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幸せな未来

頭の中にはひたすら優しい歌声が響いている。

幼いラザリオンの歌声。

冷えた身体にじんわりと染み渡るかのように、柔らかく脳を揺らしていく。


初めて聴いた時からまるで成長していない甲高い声は、彼の魂の成長が止まっていることを表していた。

10歳になる祝いの日に完全に心を壊され、召喚の器にされ、それからラザリオンの魂は囚われたままだ。

この身体の奥底で。



彼の魂に会ったのは、国王に騙されていると自覚し幽閉された時。

暴力に耐えかね、ついに心が折れかけた瞬間、フッと意識がラザリオンの物と入れ替わったのだ。

それからはひたすら彼が暴力に耐えてくれていた。

これまでも寝ている間に痛みを肩代わりされたりと、俺はこの子に守られていたらしい。

意識下で会ったラザリオンは、やっぱり呼びかけには答えてくれなかったけど、小さな背中を震わせ歌っていた。



身体を取って代わったユキヒトの魂を恨んでも良かっただろうに。

与えられたのは怨嗟の念ではなく、見返りを求めないひたすらの優しさのみ。

…こいつも心の綺麗なやつだよ。

なんて、羨ましい存在なのか。



ムクムクと黒い嫉妬心が湧き上がってきて、それもザルツェン国王に手のひらで転がされているようで腹立たしくて。

片方立てた膝に顔を埋めて、ギュッと強く目を閉じた。





…ザルツェン連合王国はもう終わりだろう。

国を出る時にいろいろと仕掛けて来てある。

クソ卵のヤツ、魔法陣の消滅は他の幹部に内緒にしていたらしいが、いつまで持つかね?

あーあ、早くあいつの絶望した顔が見たいもんだ。

俺に「世界の理を知る」加護があること、ヤツは知らない。

知ってたら手離さなかっただろうがね。ざまぁ!



ぐるぐると色んなことを考えて、レイカさんの言葉を忘れようとしてる。

そんな俺は…

醜くて、ズルいやつだな。



ダダダダッと子ギツネの足音が地下階段から聞こえてくる。




「主!」


「…なんだよレイズ。そんな慌てて」


「バカバカバーーーカ!!」


「いきなりか。蹴るな殴るな」


「これ以上、レイカさん泣かすなよぉーーっ」




ああ、また泣いたんだ彼女。

レイズの手業足技をかわしつつ、同郷のブスちゃんに想いを馳せる。

あ、別に異性として好いてる訳ではないんでそこんとこよろしく。

今更だけど、よっぽどネルの事が好きなんだなーって思ってさ。


…時々かするレイズの一撃が重いなぁ。獣人vs人族だぞ、自重しろ。

しかしコロコロと絆されるやつだね、このキツネ。




「さっき改めて『日本に帰す』って決めたばっかりじゃんか。

何、もう心変わりしちゃったわけ?」


「ううう、違うよ!!

あの女神様のリボンまで、消すこと無かったんじゃないのって言ってるの!

…あれ、レイカさんの心の支えだったんだから」


「あーーー。

まあ、明後日の帰還前には加護戻すし…いいんじゃない?今くらいさ」


「ううううううう!!!」




レイズ唸ってる。

ぐえ、襟元締め上げないでくれる、どこのチンピラだよ!


分かってはいるんだろうな。

俺が何の理由もなく、こうしてリボンを消した訳じゃ無いってこと。




「レイズ。

さっきさ、ヴィレア王国側が探知魔法を使って来てたんだよ。

んーとね。レイカさんの居場所を光らせて探すやつ。


そこで、その消えたリボンな訳よー。

今さぁ。レイカさんの座標を部屋ごと、ヴィレア国外にしてあるわけじゃん?

大陸の秘境あたりが代わりにピカピカ光ってる筈だねー!」


「ええええぇ!?

…すごっ、さっすが主…!」


「まあねー!

