表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/60

大切なもの

間違えて完結済にしてしまっていました…((((;゜Д゜)))))))

大変失礼しましたーー!

まだ続きます!




…ネル王子は憔悴していた。

ヴィレア王宮の自室で、椅子に座り力なく頭垂れて、ぼんやりとした表情で右手小指を眺めている。

見つめる先にあるのは白くて細くて長い指「のみ」。

つい先ほどまでは、ここには燃えるような赤のリボンが揺れていたというのに…

今はその痕跡さえも何も見出せない。なめらかな肌だけがそこにあった。

魅入られるかのように小指の付け根に口付ける。

「リィカ」

唇からこぼれた彼女の名前は、今もどこまでも愛おしかった。





攫われたカグァム・リィカ嬢の捜索は難航していた。

ヴィレア王国の持ちうる最高の戦力が導入され、王都はどこもくまなく探されていたのだが、未だ見つからない。

影と騎士団、ネル王子本人は街でその足を使い探しまわり、王宮ではグリド・クラド王子が遠隔魔法で透視をし、国宝の魔力結晶宝石だって使われていた。

都民も捜索に協力していて目をギラギラ光らせていたし、国境付近の道路は閉鎖済み。

どこにも賊が逃げられない体勢が整えられており、国外逃亡はもはやありえない。

…では、どこに?

時間は無情にも経っていき、皆の心はどんどん焦って行く。




そんな時だ。

ネル王子の右手小指のリボンが、突如として消えてしまったのは。


彼の驚きと、そこからの絶望の表情は、もう見ていられないほど悲痛なものだった。

従者たちもこぞって青ざめている。

…このリボンは、長く王子の心の支えだった。

ブサイクさに定評のある王子だったが麗しいカグァム・リィカ嬢から確かに愛されているという証、そして…ーーー彼女が無事に存在しているということの、証。

それが、消えてしまうなんて。



どうして!

心がザワザワと掻き乱され、恐怖に足がすくんだ。

もし彼女の身に、何かがあったのだとしたら!もう自分を殺してやりたくなった。

勝手に異世界に召喚して、婚約者として縛り付けておいて、それでも溢れんばかりの愛をくれた私の可愛い可愛いリィカ。

こんなに素晴らしい人をみすみす賊なんかに奪われてしまって…!

もし傷付けられでもしていたら、

…殺されて、しまっていたら。

ドッと背中に嫌な汗が流れる。

考えたくない!と頭が思考する事を拒否している。



理性を必死に働かせて、救う可能性を探ろうと思考し始めた。

大丈夫、そう信じなければ足元から崩れ落ちてしまいそうだ。

愕然と立ちほうけながらも、脳内だけは神経が焼き切れるかと思うほどに動かす。


そんな時、アマリエがぽんと肩に手を置いてきた。

振り返ると、彼女とて顔色が悪いが、しっかりとした口調で忠告される。




「…王子殿下。

いったん王宮に戻りましょう」



「ーーーッ!?

なにを言って……絶対に、嫌ですよ!」



「貴方様のお気持ちはよく分かりますわ。

だけど、どうか冷静な判断をして下さいませ。


この平民住宅街はもうこれ以上無いほど探しました。

私たちがこれから王都で出来るのは、また新たな地区を探す事ですが、アテも無く捜索するのはあまりに効率が悪すぎます。

都民や影がすでに他地区を捜索してくれているでしょう。

王宮に戻り、兄王子と話し合い、新たな策を模索するのが良いと考えました。

…愛結びの魔法が消えてしまった事も、相談してみましょう?

全ては、リィカ様を救うためですわ」



「~~~~ッ!!!

