決意
(3/27///イラスト追加//リィカ)
※日本的美形補正済です。
リクエストにお答えして、私たちから見て美人ちゃんなリィカさんです。
とにかくデロデロに甘やかしてくれます。好き好き大好き!
手を差し伸べるとすりすりされますー。
「グリド兄上、お願い申し上げたいことがありますッ!!」
「っ!?
なんだ騒々しい、お前が願い出てくるなど……珍しいな?」
ヴィレアの大広間には、王子3名、王妃、影と騎士が数名ずつ集まっていた。
ここで透視魔法での王都捜索を行っていたのだ。
休ませていたはずのネル王子は、先ほど飛び込んで来たばかり。
何やら覚悟を決めたような険しい表情で、実兄のグリド王子を強く見ている。
その鋭い眼光と言葉の内容に、グリド王子は顔を顰めた。
…このタイミングで「お願い」?
なにか、ろくでもない事じゃないだろうな。
そこはかとなく嫌な予感しかしないんだが!
空色の瞳をギラギラと見開いたネル王子は、ハッキリとした声で言い放った。
「ーーー『愛と美の女神の涙』を、カグァム嬢の捜索のために使用する許可を頂きたい!」
「ーーーーーーーッッ!!!」
それは、一王子が願い出るには、あまりに不相応な願い。
その言葉に、部屋の温度が一気にガクッと下がった気さえした。
女神アラネシェラの秘宝はもはやこの国に一つしか存在しない。
それを使い切ってしまえば、女神の加護を受ける国として、他国にも国民にも示しが付かない。
そんな事くらい、弟にも分かっているだろうに。
問題発言をしたネルの兄であるグリド王子は、驚愕の表情で顔を強張らせる。
そんな途方もない願いを乞うほど、この弟は愛に頭をヤラれてしまったのだろうか?
どんなに難しい局面でも、常に冷静で常識的な判断をしてきた恐ろしく優秀な男が、一体どうしたというのだ。
カグァム嬢との愛の繋がりを無くして、おかしくなった?
…ありえそうすぎて怖い。マジでやめてくれ。
苦く眉を顰めて首を振る。
「………ならん。
気持ちは、分かるがな。
よく考えろ?
カグァム嬢は、まだ見つからないと決まった訳ではないのだ。
これから皆の全力で捜し助け出せれば、秘宝を使わずとも問題は無いだろう?」
「いいえ。
まだ無事。
だからこそ、早く助け出して差し上げたいのです!
確かにカグァム嬢は生きてこのヴィレア国内におります。
先ほど、一瞬ですが結びのリボンが復活しましたから。
何らかの手段で加護が断ち切られているのでしょう。
…そこまで出来る相手だ。
それこそ、これから彼女に何が起こっても不思議じゃない。
100億もの魔力を持つ、絶世の美女を手放したくは無いでしょう?
亡くなってしまうか…
それとももしかしたら、下賤な敵の手中に堕とされて、将来敵対する事になるやもしれませんね?」
弟は一歩も引かない。
交渉するためのセリフがこれでもかとスラスラ口に出てくる。
自分でも言ってて嫌だろうに、内容がそらえげつない。
絶対頷かせてやる、との執念のこもったキツい視線でグリド王子を射抜く。
兄は美しい顔を引きつらせた。
周りの者たちをバッと見ると、皆こぞって顔を背けて話に加わる気がないようだ。ちくしょう!俺だってこえーよ!
何とかキリリとした顔を取り繕い、弟を睨みつける。涙目で格好がつかないが。
「…随分な言い方をするものだな?ネル。
可能性としては、どれも無くはないとしか言えんがな!
それでも、あの秘宝はダメだ。どれだけ国にとって大切な物かは、お前も分かっているだろう」
「…ええ。
存じ上げております。
1代前には2つ存在していた秘宝の片方は、私の出自を確認するために父上が使用されましたね?
また、『私』のために最後の秘宝まで使ってしまうなど、あってはならない事。
こういう意味でも、ありますね」
「…………ッ!!
そんなもの、お前のせいじゃっ……!
……ええい!
そうだぞ、ネルよ!
一度はお前のために宝石が使われた。
それなのにまた、国王でもない一王子たるお前の婚約者のためだけに!
秘宝がなくなるなど、許されはしないのだっ。
…第一、国王で無い者が使用許可を譲られるためには、その者の持ちうる一番の宝を差し出し国王を納得させなければならない。
…お前は、何を差し出すつもりでいたのだ?」
じっ、とネル王子は身じろぎ一つせず立ち尽くしている。
あまりに凪いだその不気味な目に、グリド王子の肌がブワッと粟立った。
しん、と静まりかえる大広間に、弟の迷いの無い涼やかな声が通る。
「貴方の一番望むものを。時期国王陛下」
「…………は?」
思わず間抜けな声が漏れてしまう。
俺の、一番欲しいもの?