で、この手は何かな。ん?んっ?」


「あうっ」




優しく微笑みながら首締め中の手をぺしぺし叩いてやると、ようやく呼吸が楽になった。

わざとらしく咳き込んでみせる。

レイズは顔を青ざめさせたり赤らめさせたりと忙しい。

「…すーぐそうやって性格悪い事するー!」

どうやら怒りの方が勝ったようで、涙目で睨まれた。


ポンポンと自分の隣の床を叩くと、おずおずとそこに座って寄り添われる。

頭がこてんと預けられた。


耳と尻尾はへにゃりと元気が無いのが見て取れる。

こいつにも苦労をかけてるよな…

幼い容姿に似合わない、疲れきったため息をついているレイズ。

言うセリフの内容がまた重い。ガツンと心に響く。




「…みんなが幸せになる方法があったなら、良かったのにね。

レイカさんとあんたが、日本に自由に帰れるようなさ…」


「そうさなぁ。

夢、だな」


「ねー……それが叶う夢だったなら、良かったのにね」




俺たちはいつも夢を見る。

寝てるときの奴じゃなくて、こうだったらなって願望の方のね。

痛めつけられる事の無い、平穏な人生を歩みたかったものだと。

そういう夢。

レイズも、俺と同じ事を願ってた。



レイズはザルツェン王宮に攫われて来た子だった。

人攫い専門業者に攫われて、貴重な狼獣人に変身するよう命令され、そしてあの腐った王宮に売られた。

国王もキツネお得意の幻影には騙されたらしい。

変身したキツネ獣人である事がバレてからは、それが理由で虐められてた。

あいつの過去も、それはそれは辛いものだった。



レイズも俺も、あの国が大嫌い。

だからそれがきっかけで、こんなに仲良くなった。やなきっかけだね。

こてん、と自分もレイズの方に頭を傾ける。




「…そいえば。

いやに慌てて来たけどさ。俺を殴りに来ただけなの?」


「…あ!!

言うの忘れてたじゃん、もーう、主が私の心掻き乱すからぁー!

えっとね、ご飯ください。

レイカさんのっ」



ちょっと待てどこでそんな言葉遣い覚えてきたお兄さんは許さんぞ。




「ああ、はいはい和食ね。

ところでお前、そんな言葉どこで「ありがとおーーっ」…せっかちかッ!!!」




人数分準備してあったご飯プレートを一人前さっと取り上げると、またドタタタッと駆けて行ってしまう子ギツネ。

あ、あんにゃろう…

人が心配して声をかけてみれば!

スルー逃亡とはいい度胸だ、あとでたっぷりからかい倒してくれるわ!!




…………。





どうやってそれを問い詰めてやろうかと悩んでたら、すぐにしょんぼりとしたレイズが帰ってきた。

えらく早かったなと声をかけると、どうやらレイカさんのご機嫌は治らなかったらしい。

…彼女もたいがい、手強いもんだ。

こんだけ絶望的でも、諦めてないなんてね。


立ち上がりレイズを慰めようと喋りかけた瞬間…ーーーー





<ビビビビビビーーーーッ!!!>




と、ノーパソ魔道具から大音量で警報音が鳴り響いた。

驚き、画面を確認すると


「クラッキング……?」


外部から命令変更の攻撃を受けている、とメッセージが出ている。

…そんな馬鹿な。これ日本語表記だぞ!?

この世界の誰がそんなの解析できるって、


一人しかいないかッ!!





「……やってくれたね、レイカさんッ!!」




わけが分からず音にオロオロするレイズを抱えて、地下へと走った。

このシステムには、攻撃を受けた場合に反撃するようプログラムが組み込まれている。

…嫌な予感しか、しなかった。





****************






地下室に2人が駆けつけると、レイカは床にぐったりと倒れこんでいた。

『キューピットの恋文』から伸びた黒の糸が両手にぐるぐると巻きついていて、その熱で肌は焦げている。

僅かに嫌な臭いが漂っていた。

防護システムから脳に直接ダメージを与えられているかもしれない。

ユキは焦った表情で彼女を抱き上げた。



「レイズ、治療するから、魔法無効軽減するよ!

一応レイカさんの魔法、警戒しといてね!」




言うが早いが、地上への階段を駆け上がる。


魔法でウォーターベッドを作りレイカを寝かせると、ノーパソの履歴をチェックした。

彼女は反撃を長いこと受けながらも、クラッキングを止めなかったようだ。

そのせいで意識が一時的に飛んでいる状態らしい。




「…あーーっ、もう、困る!」




まだ脈はある。

治療魔法を脳を中心にかけてやった。

ゆっくりと、血液が身体を循環する過程をイメージ。

トクトクと、溢れるほどの彼女の魔力を外側から制御し、血液に混ぜ込み流していく。

一歩間違えると血管を破裂させかねない高度な魔法だ。

ユキの表情は真剣そのものだし、レイズも息をひそめて彼女を見守っている。




やがて、レイカの瞼が震えて、うっすらと黒い瞳が見えてきた。

治療魔法をいったん止め、ほーーっと大きく息をつく。

最悪の事態はまぬがれた。

レイカがその大きな口が開く前に、ユキは叫ぶように声を荒げた。




「ーーーレイカさん、何してんの!

頑張りすぎッ!!

もう、もしかしたら日本に帰る前に死んじゃってたかもしれないんだからね!?

…命は大切にしてよッ」




レイカはそれに対して、かすれるような声でポツポツと話した。

その言葉は弱々しいのにどこか力強くて、今だ愛情に溢れている。

あまりに決意が変わらない様子に、ユキはたまらなくなった。




「……ユキさん。

私、それでも、今一度ネルに会いたいの。

あの人を一人にしないって、約束したもの…」



「それで貴方が死んだら、それこそネル泣くんだからね!?