………………………………………………………………………………………………………………………わかり、ました」



「ご英断でございます」





相当無理やり納得した様子ではあったが。

そうして、王子たちは王宮へ一時的に帰っていった。


その後、兄王子に相談するも、愛結びのリボンが消えた理由は分からなかった。

そして彼らも、捜索の成果は無かったようだ。

日が落ち夜になってから「夜空のこぼれ星」の魔力結晶宝石でカグァム嬢のことを探して見たが、王都のどこにも反応は無い。

またも皆で途方に暮れる。



攫われた者が見つからないまま夜を迎える、というのはとても恐ろしい事だ。

それが女性なら、乱暴されている可能性すら跳ね上がる。

加えて、愛のリボンが消えているという現状が、ネル王子の心を余計に不安にさせてしかたがない。

明るい青空を思わせるようだった彼の瞳は、今はドス暗く曇っていた。




あまりにひどい顔をしていたため、強制的にいったん自室待機を命じられたネル王子。

貴方が倒れては誰がカグァム嬢を迎えに行くというのだ!と説得されて、渋々部屋に戻ったが、とてもゆっくり休めそうに無かった。

気持ちが昂ぶってどうにかなってしまいそうだ。


何度も角度を変え、リボンのあった小指を見、愛しい婚約者の姿を思い描く。

目も眩むような美しい笑顔も、抱きしめた時の柔らかな身体も、青薔薇の香りとともに鼻をくすぐる黒髪も、全部全部が、自分に与えられた愛そのものだった。

なんて尊い。

今だって鮮明に思い出せるほど、すぐ側にいたのに。




「私の愛しい、愛しい妻……」




焦がれるような甘い声で、また「リィカ」と名前を呼んだ。





****************





「ここにいたのね。ネル」




キィ、とほんの僅かな音を立てて、王子の部屋の扉が開かれる。

思いも寄らない来訪者に、王子は驚いた顔を向けた。

現れたのは妙齢の美しい女性。

彼の実の母親である、ライティーア元国王妃だ。

どこか夢見ているようなうっとりとした目で、息子を見ている。表情は柔らかく微笑んでいた。

王子は怪訝そうな顔で彼女を見た。




「…母上?

確か、体調が優れないため部屋でおやすみになっているとお聞きしましたが」


「ええ、そうなのよ。

さっきまではお部屋にいたの。

でもね、カグァムちゃんが見つからなくてネルが落ち込んでるって聞いたから、来ちゃった」


「!…ご心配をおかけしてすみません」


「いいのよー」




ふわりと笑うライティーア妃。

優しく慈愛に満ちた表情だったが、やはり体調が悪いためか顔は青ざめていた。

従者も付けず一人でここまで来たのだろうか?

母を抱き上げ、ソファーに座らせると、夢見る声音のまま「ありがとう」と言われる。

こちらを気遣ってくれているにしても、あまりに幸せそうなその様子に首を傾げる。


自分も従者をつけていなかったため、湯沸かし魔道具を使い即席でハーブティーを淹れた。

母の向かいの席に座り「どうぞ」と薦める。

「ネルは本当に何でも出来るのね」と、楽しそうにクスクス笑われた。

一口飲んで息を着くと、お互いにその視線を交わらせる。先に口を開いたのは母だった。




「ネル。

カグァムちゃんは、貴方を責めないと思うわ。

今回こうして攫われてしまった事もよ?」




目の覚めるような言葉だった。

自分が内心、望んでいたのであろう言葉。

パッ、と一瞬目の前が輝いたような気になって、そんな自分を嫌悪した。

罪が許されるとでも勘違いしたのか?なんて醜い人間なんだろうか…ヘドが出そうだ。




「………ッ!

そう、ですね。

あの方はとても、優しい人ですから」



「きっと"貴方だから"よ?

ネルのした事なら、健気なあの子は何だって許すんだわ。

カグァムちゃんの愛情は、誰かにひたすら与えるための物なのね」




思わずその空色の目を見開く王子。

母に言われて改めてそこに気付かされるなんて間抜けだが、考えれば考えるほどに、その通りなんだろうな、と思う。


『ネルのためなら何でも許す』?

