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美しさの価値観


ユキとレイズが扉を開けて部屋に入ると、椅子に縛られている哀れな女神の姿が目に飛び込んでくる。

彼女は差し込んだ光が眩しかったのか、小さな目を細めていた。

涙は止まっているようだ。

ホッとするも、こちらを見つめてくる視線の強さにユキは自分でも驚くほどイライラした。

レイズは単純に彼女が泣き止んでいたことに喜んでいる。



部屋には余計な物は何も置かれておらず、そのせいかやたら広く見えた。

カツカツと靴音を鳴らしながら、部屋の奥に向かってユキは歩いていく。

カグァム嬢は真横を通り過ぎていく彼を怪訝な表情で見ていたが、レイズに椅子ごと担ぎ上げられると「ひゃあ!」と可愛らしい悲鳴を上げた。

そのまま危なげなく、レイズは自らも部屋の奥へと歩いていく。

主の隣に並ぶと、ノーパソ型魔道具をカチャカチャと操作していた彼は地下への入り口を作り上げた。

背筋を凍らせるカグァム嬢に、「ごめんねー」と2人ともが申し訳なさそうに言ってゆっくり階段を降りていく。




地下は6畳半程度のささやかな広さの部屋になっていた。

もはや光の一筋たりとも入り込まない真っ暗な空間にカグァム嬢は再び恐怖心を煽られたが、ぼんやり浮かび上がるユキの白い顔をキッと睨みつける。

「…やっぱり気に食わないかも」と消えそうな程小さな呟きが聞こえた。

パシンとレイズに二の腕をはたかれたユキは「うっ」とくぐもった声をあげる。

また、カチャカチャとノーパソを操作し始めた。



部屋はどんどんと明るくなっていき、天井には青空が映し出される。

壁などまるで存在しないかのような遠近感のある風景が目の前いっぱいに広がり、一面のピンク色に思わずほうっと息を吐いた。

ーーー…桜並木。




ぽっかり口を開けて桜を眺めているカグァム嬢の拘束紐を、2人は音もなく解いた。

即座に両隣に座り込む。


ハッとしたカグァム嬢がしまったと言いたげに唇を噛みしめるが、もう遅いようだ。

これで拘束されていなくとも逃げられないだろう。

地上への扉はもうとっくに閉められている。




「……この方が落ち着いて話聞く気になるっしょ?

いやー、やっぱり綺麗だよねぇ。

日本といえば桜だよ、桜!」



「うんうん、あたしもこの花好きだな。

可愛いピンクでとっても綺麗っ!

えへへ、まるでレイカさんみたいな素敵な花だね?ねっ」



「……り、理解できません。

…それより、お話の続きですか?」



「うん。

さっきはさー、まだまだ話の途中だったからね?

日本に帰せるよーって言ってあげてるのに納得して無いんでしょ。レイカさん!

だったら、お互いに意見交換をしようと思ってね」



「! お願いします!」



「はは、気合い十分だねぇ」




軽やかに笑ってみせたユキ。

レイカさん綺麗発言を華麗にスルーされて凹むレイズの頭を、ぽんぽんと撫でてやっている。

その表情はよく見ると感情が抜け落ちているかのように不安定なものだったが、パチリと瞬きをした瞬間にはいつもの明るい顔に戻っていた。


カグァム嬢はそんな彼の変化には気づかなかったようだ。

逃がしてくれるよう説得しなければ、と、思考はそれで埋められている。

…………。




ユキはキザったらしい仕草でカグァム嬢の手を取った。

目をゆっくり半月の形に歪めて、その薄い唇から甘い声を紡ぎ出した。




カガミ 麗華レイカさんはさぁ、とーーっても美しい女性だよね!

目も眩むようなとんでもない美貌に、愛らしい仕草、聖女みたいな優しい心。

こんな素晴らしい人は今まで見たことが無い!

まるで、麗しの女神様そのもののようだ…!」



「ーーー…。はっ?」





突然の賛美に、カグァム嬢が呆けたようなおマヌケな表情になった。


レイズの拳がセクハラ野郎の二の腕めがけてうなる。

予想していたのかユキはそれをノーパソ型魔道具で弾く。


ガイィィン!と硬質な音が部屋中に響きわたった。

攻撃は防げたものの手首を痛めたのか、彼は冷や汗を滲ませながら手をさすっている。



「…セクハラすんなって言っただろこんのバカ主ィーーッ!!

日本人の美的感覚はこの世界とは違うなんて言っておいてぇ、さては聖女さまに魅了されてやがったな!?

ムッツリ変態野郎めー!」



「ふっざけんなよコラぁ!?

こう言ってやるのが一番分かりやすくて、手っ取り早いんだよッ!

同郷の俺に言われるからこそ言葉に説得力があんだろ?

怪力チビキツネッ!!」



「…あのーー…?」



「しね!」


「ヤダね!末長くしぶとく生き抜くッ!」


「ころすうぅぅぅ」




…わけが分からないよー。

誰か冷静な説明係さんを呼んできて下さい困ります。

カグァム嬢はこのカオスな現状に、一人で頭を悩ませるハメになった。


えええ……

なんでこの人まで、私に美しいだの愛らしいだのって言葉を言ってきたの?

さっきブスってド直球に罵られたばっかりなんですけど。

この顔面で美しいなんて言われちゃったなら、世界中の一般人~美形さんを敵にまわす自信がありますよ。

カフェでのネル様のトチ狂った発言といい、本当に、皆さんなんなんですか…?