その確かな答えは、弟の口からゆっくりとこぼれ落ちた。
「ーーーカグァム・リィカ嬢との婚約を解消しましょう。
彼女は物ではありませんので「差し上げる」とは言えませんが。
私が彼女を救いだし、再び王宮に帰った暁には、もうこの腕が女神を抱きしめることはありません。
秘宝は『私』ではなく、『女神』の為に使用します」
ーーーーーーーッッ!?
先ほどより更に重い、痛いほどの沈黙が、しん、と大広間を支配する。
ーーー誰も、何も言えなかった。
ネル王子がどれほどカグァム嬢に入れこんで、愛していたのかを皆が知っている。
どのような張り裂けそうな気持ちで、その言葉を口にしたというのか。
唖然と固まってしまう者たちの中、ネル王子だけは音もなく兄の前まで歩き跪く。
懐から短剣を取り出し引き抜いた。
止めることが出来ないほどの早業で剣を振り…ーーー
ガッッ!!!
と、人思いに右手の小指を根元から切り飛ばした。
鮮血がドクドクと溢れ、千切れた小指が床にボトリと落ちる。
むわっ、と濃い血の臭いが立ち込めて、スプラッタ恐怖症の兄は「ゔおっ!?」と口元を抑えた。
が、弟の真剣すぎる表情を見、なんとか青ざめながらも無理やり持ち直す。
真顔のままの弟。
怖い。なんなのこいつ!その顔やめろよ!
従者が慌てて駆け寄って来ようとしたが、手で制して待機させた。
男同士の真剣な話合いだ、無粋な真似はせず、最後まで言いたいことは聞いてやるのが兄の仕事だ。
…いやな役割だよまったく!
そして馬鹿が口を開く。
「覚悟は、知って頂けたでしょうか。
お望みとあらば、この手の指全て、腕一本丸ごとでも千切ってご覧に入れます。
この身をこれからヴィレア王国のために使う事を思えば、これ以上の切断はお勧めはしませんが」
「やめろ!!!
脅しなのかそれはッ!?
効果ありすぎるからやめろよ!!
………ッの、バカネル!」
叫ぶように罵るが、平然と弟に言い返される。
また、その言い方が別の意味でえげつない。
「そうですね。
…バカな弟の一生に一度きりの願い、どうか聞き入れて頂けませんか。兄上。
私のこの身は生涯、貴方の治めるヴィレア王国の為に捧げると誓いましょう。
今回のこの願い以外は、何も望みません。
…だから、どうか彼女を救う許可を…ーーー!」
「〜〜〜〜〜っ!!」
ぐっ、と唇を噛みしめる。
なんって、悲痛な声を出しやがるんだ。
そのくせ、泣かないのだこいつは。
もう俺の方の涙腺が崩壊しそうなんだが、どうしてくれる。
…ここまでされて、弟の願いをバッサリ切り捨ててしまうには、この兄はあまりに情が深すぎた。
疲れたような声で弟に問いかける。
はぁーー、ため息が止まらない。
「…お前の考えを聞こう、ネル。
例えばだ。お前が『愛と美の女神の涙』を使ったと仮定しよう。
それで、どのようにカグァム嬢の捜索に役立てるというのだ?
この秘宝の効果は、ヴィレア王国内のみでしか発揮されない。
その結びのリボンが消えていることを思えば、単純に『カグァム・リィカを助け出せ』とは今は使えないだろうに」
兄の問いかけに、ネル王子はパッと顔を輝かせる。
その反応をするにはまだ早いぞ?兄が苦笑する。
「!
ご配慮、感謝致します!
そうですね。カグァム嬢はまだ魔力制御をうまく扱えず、常に体から魔力が滲み出ている状態でした。
そこを利用します。
秘宝に『カグァム・リィカの魔力の痕跡を光として現せ』と念じれば、おそらく彼女が隠された場所までがわかるでしょう。
場所さえ分かれば逃がさない自信はあります。
是が非でも、必ず助け出すと約束します」
「…なるほどな。
相変わらずお前は頭だけはキレる。
それなら、やってみる価値は十分にあるか…」
「ーーー!!」
目をギラつかせて『誓いの聖剣』を取り出そうとしたネル王子を、「まてまてまて」と兄が諌める。
簡単な治癒魔法をその切られた小指にかけてやり、止血した。
次いで、自らが手を宙に掲げ、聖剣を引き抜く。
「俺がやる」
ネル王子は一瞬だけ驚き、そしてお手本のような美しい所作で頭垂れた。
その様子を目を細めて見ると、兄は聖剣を床に突き立てる。
魔法陣が光り輝くその真ん中で、大きな口を開き堂々と宣誓した。
この国一美しいと称されるハリのある男性らしい美声。
その声は浪々と大広間中に響き渡り、こだますら聞こえてくるかのようだった。
「ーーーヴィレアの血の継承者、グリドルウェス・ヴィー・レアンスが問う。
対象者は、第4王子ネルシェリアス・ヴィー・レアンス。
汝、我の問いに答えよ。
汝、我の一番望むものを与えられるか?
成されれば、汝には国宝『愛と美の女神の涙』を授けよう。
どうか心して答えられよ。
取引を受け入れる覚悟は、有りや否や?
