表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/60

もう一人の異世界人の軌跡

真辺マナベ 雪人ユキヒトは不運な交通事故で死んだ。

大学からの帰り道、横断歩道を歩いていたらいきなりトラックが突っ込んできたのだ。

まさにテンプレ。

魂は何かに惹きつけられるように、まっすぐ空へと登って行った。

…まだ感覚の残っていた事故後死ぬまでは、ひたすら痛くて寒かったのをよく覚えている。

凍えるような冬の日で、眼下に臨んだ自分の血塗れの体には絶えず柔らかな雪が降りそそいでいた。




そうして、雪人の18年の日本人人生は終わった。

悪くはない人生だったけど、まあまだ心残りは山ほどあった。

学生のうちに死んでしまって、社会で生きた軌跡を残せなかった事が悔しい。

勉強した事をいかして、誰かの役に立ちたかったのにな。

立派な医師の両親に恥じない息子であろうと必死に勉強して、ようやく難関大学に受かったばかりだというのに。


…ごめん、父さん母さん。

俺の語った夢を聞いて、貴方たちはあんなに喜んでくれていたというのに…ーーー





ふわふわと浮かんでいた雪人の意識は、空のド真ん中でとどまった。

ふと誰かに呼ばれたような気がしたのだ。

意識だけで、あたりをキョロキョロと見回す。



やたら尊大なバリトンボイスと、か細く消え入りそうな少年の声が、2重にかさなって脳に直接語りかけてきた。





『ーーー我の声に答えよ、亡き者の魂よ。我は、自国を豊かにすることを望む者。

その知識をどうか恵み与えたまえ!』



『ーーーどうか助けて。

声を聞いてくれている貴方が、誰かを幸せにしたいと願ってくれる人でありますように。

我が国の民のために、平和と豊かさをお恵み下さい』




…………。

なにこれこわい、唐突すぎる。



誰の声なのかとか、どうして自分が呼びかけられているのかとか、そんなのもちろん分からなかった。

ただ、呼びかけの内容が気になって仕方ない。




知識を与えるだって?

俺の学んだ事が、どこかの国の誰かの役に立てるって事なのかな…?

そう出来たならいいのに!




思った瞬間だ。

雪人の意識は、空の彼方へとグングン力強く引っ張られる始める。

あまりの勢いにビビって、バタバタと手足を振り回すイメージで抵抗するも、引き込む力は強くなるばかり。

光が眩しいほどきらめく彼方へと、ズズーーーー!っと飲み込まれて行った。




なんなんだよ一体ッ……!

そう叫びそうになった刹那、視界が一気に開ける。



足が地を確かに踏みしめている感触。

まだ光で痛む目をなんとか開け、パチパチと瞬きをした。

長いまつ毛が視界の端で揺れている。

……瞬き?

俺は死んで、肉体を無くしたはずでは?

それこそさっき死んだばっかりだぞ!

混乱しながらも前を見やる。





ーーーーそこには、威圧的な空気をまとったまん丸の卵型人間がいた。

やたらとブサイクな部下?を背後に沢山控えさせている。





見事なまでにハンプティダンプティである。

すげぇ、どうやったらこんなに丸い人間が出来上がるんだ。

あまりに予想外な光景にまた軽く意識が遠のきかけた。

危なッ!てか誰?

やたらコスプレのクオリティが高いなこのおっさん。

唖然とその卵を眺めていると、ニヤリと口元を歪められる。

うわ悪そーな笑顔ー。




「ふんふん、ンンッ!

…ようこそおいでなさいました救世主殿!

今回貴方様をお呼び致しましたのは、この私でございまする。

ザルツェン連合王国国王、ハプゼン・ダプゼン・ナダ・ラグラーツェンと申します。

…お声にお答えして頂けたということは、貴方様はその知識を我が国にお与え下さるということですな?

大変ありがたき幸せ!

つきましては、ご高名をお伺いしたく存じます」




…一呼吸分の会話なげぇ。

この人、さっきのバリトンボイスで語りかけてきた人か。

ザルツェン連合王国、そんな国聞いたこともないんだけど?





