」
くううぅ!!
今度はレイカが、夫可愛さに鼻を押さえるハメになる。だって相思相愛なんだもん。
こうかはばつぐんだ!!
彼女の顔は一気に耳先まで真っ赤っかになった。
ほてったレイカの身体の熱が抱きしめてて心地よくて、王子の理性まで更にヤバいことにドロ沼。
レイカはちょっとの間固まっていたけど、くるりと向き返り王子に抱きつくと、か細い声で愛を囁いた。
「……何度でも、キスして。
いっぱいネルに愛して欲しい…」
「~~~~ッッ!?」
ああ恨めしや、王族規則ぅ!!
明日は思う存分リィカを愛しまくる事に決めたから、もう進路の邪魔しないで下さいよねーー!?
半分ヤケになりながら、レイカの首すじにぐりぐりと頭を押し付け(また可愛い声を上げるんだこれが…)王子はなんとか煩悩を押さえ込んだ。
ようやく、ドレスの刺繍に取り掛かる事にしたようだ。
***************
真っ白くて繊細なウエディングドレスの生地。
その薄い布に、王子の持つ針が刺さっては、美しい刺繍が施されていく。
使っている糸は「羊洋裁店めぇ」のテトラが厳選した、極上の金絹糸。
はちみつみたいな透明感のある黄金色で、しなりのある柔らかめの糸だ。
お値段は…高級品とだけ言っておこう。
光の当たる角度が変わるたびにキラキラ輝いてとても綺麗で、ドレスの白と共にレイカを飾ってくれるだろう。
ちくちく、ちくちく。
一針一針、職人並みの手際の良さで糸をとおしていく王子。
刺繍は妻をイメージしているのか、丸みを帯びたツタ模様に、5枚の花弁の小花が咲いた可憐な仕上がりだ。
レイカはその作業を彼に寄り添いながら見ている。
膝の上には、夫お手製のホワイトライオン様が乗っていた。
ネルを今抱きしめられない代わりに持ってきたのです。
王子の、白くて細い指が細やかに動く様子がとても好きだと思った。
荒れの無いなめらかな肌は、透明感があってホクロ一つも無くて、指の関節をたどっていくと桜色の薄い爪がちょんと乗ってて可愛い。
小指が無いのがまだちょっと見慣れなくて怖いけど…でも、それも愛の証だってネルは言ってくれた。
…私よりよほど大きい手。
繊細だけど、女性に比べたら関節が目立って男性的な手だ。
とても美しいネルだけど、やっぱり男の子なんだなぁと、今更ながら改めて照れる。
じっ、と手を眺めていたら、少し戸惑ったような声がかけられた。
「……リィカ?
なんか、刺繍よりも私の手を見てませんか?」
「ばれちゃった?
うん。綺麗だと思って」
「!? そ、そうですか…?」
「ネルは綺麗だよ。
麗しの王子様なんだもん…」
本当に心からそう思うのです。大好き。
ぶっすり。
思わず王子が針を指に刺して、つつーっと血を流した。
ドレスが汚れないようにソッコーで手を引いたのはさすがですが。
レイカが大慌てで治療魔法をかける。
ぽわぽわとオレンジの光が傷ついた指に纏わり付いて、それが消えた時には治っていた。
「ありがとう」とお礼を言う王子。
またチクチクと刺繍を再開したが、動揺が隠しきれていない。顔が赤い。
躊躇しつつも、少し期待してレイカに問いかけた。
「…えーっと。
リィカは私の見た目も、その、好き…なんですか?」
ドキドキドキドキ!
「大好きだよ…!
見た目だけじゃなくてもちろん内面も愛してますけどね?
私の見てきた中で、ネルほど超絶美形な人はいないもん。
正直、いつ見ても貴方が綺麗すぎて気絶しそう」
「嬉しいです…!
でも、今度治療院に行きましょうか…?」
「通常運転、異常なしだよ!もう!」
こちらがドキドキで気絶しそうですご馳走さま。
レイカは頬を膨らませている。
だって、すっごく嬉しい事言われたけど、ねぇ?
見た目が好みっていうならブサ専なのか?で済むけれど、私が超絶美形に見えるって脳が心配だ。
ネル王子は真剣に悩んで、治療院送りを検討していた。
難しい顔で思考していると、妻の方から正解を言い渡された。
「ネル。真剣に聞いてね?
私たち異世界人と、ティラーシュの人たちとでは、価値観の違う部分がありますね」
「…はい」
「その相違の最も大きなところが、美醜観のようなのです。
私はそう感じました。
…ねぇ、私ってブスなのよ?ネル」
何を言い出すのかと思えばこれはまた心配な発言だ。
王子はあえて優しい目で妻を見て、黒髪を撫でてやった。
「ずいぶんなお戯れを」
「も、もう!本気なんだってばー!
…私たち日本人には、ネルはとんでもない美形さんに見えているんです!
スラっとした長身も、白い肌も、バランスの良い整った顔立ちも、全部全部美しく感じるんだよ?
反対に、私みたいなずんぐり小デブで顔のバランスの悪い人は、ブスだってしか思えない。
地球では、私、残念な容姿ねって言われまくってたの!!」
「ありえない!!リィカは女神のような美人ですよ!?」
「は、恥ずかしいーー!」
ネル王子がその大きな目を見開いて、まじまじとレイカを観察する。
空の青さの瞳には、うっ、と顔を赤らめる妻の可愛らしい姿が映っていた。
うん。今日も今日とて超美人!!
何をトチ狂ったことを言っているのかな?
