兄との制約
短めです。どうしても早くここまで書きたかった!
王宮に辿り着いた王子一行は、使用人たちから熱烈な歓迎を受けていた。
皆、レイカが助かるよう祈っていたのだ。泣きながらのお出迎えは迫力満載である。
裾の汚れたドレスの着替えのため、レイカは自室へと案内された。
ネル王子も服を土埃で汚していたので、着替えて来るようだ。
また大広間で、と挨拶をしてから、一旦別れた。
自室でのレイカの着替えはやはり専属侍女が担当している。
軽く湯浴みしたあと、ミッチェラが淡いピンクのドレスを持ってきて着付けてくれた。
アマリエは丁寧に丁寧に黒髪を梳いている。くしをゆっくりと通した後に、一箇所だけ切られた髪束を綺麗に整え、少し迷ってからやはり青薔薇の香油を付けた。
ふわりと漂う甘い香りに、レイカはうっとりと頬を染める。
その様子を2人の侍女は微笑ましげに見る。
大広間に着くと、相変わらず白い貴族服のネル王子がレイカの方を微笑んで見ていた。
好き好き!と、レイカの心に愛情が込み上げてくる。
走っていって抱きつきたい気分だったけど、兄王子たちもいる場だしと、ぐっと衝動をガマンした。
この場には、王子たち、王妃、影と使用人が数名いるのだ。
ネル王子の隣に静かに並び、グリド王子に頭を下げる。
「グリドルウェス王子殿下。
この度は、私が誘拐されたことで国を騒がせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
先にレイカが発言する許可は得てあった。
再度、深く頭を下げる。
王族の妃となる人として、完璧な謝罪の言葉だ。
もちろん、本心からの申し訳ないという気持ちを込めて発言している。
グリド王子はその真剣な声に苦笑した。
「…相変わらず、気丈な事をおっしゃる方ですな。
カグァム・リィカ嬢。
貴方がこうして無事で帰られて、本当に良かったですぞ!
安心しました。
確かに騒がせられはしましたが、事件は貴方のせいではありませんし、賊にも色々と理由はあったようですな。
それについてもまた相談しましょう」
「…寛大なお言葉、感謝致します!」
レイカが勘極まって、うるっと瞳を滲ませる。
ユキたちは処分保留でとりあえず牢にいると聞く。理由が理由ではあったし、何より彼らは凄まじく優秀な人材であるので、死刑はまず無いだろうと聞いていた。
レイカの愛らしさに、ウッ、とグリド王子が一歩後退する。
照れてて顔が赤黒い。
ああもうどうしよっかなー、正直本当に俺の妃に欲しいよ、マジで、煩悩が耳元で囁きまくってる。
こほん!とクラド王子が大きめの咳をして、なんとか場を整えに入った。
長男は慌てて威厳を取り繕う。
「…カグァム嬢。
こちらから、貴方に謝らねばならない事があるのです。
…愚かな弟の件で。どうか最後まで、心してお聞き下さい」
「「!」」
ネル王子とレイカが揃って肩をビクッと揺らした。
レイカは何が言われるのか分からずに不安そうだ。
王子を見やるが、彼は青ざめて前を向いたまま視線を合わせてくれなかった。余計に不安がつのる。
グリド王子が冷めた目で、そんな弟を見る。
…今すぐ「馬鹿野郎めが!」と叫んで殴ってやりたい気分だった。
ふぅ、と鼻から少しだけ息を吐いて、大きく厳粛な声で告げる。
「ーーーカグァム嬢の捜索には、国宝『愛と美の女神の涙』が使われた。
使用者はネルシェリアス。
彼が国宝を使う代わりにと差し出した物は…
我がヴィレア王国への一生の忠誠と、
カグァム・リィカ嬢との婚約の解消である!!!」
「ーーーーーーッッ!!?」
かくん、とレイカの膝が折れる。
…今、今、何て言ったの…?婚約の、解消?