「ーーー初めまして。

真辺マナベ 雪人ユキヒトと申します。

…国王様?

私は今、この状況を全く理解できておりません。

申し訳ありませんが、まずはいろいろと詳しく説明して頂けませんか?」



「マーヴェ・ユクィート殿!

いやはや、珍しいが、素晴らしい響きのお名前ですなぁ!

ふむ。この現状の説明ですかな。

…少し長くなります、席を改めさせましょう」




パチンと、ザルツェン国王が短い指を弾くと、部下たちが赤い絨毯をささっと敷きその両脇にずらっと並んだ。一糸乱れぬ動きでお辞儀される。

レッドカーペット……!?

こんなもてなしをされた経験などある筈もなかった。

もうさっきから色々驚きすぎて、頭がおかしくなりそうだ。




国王に促されるまま一歩踏み出すと、その一歩で進んだ距離に驚く。

脚長すぎる!!

どんだけスタイルいいの俺!?

…薄々勘付いてはいたけど、今の身体は生前のものとは明らかに違う物だと思う。

俺が戸惑っている気配に気付いてか、国王は振り返り申し訳なさそうに言った。




「いやはや、すみませんなぁ。

貴方様の魂の入れ物になっている身体は背が高くて、少々扱いづらいかも知れません。

ですがその代わりに、保有魔力量は我が国で一番多いのでございます。

どうかご理解下さると助かります」



「!……入れ物の身体」



「ええ。

私たちが死した魂と語るには、生きた身体が必要なのです。

今貴方が使っているのは、この国の王位継承権13位の王子の身体ですな。

彼はもう長いこと、意識無く伏せっていたのでございます。

心はもう目覚めますまい。

…その身体は差し上げますよ。

どうか貴方が息子の代わりに強く生きてやって下さると……父親として、有難く思います」




驚いた。

静かに頭を下げた国王を、俺は唖然とした表情で見ることしか出来なかった。


え、えらく重いもの背負わされたもんだな……?

失礼だけれど、まず最初に浮かんだ気持ちはそれだった。

モヤモヤとした頭のまま、ふらりと国王の後に続いて歩いていく。



途中、廊下の鏡で王子の身体を見て絶句した。

ーーー王子様、美形にもほどがあるだろ……!?




どこのスーパーモデルだと言いたい。

濃い青の貴族服なんてものを着こなしてる身体は手足が長くて、抜群にスタイルがいい。

切れ長の涼しげな目元にスッと通った高い鼻。柔らかそうな薄紅色の唇。

サラリと線の細い輪郭をなぞる髪は、見事なまでの美しい黒紫。

肌なんてそれこそユキのように白い。




これが、俺の新しい身体……?

ゾクリと心が粟立つのを感じた。

だってそうだろ?自分が超絶美形の王子様になって、喜ばない人間がいるもんか。

まるで降って湧いたような幸運だよ…!

興奮してついテンションが上がって、鏡に流し目なんかして楽しんでしまった。

やばいカッコイイ。


また国王が振り返りそうになったので、慌ててキリッとした表情を取り繕う。怪訝な顔をされてしまった。

ごめんごめん、おとーさん。

その視線で我に返って反省する。



この王子様はもう自分の人生を生きられないんだ。

人の人生を背負う覚悟なんて正直全然できてないんだけど、こうなった以上は、現実を真剣に受け止めて行かなければならない。

で、出来るかな。

不謹慎にも浮ついていた気持ちはなかなか冷めない。

落ち着くために、ふーー…と細く息を吐いた。

ああ、吐息すらなんか香しいって、王子補正どんだけだよ!