レイカは困ったように眉尻を下げていた。
私とて、自分が美人扱いだなんて今でも信じられない位なのだ。
どうしたら聞き入れてもらえるのかなぁ…。
いきなりこんな事を言われても、ネル王子とて青天の霹靂なのだろう。
長年培われてきた固定概念というのは強烈だ。
女神の加護が無い状態でも王子の接し方は変わらなかったし、ティラーシュと地球とでは、美の基準がそもそも違ったと考えていいだろう。
お互いに、何度も何度も相手の顔を見つめる。
どっちからしても恋人は美形にしか見えないので得しかないです。
鑑賞会です。
時おり、あまりに美しい容姿に当てられてほうっとため息を漏らしている。
ホラホラ王子殿下、また刺繍をする手が止まっていますよ?間に合わなくなりますよ。
レイカが王子の頬をなでて「綺麗だね」とささやくと、彼はようやく思考を再起動させた。
悩んで、悩んで、悩んだ末に、妻を片腕できゅっと抱きしめた。
「ーーー理解は出来ないのですが。
リィカがそう言ってくれるなら、嬉しくない訳がないので…その話も頑張って信じてみる努力をします。
私が美形、ね。へんなの。
そんな事産まれて初めて言われたので、すごく驚きましたよ!?
…でもリィカは世界一可愛いので、そこだけは譲れませんから!」
「うはぁ!?
あ、ありがとうぅ……嬉しいです。
うん、私も自分が美形扱いになってるだなんて、ユキさんに教えてもらうまで知らなかったよー。
ネルも後で彼と話し合うと、多少は納得できるかも?」
「私と2人でいる時に、他の男の名前なんて出しちゃイヤですよ。
……今の話が本当なら、ユークィトも美形に見えてるって事だし、余計に嫉妬しちゃいますから!
ねぇリィカ、今は私の名前だけを呼んで?」
あっ、なんか王子黒い。
そしてスネたような表情です。ヤバいヤバい
「ご、ごめんね!
…ネルシェリアス。
あのね話の流れなだけで……泣いてる!?」
「こ、これは感動の涙ですから。
貴方に名前を呼んでもらって愛しさのあまり、うっかり!
別に、醜い容姿のコンプレックスが解消されて、泣きたい訳じゃ無いんですからー…!」
ネル王子は片腕で妻を抱きしめたまま、その肩に顔を埋めた。
幅の狭い肩はふわふわ柔らかくて、彼女が自分にいつも与えてくれる言葉のようだ。
次々溢れる暖かなしずくがレイカの背にまで流れ、ぽつりぽつりと桃色ドレスに染みを作る。
レイカはそんな彼の背中をポンポンと叩いてなぐさめてやった。
今の彼の気持ちは、痛いほどよく分かるのだ。
安心からくる涙でもあるのだろうか。
相手は慈悲で醜い自分と付き合っている訳ではなくて、本気で、見た目も中身も愛してくれていると。
分かってくれたのかもしれない…
「そっかぁ。
よしよし、泣きたい気分の時もあるよね、いっぱい泣いちゃいましょうー。
……ねぇネル。
辛かったよね、私たち。
私から見て貴方が超絶美形に見えるってことは、醜いって扱いを受けていたんだよね…?
容姿で悩む辛さは、誰よりも知ってるつもりよ。
本当に苦しいんだよね、アレ。
私はね、自分の容姿はまだまだ好きになれそうにないんだけどね?
…貴方が綺麗って言ってくれるなら、この見た目でも良かったのかもしれないって、思ってるの。
好きな人と結ばれるためにこの見た目がきっかけになったのなら。
こんな幸せな事、ないのかなって。
…つまりその、醜い私だけれど、ネルシェリアスを心から愛してます!」
「~~~~!!?」
「私と結婚して下さい、旦那様」
もう恋の奈落の、底の底にまでオトされてしまった。
リィカが優しすぎて大好き。
こんなにまで本気で泣いたのは本当に久しぶり。
もう男失格なくらい泣きました。黒歴史確定ですねこれは。
どこまでも重い愛情も、暗いコンプレックスも、全て彼女が甘く溶かしてしまった。
もらった分だけの幸せが果たして返せるのだろうか。
とりあえず全力でカグァム・リィカを愛そうと、改めて熱い恋心に誓った。
ネル王子と麗華の容姿コンプレックスは、こうして少しだけ解消された。
自分の容姿は美しくない。
でも相手がそれすら好いてくれているなら、こんなに嬉しいことは無い。
…自分が嫌いだった醜い見た目も、いつの日か、好きになれそうな気がしていた。
広い部屋の片隅でぴっとりと寄り添いながら、2人は幸せそうに純白のドレスを眺めている。
夫が金糸で美しく刺繍を施していき、妻は楽しそうにそれを応援していた。
泣いたり惚気たり惚気たりイチャラブしながらも、作業は順調に進み、日が沈む頃には完璧なウエディングドレスが出来上がる。
衣装屋も真っ青な程の美しい、愛の篭ったドレスだ。
これを着た貴方はきっと麗しの女神様そのものですね、と夫が言って。
ヴィレア的にはそうなのかなぁ、きっと貴方からのドレスだから特別なのよ、と妻が返した。
照れ照れラブラブ。
ごちそうさまです。
さあ!
明日は幸せな幸せな結びの儀式、結婚式です!
たくさんの苦難を2人で乗り越えてきましたね、その分だけ絆も深まって、素晴らしい日となるのでしょう。
未来は薔薇色なのです。
今日は早くおやすみなさい。
また明日、愛しい貴方に会えるのを楽しみにしていますよと微笑みあって、2人はそれぞれの寝室に戻っていった。
読んで下さってありがとうございました!