この制約は破られる事のない絶対の誓いである!」
「躊躇う理由など何もありません。
異世界の女神カグァム・リィカ嬢を救うためなら、私の一番大切なものでも何でも差し出しましょう。
我、ここに宣言する!
今この場をもって、私ネルシェリアス・ヴィー・レアンスとカグァム・リィカ嬢との婚約を破棄します。
そしてグリド兄上、貴方に絶対の忠誠を。
この身体朽ち果てるまで、生涯をかけてヴィレア王国に仕え続けることをお約束致します」
「ーーー…その忠誠、確かに受け取った!」
カッッッ!!!
と、まばゆい光が放たれ魔法陣が王子たちの心臓に吸い込まれていく。
クスクスっ!と、美しい女神の笑い声がどこか遠くから聴こえた気がした。
イラついた顔をしたグリド王子が、従者に「とりあえずネルを医務室に連れてけ!」と叫ぶように声をかける。
弟は「えっ早く宝石使いたい!」とかほざいていたが、脛を蹴飛ばし、問答無用で運ばせた。
アマリエ侍女長はさすがです。
バタつくでっかい成人男子を俵担ぎ連行とは恐れ入る。
ミッチェラが、我こそは治癒魔法をかけてやりましょうとドカドカ足音を立て一緒に退室して行くと、ようやく大広間は静かになる。
グリド王子は王族らしからぬ荒い動作でその場に座り込み、頭をガシガシと掻いた。
ここまで荒れている彼は珍しい。
顔色は気の毒なほどドス青黒くなっている。
見せられた血や指のせいか、馬鹿な弟の馬鹿な宣誓のせいか。
…とにかく、気分が悪い!!
母がニコニコした笑顔で「良かったわねグリド」なんて呟いてるのも不気味で疲れる。
不気味なやつ祭りか。
もーやめてくれ。
……こんな心臓に悪い出来事などもう一生こりごりだ。
ぼんやりと大広間の祭壇の上にある『結びの魔法陣』を見やる。
「……馬鹿なやつ」
ぽつりと、本心からの言葉が漏れた。
****************
ヴィレア王国勢は今度こそガチの本気で、カグァム嬢の捜索に当たろうとしていた。
戦力トップの者たちが集まっているのは『屋上』と呼ばれる一部屋。
ここからはヴィレア王都が一望できる。
秘宝での捜索にはもってこいの場所だ。
大きく開け放たれた窓からは柔らかな風が入ってきて、ネル王子の乳白の髪を揺らしていく。
キラキラと、オパールのような虹色の光を放つ髪は、ともすれば暗闇に浮かぶ月のようにも見えた。
魔力なしの王子。
あまりに醜い外見の王子。
彼は、そんな自分でも愛してくれた優しい人を救う為にすべてを捨てて、望みをただ一つの秘宝に代えた。
その『秘宝』を持った右手を掲げる。
「ネルシェリアス・ヴィー・レアンスが、愛するカグァム・リィカ嬢の為に願う。
どうか力を貸してください、愛と美の女神アラネシェラよ。
私は、彼女を救いたい。
彼女の魔力の痕跡を…光としてこの宵闇に浮かび上がらせ、道を示せ!!」
右手の秘宝が燃えるように熱くなる。
指が焦げそうなほどの熱だったが、握りしめた手はけして離さなかった。
やがて丸い宝石がしずくとなって、ポタリポタリと床を濡らすと…
ーーー王都の夜道がゆっくりと、ふわふわした優しい光で輝き出した。
小さな光がいくつも集まり、天の川のように一本の道を形作っていく。
その道の出来上がる先を順に目で辿って行くと、まず大きな反応があるのは王都中央の噴水広場。
ここには少し長めに留まっていたからか、輝きが強い。
続いて屋台通り、食材通り、素材通り、カフェ。教会へと光の道は続く。
…ここからだ。
道が途切れたのは、確かに平民住宅街の片隅。
昼間のような明るい光が一角だけをピカピカと囲んでいる。
探し尽くしたはずの住宅街だが…誰も、その途切れた先の家を見た記憶が無かった。
顔を見合わせる。
目を凝らしてその途切れた先を眺めていると、「見てはいけない」「ここには何も無い」気になってきて驚愕する。
そのような、精神に働きかける魔法があるという事か……!?
「認識阻害魔法、…とか?」
誰かが、ボソッと呟いた。
皆、信じられない思いだった。
なんて規格外な魔法だ。
こんな物を仕掛けられていたのでは、カグァム嬢はこれからも見つかる筈もなかっただろう。
その点では、ネル王子のとった手段は結果として英断と言えた。
…犠牲にした物は、彼にとってとてつもなく大きな物だったが。
それぞれが音もなく自らの獲物を手に戦闘姿勢になった。
本気で、取り戻しに行くと決めたのだ。
アマリエは魔術を見破るためのスコープも持っている。
このチャンスを逃がさない。
「ーーーリィカッ!!」
ヴィレア勢の反撃が、今ここから始まろうとしていた。
読んで下さってありがとうございました!