その後は用意されていた自室で国王より説明を受けた。

こういうことらしい。

ここはザルツェン連合王国。

5つの小国が合わさって出来た歴史の新しい国で、政治のトップはこのハプゼン国王様。

大して国力の変わらない小さな5カ国が集まった国なのだが、トップに現国王が選ばれたのには理由があった。

ザルツェン小皇国には、ある特殊な魔法陣が受け継がれていたのだった。

これが俺の現状にも深く関係している。




『知識の神ラザロの与えの魔法陣』


何らかの知識を望む者が魔法陣を使用した時、それを知る死者の魂を現世に呼び戻すことができる。

魂には入れ物となる生きた人が必要となる。

ーーー………。





「それで、私が呼ばれたのですか。

国王様の望む知識とは?…お教え頂けますか」



緊張して硬い声で問いかける。

国王は待ってましたと言わんばかりに興奮して、食い気味に答えてきた。




「ふむ、聞いて下さいますかな!

ふんふん!

実はですねぇ。

このザルツェン連合王国は建国したばかりで、貧乏でして、国民にも苦労をかけておりまする。

飢えからくる身体の不調、病気に困らせられている者がとても多い。

その問題を解決して頂きたいのです。

具体的には、食事や医療に使う植物、穀物の管理法についてご教授頂きたいと思っていますな」



「!…それなら、俺が手を貸してあげられるかも」



「まことですか!」




あ、やべ。

つい俺って出ちゃった。

ギラギラと期待に満ちた目でこちらを凝視してくる国王様。

切羽詰まってるのは十分に伝わったから、その恐ろしい目はやめてくれ。




「こうして呼ばれたからには、私がこの国で手伝えることがあるって事なんですよね…?

魔法陣の効果では"必要な知識を知る者"が召喚される訳ですし。

私は生前はバイオテクノロジーの研究をしていました。

現場の植物を見てからでないと確実な事はまだ言えませんが……この知識は何らかのお役に立てるでしょう。

知る全てをお教え致します」



「実に心強いですな!

ありがとうございますユークィト殿!

…して、バイオテクノロジーとは何でしょうな?」



「えー、そうですね。

言うなれば、科学的な視点から生物の持つ能力や性質をさぐり、それを発展させる技術の事です。

……魔法という物があるこの世界には、バイオテクノロジーという言葉は無かったのでしょうか。

地球では一般的なのですが」



「チキュウ」





カマをかけてみた。

国王様がポカンとした顔をしているけど、可愛くないげふん。

まあ、この反応を見ているとおそらく…確定だよなぁ。

ここって俺から見て異世界なんじゃない?