あああ、俺もうネルを泣かせたいのか喜ばせたいのか分かんないジャンッ!!」



「主…グラグラじゃん…」


「ユキさん…」



「もーーやだ、うるさいよーーー!!

イライラする!

とにかく治療するから、その手貸してよねレイカさんっ!」




ユキは心底しんどそうに顔を歪めて、無理やりレイカの手を取った。

荒っぽい掴み方に痛みを感じたのか、レイカは「ゔゔゔ!?」と声を上げる。

自業自得!と吐き捨てると、今度は丁寧に丁寧に治療魔法をかけていった。

女の子の肌に傷が残るなんて良くない。

ユキは、そういう所が神経質だ。


丁寧な治療で、黒ずんだ皮膚は徐々に再生しまろやかな黄白みを帯びてくる。

焦げたかさぶたの部分は剥がれ落ちて無くなった。

ひび割れてピンクの肉が見えていた溝も、綺麗に塞がっていく。


だが、あと少しで完全に治るか、という所で再生はストップしてしまった。

チッ、とユキが舌打ちする。


イラついた雰囲気に怖気付きながらも、レイカは恐る恐る、小さく声をこぼした。




「ユキさんって、根は優しい人なんですよね…」


「……は?」


「だって、治療魔法って心が優しい人がかけると心地よく感じるものでしょう。

今、凄く身体の調子が良いですもの」



何が言いたいのか?

思わず眉をしかめるユキ。




「…貴方のこのヤケド、俺のプログラムのせいなんだけど。

ていうか、誘拐犯に向かってよく堂々とそんな事が言えるよね?」


「うっ、……正直、誘拐されたのは凄く怖かったですよ!

でも、貴方たちなりの理由があったし。

それは私の帰還のためでしたし…」


「…………」


「貴方たちも、私たちも、皆が幸せになれる未来があったなら」


「!」




それは先ほど、夢でしかないと自分たちで切り捨てた言葉だ。

だけど違う所は、「幸せだったなら」と過去を願う自分たちに対して「未来が幸せなら」とこれからを願った言葉だということ。


俺たちほど辛い過去を生きたわけでもないのに何言ってんの!なんて、八つ当たりしそうになって。

でもそれがなんか違うのは、自分でももう分かっていたから、グッと口をつぐんだ。

レイカの言葉はまだ続く。

労わりに満ちていて、耳に痛い。



「ユキさんは、優しい人ですよ。

レイズちゃんも、優しい子。

ネル様だって優しいんだから、きっとみんな、仲良くなれる筈なんです。

…謝りましょう?

誘拐事件で、ビックリさせてごめんねって。

私は日本に帰るつもりは無いですから。

謝って…一緒にヴィレア王宮に帰りましょうよ」




………うるさいよ。




「みんなで幸せに」


「そんな都合のいい未来さ、あるわけないだろッ!!

俺らはザルツェン国民を傷つけた悪人なの。

それに、誘拐犯なんて良くて死刑、悪けりゃ拷問致死だね。

…貴方、やっぱり甘すぎッ」




今度はレイカがグッと息を飲む。

甘い。そんなの、自覚はある。


でも願わずにはいられないんだ。

だって目の前のこの人はこんなにも辛そうで、今にも崩れ落ちてしまいそう。

優しい人なのに。

誰かを助けたいって頑張った結果が、騙されて、この現状だなんてあんまりでしょう?

彼にも救いがあって欲しいの。



また反論しようとしかけた所で、ふと気分が悪くなり「うっ」と口を抑えた。

ユキがギョッとして、再び脳に治療魔法をかける。

じんわり広がる暖かさに、また余計な一言を言いたくなってしまう。




「やっぱり、優しいユキさんは、報われるべきだと思います……」



「〜〜〜〜〜ッッ!?」





フッ、とレイカの意識が遠くなった瞬間。


泣きそうに歪んだユキの顔が見え、




次いで、ドゴオオオッ!!と壁の吹っ飛ばされる音がした。




あまりの轟音に、レイカの意識は無理やり引き戻される。

な、何が起きたの…?

何かが突っ込んできたみたいだけど…




ユキとレイズは顔を引きつらせていた。

あの厳重な結界をどうやって突破出来たっていうんだよッ!?




パラパラと土ぼこりが舞う中、キラリと光ったのは白い髪だ。

壁の瓦礫の山からゆらりと立ち上がる男性のシルエットは、驚くほどに真っ白で目に痛いほど。

吸い込まれそうな空色の瞳が、愛しい女神をまっすぐに見ている。


その瞳の熱にまた焦がされてしまいそうだ。




「ネルシェリアス……?」




鈴の鳴るような女神の声を聞いて、恋に狂い切った男が地を蹴った。





きたーーーーー!


読んで下さってありがとうございました!

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