…うわ、リィカ本当にこれそのまま言いそう。


彼女の優しさにまた触れた気がして、泣きそうになる。

しかしそんな尊い人を奪われた自分がこんな所で泣く訳にはいかないと、ぐっ、と目元を引き締めた。




「今回の誘拐は、デートで浮かれていた私に非があります。

もっと気を付けていれば、いくら賊が奇術を使う実力者だったとしても、攫われずに済んだかもしれない。

後悔しています…」




つい懺悔になってしまう。

わざわざ励ましに来てくれた母の前で、何を情けない事を言っているのか。

羞恥で、顔が少し赤くなる。




「うん。そうだったかも知れないね?

でも、もしもの話はしてても仕方ないわよ。

それよりこれからの事を考えなくちゃ」



「そうですね…!」




ライティーア妃はポツリと呟く。




「ねぇ、ネルはいつも自分の事ばっかりね?

それに気付いているかしら」




今度はさっきと違う意味で驚いた。

いきなりな言葉だったこともそうだが、内容が…恐ろしく冷たいものだったから。


それは自分でも、薄々自覚していた事だったからだろうか、心に隠した扉をめちゃくちゃに揺さぶられているような気持ちになった。

嫌な予感に、ドクドクと心臓がうるさく鳴る。

羞恥心から赤くなっていた顔は、一気に血の気が引いていた。


そんな冷たい事を言っているのに、母は今だ優しい笑顔のままだ。

恐ろしく思い、思わず耳を塞いでしまった。

無意識の行動だったため、ハッとして、耳から手を離して頭を下げる。

手の震えは止まらなかった。




「す、すみません。失礼を…!」



「いいのよー。

グリドと一緒にいると、あの子失言なんてしょっちゅうですもの。

ネルはお利口さんね。

こんな時くらいでしか、焦った姿なんて見たこと無いわ。


私の言った言葉の意味、分かったかしらね?

えっとね。

カグァムちゃんはいつだって『ネルのために』って行動するでしょう。

その胸元のペンダント、素敵な色ね。

貴方が望んだリィカちゃんの漆黒の髪色に、ネルに似合うようにって綺麗な輝きが足されてる。


だけどネルからの愛情はね。

いつも、何をする時にも『自分・・の婚約者のために』って考えてる様に見えるの。

こうしたらもっと自分を好きになってくれる筈、離れないでいてくれるだろう。

そう…考えていない?

全部全部、自分が愛されたいからなんじゃないかしらって。

貴方がカグァムちゃんに優しくする、理由」




一言一言が、とても、重かった。

母の軽やかな口調に見合わない言葉は、どれも自分にザクザクと突き刺さる。




「………!?

そんな、ことっ…!」



「無いって、断言出来るかな。

カグァムちゃんを救うために出来ること。

まだある筈でしょう?

どうして気付かないフリをしているの。

欲しいのは『ネルシェリアスのカグァム・リィカ』だからなんでしょう?