だって魔法とか言ってるし、実際に俺召喚されたみたいだし。




ためしに地球についていろいろと伝えてみた後、たぶん異世界人の魂だと思うと告げるとたいそう驚かれた。

前例が無いらしい。

卵氏の口があんぐりと開いてしまい、無いはずのアゴの幻覚が見えた程だ。


地球には魔法が無い事、マナーなどの基礎を何も知らないのでこの世界の全てを学びたい事などを言うと、王族学校への入学を勧められた。

王子として必要な全てが学べるらしい。

もちろん地理や歴史といった基礎の部分もだ。

すぐに申し込みをしてもらった。

学校在学期間は、15歳になってから20歳までの5年間。

優秀さによって飛び級制度がある。

大陸から少し離れた島国に校舎と寮があるそうだ。

若返っての再びの学生生活、正直ちょっと楽しみだった。




そうして15歳になるまでの間は、日々の全てを植物研究に費やすことになる。

土壌の改良から取り組み、肥料の調整、害虫被害や病気の改善、どの植物がどの地方に向いているのかの検証…

やることは死ぬほどあった。

まあでもそんな今に不満は無かったし、日本の大学でしたかった研究テーマだったからのめり込んだ。

人命が関わっているとなればなおさら真剣にもなる。

時には王子らしからぬ泥臭い格好で現場に泊まり込んだ事もあった。


1年後からすぐに成果が出始めて、作物が豊かに実ったと喜ばれたのがとても嬉しかった。

時を重ねるごとに、ザルツェンの緑は豊かになっていく。

…………。




もともと繊細だったのであろう王子の体は、時にズキズキとした痛みで疲労を訴えて来ていた。

まあ、働きすぎだ。

身体の持ち主だった王子に申し訳なく思いながらも、痛みを治療魔法でごまかして無理やりベッドに潜り込む。

ふかふかの布団にくるまれているとすぐに意識が落ちて、翌朝には元気になっていた。

また研究ノートを片手に、早朝から農園に向かうそんな日々。



毎日同じ夢をみる。

そこでの俺はまた魂だけの姿になって、優しい歌に包まれていた。

ひたすらこの世界に幸あれとそれだけを繰り返す、切なくなるような幼い声音。

ぼんやりと心地よさに包まれたままの寝起きの頭で問う。

ーーー…君は、俺が取って代わってしまった『ラザリオン』なのかな。


いつも、返事はない。





15歳になった当日の朝もまた、彼の歌声で目が覚めた。

寝ぼけ眼をこすり、鏡に向かって「おはよう」と語りかける。

いつのまにかこれが習慣になっていた。

今こうして自分が生きていられるのも、この身体があればこその話なのだから。。

会話をした事もないが、ラザリオンという一人の人の存在を忘れたく無いと思っていた。

助けてと言ったあの声に必ず応えてみせるよ。

鏡の中の彼に笑いかける。

目の下には隈が出来ていたが、頑張っている証なのだと自分に言い聞かせて毎日死ぬ気で努力した。




王宮を旅立つ日。

腰まで伸びた長い髪をリボンで一つにくくる。

真新しい学生服をカッチリと完璧に着込んで、教本を空間拡張カバンに放り込んだ。

こうして魔道具を作るのも自分に期待されている仕事の一つである。

白いレースのヴェールを被り、ザルツェン王宮の門を騎士達と共に通り抜けていく。





船旅の末たどり着いた王族学校は、もう見た目はそのまんま城だ。

贅沢極まりない!

ロイヤルクオリティまじ凄いなぁ。

この広い建物に数十人の学生しかいないなんて、正気の沙汰とは思えないぜ王族さんよー。



とんがり屋根の白亜の校舎には様々な国の国旗がはためいていた。

城の優美な外観は、美の国として名高いヴィレアの王宮を参考に作られているらしい。

乙女か!とツッコミたくなるような、花やら蔦のモチーフがそこかしこに彫刻されている。

強力な結界で島全体が守られているからか、目に見える風景には、太陽の光にたまに虹色の輝きが混ざっていて目にも美しかった。

眩しさにパチリと瞬きする。




しばらくそのまま棒立ちになっていると、ふと、近くに誰かがいる事に気付く。

護衛もつけずに一人きり。

全体的にやたら色素の薄い人物で、姿勢よく背筋を伸ばして立っていた。


彼は自分と同じく、虹色の幻想的な光景に見とれているようだ。

その口からは、ほうっと甘い感嘆のため息が漏れている。

同級生かな…?

声をかけようか、少し躊躇う。



向こうの方が俺の存在に気づいたようだった。

えらく上品なゆっくりとした動作で目の前まで歩いてきて、右手を差し出してくる。

美しすぎる手の造形を見て、ぎょっとして思わず硬直してしまった。

あ、やべ、失礼すぎだな。

この世界に来てからやたらブサイクな王族ばかりを見てきたせいで、美しい王子という存在に驚きを隠せなかったのだ。

自分は除くが。



一瞬動きの止まった俺を見て、彼はちょっと困ったように小首を傾げる。

ヴェールが風に揺れて、ほんのわずかにそのとんでもない美貌をさらした。

…正直、思考停止したよ。

ラザリオンの見た目もたいがい衝撃的だったが、こいつの美しさは完璧すぎて恐ろしい程だった。


きゅっと引き結ばれていた桜色の唇がほどけて、えもいわれぬ美声がそこから飛び出す。

控えめな笑顔が自分に向けられた。





「えーと……

初めまして。貴方も新入生ですよね?

私はヴィレア王国第四席、ネルシェリアス・ヴィー・レアンスといいます。

よろしくお願いします。

これからの学生生活が、お互いにとって良い経験になるといいですね」




今でも鮮やかに思い出せる、それが俺とネルとの初めての出会いだった。





国王、魔法陣についてざっくりとしか説明しておりません。



読んで下さってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