ショックで目の前が真っ暗になっていた。
カグァム嬢!?と小さく叫んだネル王子が彼女を抱き起こそうと手を伸ばしたものの、『約束』を思い出して、あと少しで触れるかという所で固まってしまう。
その両手には黒の手袋が嵌められ、女神の結びのリボンは……見えなかった。
どうしようもない距離感。
この距離こそが、婚約が解消されてしまった証拠だというの…?
まだ信じられなくて、信じたくなくて、鼻の奥がつんと痺れた。
お互い何も喋らない。
ただ、マヌケな姿勢のまま、指先ひとつ動かせずに見つめあっていた。
こんなに近くにいて、愛しい人の瞳には自分だけが映っているというのに。
また、今度はグリド王子が咳をする。
ごほんっ
「…まあ、そういう訳がありましてな。
弟は貴方をどうしても助けたいと、覚悟として自ら右の小指を切り捨て、女神の宝石に代えたのです。
…愚かでしょう」
「……えっ!? ネ、ネル右手…!」
レイカが手を取ろうとすると、王子は反射的にバッと右腕ごと後ろに引いてしまい、また2人ともに固まる。
レイカはショックで青ざめまくっている。
兄が、重くため息をついた。
「……はあ。
全く、ネル、お前という奴は。
カグァム嬢、弟は貴方を本気で愛しておりましたよ。
…こんな事を仕出かした馬鹿者ではありますが……「う、うあああああああッ!!」
もう耐えられなかった。
レイカが叫ぶ。
ショックな気持ちと、ネル王子が自分をそんなにまで想っていた嬉しさとで、心はぐちゃぐちゃ。我慢なんて出来なくなっていた。
彼といたくて、その為に、こうしてこの世界にいると決めたのに…!
ネル様はまだ私を嫌っていないのに、それでも、一緒にいられなくなるの…?嫌だよぉ!
周りの目も気にせずに彼の首元にしがみついて抱きしめ、精一杯訴えかける。
「ネル、ネル、ネル……ッ!
好きだよ、愛してるよ、貴方が一番に大切だよぉーー!
お願いだから側にいさせて。
お願いよ、私の事離さないで下さい……!
ねぇ、もう一度抱きしめて欲しいの…愛しの旦那様……!!」
「ーーーーーッ!!」
ネル王子は顔を上げなかった。
力無くだらりと膝をついた姿勢のまま、表情は垂れた前髪に覆われていて見えない。
…だけど彼も耐えているようだった。
ぎゅっと握られた拳が痛々しい。
自分の全てを無くしてでも助けたいと願ったほど愛しい人だ。
こんなにまで求められて、嬉しくないはず無かった。
こんな絶望的な状況なのに、ほのかな体温を感じただけで、頭の中が一瞬で幸せで埋まってしまった。
ああ、彼女を今抱きしめ返せたなら、どんなに…!
でも、自分はもうーーー…
「それでも男かあッ!!!」
「ごっふッ!!?」
ナヨナヨした事を考えてたら、ドロップキックを背中にくらった。
****************
王子は前のめりになり、咄嗟に、レイカを潰すまいと腰を抱くことになった。
ぎゅっ、と2人の距離が更に縮まる。
もっと近くに!とレイカは力を強めてきて、王子の耳元には熱い頬が触れた。
ぽよん、としたその柔らかさに絶句する。
赤くなって、そのままの体勢で固まってしまった。
ドロップキックをした犯人は兄である。
お貴族様らしく、丁寧に靴を揃え脱いでからのキック+元々文系だったので、威力はほとんど無く、弟の服もほとんど乱れてはいない。
加えてこのシチュエーションは狙い通りだ。
最高の結果になったなちくしょう!
目にうっとおしいよ!!
超絶美人と抱きあう弟を、妬ましげに半眼で見るグリド王子。
馬鹿が何やらわめいてきた。
「な、何するんですか兄上…!?