早く助けてあげなきゃいけないのにね。

貴方が躊躇するせいで、あの子、まだ帰って来れないのね」




…何も反論は出来なかった。

…正論すぎて。

見に覚えがありすぎて。

真っ青な顔でただ母を見つめていると、にっこりと笑いかけられた。

彼女はお茶をひと息に飲み干すと、自分一人で立ちあがる。フラフラとはしておらず、不思議と元気な様子。

とてとてと短い歩幅で扉へと歩いて行くのを、唖然と見送っていた。




「じゃあね。

お茶、ごちそうさま。

カグァムちゃんが早く見つかるといいわね。


ーーーそのドレス、見た目はとっても素敵だと思うわよ?」





扉は、今度は音もなく閉められた。

自分は椅子に座ったまま、立ち上がる気力さえ無くぐったりと頭垂れている。

身体の震えが止まらず、周りの空気がゾッとするほどに寒く感じられた。

春もそこまで来ている暖かな日だというのにだ。

王都の鮮やかな色彩あふれる景色を思い浮かべて、楽しすぎたデートを懐かしみ、泣きかけた顔を両手で覆った。





この部屋の片隅には、カグァム嬢へと贈るため、自らが縫い上げた美しいドレスが在る。


ーーー目に眩しいほどの『純白』のドレス。



2日後の婚姻の儀で着てもらうつもりで、ちまちまと作り上げていたのだ。


慎ましやかに胸元を隠すのは白絹とレースの織り込み布。

細やかな白の造花がいくつも縫い付けられている。

エンパイア型の流れるようなシルエットのスカートは、足首までを上品に覆い隠す。薄い銀糸混じりの生地が幾重にもかさねられ、ふんわりとして極上の愛らしさ。

飾られる宝石はホワイト・オパール、ダイヤモンド、真珠など…

どこまでも白さを追求した、儚い美しさのドレス。



衣装屋と何度打ち合わせをしても結局納得のいくドレスが出来そうに無くて、一から自分で作る事にしたのだった。

贈る日は遅くなってしまうけれど、最高の物をプレゼントしたくて、毎日頑張った。


…いや、それも言い訳なのかな。

ただ、自分の作った自分の色のドレスで自分の婚約者を飾りたかっただけなのかもしれない。

だってこの『白』は、リィカの髪とは正反対で本来釣り合わない色なのだから。

自嘲するように口の端を釣り上げる。



なんとか立ち上がり、そのドレスの前まで歩いた。

純白のドレスを着たカグァム嬢と同じサイズのマネキンを、すっぽりと腕の中に収め抱きしめる。彼女とは似ても似つかない硬い感触が腕に伝わってきた。

当たり前なんだけど、その肌が冷たかった事に失望する。


その当たり前の事が『死』を連想させて、恐ろしく感じたのだ。





私はリィカがとても大切。

貴方の幸せが、……一番大切です。

貴方には幸せが似合う。

どうか幸せで、あってほしい。



それ以上は…ーーもう、自分はなにも望まないから、どうか……




生きていなければ、幸せを感じることも出来なくなってしまうのだ。

こんなに自分を幸せにしてくれた彼女が幸せになれないなんて、そんな事があってはいけない。


何としてでも早く、早くリィカを助けなければいけない!

ギッ!と、王都の方角を睨みつけた。




開けられた窓からゆるやかな風が吹き込んできて、カーテンを揺らしていく。

窓際に飾られた花瓶が倒れないよう窓を閉めようとして、ふと、視界の端に赤色がチラリと見えた。

ガッと右手を掴み凝視すると、小指の根元にうっすらとリボンの幻影が揺れている。



「………うあぁッ…!」



それは何度か見えたり消えたりを繰り返して、また儚く消滅してしまった。

何度も目をこすったけど、赤色は見つけられなかった。

でも、このリボンが真紅に染まっていた事は忘れない。


そしてリボンが、今の一瞬復活したと言う事は、何らかの手法で魔法が遮られている状態だと考えてもいいだろう。


リィカは、きっとまだ無事で、生きてこのヴィレア王国の何処かにいるんだ。




「ーーー待っててリィカ。

絶対、何があろうとも、貴方を助け出してみせますから…!

貴方が幸せに天寿をまっとうするまで、この私が、守りきってみせますからね」




どんな手を使っても。何を犠牲にしても。

貴方の命と幸せ以上に、大切なものなどあるものか。

自分の持っている物は何だって、使えるなら使おう。

そうして貴方に今一度会えたなら、それは素晴らしい人生だったのではないか。




まるで切り裂かれるかのような心の痛みは、全て無視した。



凄まじい熱を無理やり閉じ込めた瞳で前を見、短剣を手に、王子は部屋を後にする。





読んで下さってありがとうございました!

感想返信は昼頃させてもらいます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