危ないでしょう!?」
ムカつく……!!
「やあああッかましいわァァァ!!
このヘタレ!!
自分の惚れた女性にこうまで言われて、抱きしめてやらんヴィレア男があるかッ!!
それでもヴィレアの王族かこの馬鹿!バーーーカ!!
…いいからさっさと抱きしめて差し上げろッ!!」
「………!?」
荒ぶる兄。唖然とする弟。
ネル王子にとって願ってもない言葉ではあるが、制約までした約束をわざわざ破れとは、意味が分からない。
…てか、あれ破れないんじゃないの?
そして兄はリィカに懸想していたはずだし。どうして手助けなんか…
「ネル…」
「うっ!」
そんな事を考えているとレイカに至近距離からどアップで見つめて来られる。
度を越した美人さに鼻血が出そうになる……こ、こらえろ私!
リィカを汚してなるものかっ!
鼻に力を入れ耐えていると、兄にまた背中を足でグリグリされた。
「だ・き・し・め・ろ・と・言っているッ!!」
「うわあああ距離が近いあああリィカ可愛い!!
もうコレ、駄目でしょう…!?」
「お前の人間性が駄目だな…」
「…誘惑に耐えろということですか兄上?
さすがにそろそろ抑えが効かなくなりますよッ!?
抱きしめろ発言なんて、もう理性が、無理無理無理無理……!」
ネル王子は半泣きだ。
ヤバい!理性仕事しろ!
しかし兄のその言葉は完全に理性をニートに導く問題発言だった。
「ーーーお前とカグァム嬢の婚約は解消されていないんだよッ!!」
「「ええっ!?」」
ほとんど悲鳴の応酬である。
な、なんだってーーー!!
「カグァム嬢の結びのリボン、消えてなんか無いだろうが!
女神の魔法陣の契約はそのまま継続中だッ!」
もうやだ!と言わんばかりに叫んだ兄。
…俺だって、カグァム嬢と一緒になれたらと夢見たさ。
でも、お前らこんなに愛し合ってるのに、無理やり引き離すのは違うだろう?
女神様の宝石は、本当に愛し合ってる恋人同士じゃないと使えないんだからな。
自覚しろ。
ったく、何でわざわざ俺が!制約の聖剣使ったと思ってるんだよ!
ため息しか出ない。
「…最初に、最後まで聞けと言ってあっただろうが。
ああもう。
…俺が言ったのは、ネルが『婚約解消を差し出した』までだっただろ?」
「…はい」
「あれは受け取ってはおらん」
「はッ!?」
「俺は『忠誠を受け取った』と聖剣に誓ったんだよ!!
俺が制約したのは『代償にネルが一生ヴィレアに仕える』方なんだ!」
またも叫ぶ兄。
もはや天下の美声も枯れている。お疲れ様です。
ビリビリビリッと、周りの従者たちの鼓膜までもが刺激された。
今度は威厳のある重い声だ。
「お前が一生ヴィレアで俺に尽くすというなら、それは宝石を譲る十分な条件になる。
俺にとって一番大切なのは、家族が離れずにヴィレアで仲良くいることなんだからな。
お前のことも大切なんだよ!!
……この、バカ弟!!」
「………兄上…?」
ネル王子は口をぽっかりと開けて、唖然と兄を見ていた。
今、お前が見るべきなのは俺じゃないだろ?
どこまでもボンヤリした弟の背中を、半泣きになりながらもトンと押してやる。
絶世の美女が、ネルシェリアスを待ってるんだからな。
絶対、幸せにしないと許さないぞ!
レイカが王子の首筋に頬をすり寄せる。
「……抱きしめてほしいよ。ネル」
「…………ッッ!!!」
甘えた声に、ネル王子はようやく応えて。
…恐る恐る彼女の背中に手を伸ばし、そのあと、ぎゅっと力を込めて愛情のかぎり抱きしめた。
読んで下さってありがとうございました!