遠い目をしたカグァム嬢は、過激にじゃれあう誘拐犯2人組を生ぬるく見ていた。

レイズは視線に気づくとパッと頬を赤く染め、とててと彼女に走り寄って行く。

ユキは拳を受けるつもりでノーパソを前に突き出していたため「うおっ!?」と悲鳴をあげすっ転びかけた。

…女性陣にはスルーされたようだ。




「ご、ごめんレイカさん。

別に、さっきのユキの言葉を否定したくて騒いでた訳じゃないんだよ。

貴方はとっても美しい女神様だよぉ!

この世界で貴方より美しい人なんてきっといないもんっ」



「………!?

ご、ごめんなさい。やっぱり意味が分からないよ?」



「えぇーーーっ!

…やっぱアンタの言動で余計混乱させちゃってるじゃんか、主のバカァーー!」



「レイズうっせぇし!ちょっと黙ってて!

えっとね、レイカさん?

今から言うことは嘘じゃないからちゃんと真剣に聞いててね。


つまる所さぁ、この世界では人の容姿に対する美的感覚が俺らとは真逆なの。

さっき俺が言ったみたいに、周りから何度も美しいだのなんだの言われてたでしょ?

アレ、彼らは本気なんだよね。

ティラーシュでは小柄で太っちょで、色黒で、顔のパーツが不均等なブスちゃんほど美しいとされてんの。

だから貴方はこの世界の人たちにとって絶世の美女だってワケ!


逆にネルや俺みたいな長身スリムで端正な顔立ちの人間は、こっちではブサイクって言われるね。

こういうことなんだけど、アンダスタン?」



「ノー・アンダスタン…!!

理解できません、私はやっぱり自分の顔がブスにしか見えませんよ!?」



「だよねーー、俺もそう思うわぁ」




うんうん、と頷きあう日本人勢。

頷いた後、カグァム嬢はどんよりと落ち込んでしまったが。


レイズはそれを複雑そうな顔で見ていた。

以前から主は「地球的には俺ちょーカッコいいから!」と言っていたのだが…

ブス専ナルシストかと思ってたげふん!

ここでのカグァム嬢の反応を見て初めて、その発言が真実だったのだと理解した。


…だが感情は追いつかない。聖女様がブスなんてやっぱりありえないと思う。

今改めて見ても、目の前にいるのはまるで輝かんばかりの超絶美女なのだから。



きゅっ、とカグァム嬢のスカートの裾を軽く握りしめた。

小首を傾げてこちらを見てくるその美しい造りの顔に、クラクラする。





「……自分の事がブスに見えちゃってるって事はさ。

レイカさんから見てその、私なんかの事は……かっ、可愛く見えてたりするの…?」




顔が真っ赤になっているのを自覚しているのか、恥ずかしそうに上目遣いで尋ねるレイズ。

地球的価値観を持っているカグァム嬢とユキには、そんな様子が超可愛く見えてしかたない。

ゆっるゆるの表情で優しく彼女に語りかける。

カグァム嬢からしたら相手は恐ろしい誘拐犯の筈なのだが……あまりの可愛さに警戒心がもたないようである。

幼女つよぃ!




「…もちろんですよぅー!

ふわふわツヤツヤの髪も、白くて透き通るような肌も、大きくて綺麗な目も小さな鼻と口も……全部とっても可愛いよ?

日本だったらウルトラスーパーアイドルです。

萌え萌え、です!」



「うんうん見た目はすっごく良いんだよなお前、見た目はな!

最上級だぜ?

あとは乱暴な口調と行動を直すと、もう地球中の紳士淑女がお前にメロメロになるぞー?

だからほら改善し……殴るなって!?」



「ううううううあうぅ…!」


「照れ殴りかよ!?ひどいとばっちりだ!」




…放っておくとすぐに2人はじゃれ始めてしまう。

あまりに話が進まないので、カグァム嬢は仲裁に入ることにした。


レイズを落ち着かせてから自分の膝の上に座らせる。

彼女は耳と尻尾をピコピコさせながら赤い頬を両手で抑えて、嬉しそうにしていた。

ユキが死んだ魚のような目でそれを眺めている。




「…本当に美人扱いってズルいよね。

ねぇ、麗華さんはこの世界に贔屓されすぎなんじゃない?」



「うーん…どうなんでしょう。

でも、この世界に来てから辛い思いをしたのは今回が初めてくらいかもしれません。

皆、優しかったもの…。

あっ、黒の手紙を貰っちゃったのはちょっと怖かったかな」



「オッケー。

じゃ、その事についても教えてあげようね。

しばらく俺の一人語りを聞いててくれると助かるなぁーっと、おっと」



「!?ええええッ……むぐ!」




驚き目を見開いて、黒の手紙をどうして知っているのか問い詰めようとした彼女の口元を、ユキの手のひらが覆った。

次いで人差し指を立てて、しーーっ!と自分の唇にその指を当てる。



このタイミングで彼女に質問させる気は無いようだ。

美的感覚についてももっと掘り下げて聞きたかったのだが…

不満げに眉を寄せるカグァム嬢に、ユキは相変わらずの人をくったような笑顔で笑いかけた。




「…ホラ、一から順番に説明して欲しいでしょ?

質問ばっかされてたら、またなかなか話が進まないよー。

時間はどんどん進んでるんだからね?」




俺らは別にそれでも構わないけど?

小さく囁く。



無理やりなんとか自分を納得させたカグァム嬢が、ようやく首を縦に振った。

ユキは満足そうな表情で頷く。

彼女の口元から手のひらを離して、いい子いい子!と頭を撫でてやった。

カグァム嬢の顔が引きつる。

彼からしたら、これらの行動はネル王子への当てつけなのだが…

予想外に咎めるような視線を投げかけられたのは、ちょっと面白く感じた。


俺、彼女から見たらとんでもない美形に見える筈なんだけどなぁ?

照れられもしないって事は、やっぱりネルの事で頭がいっぱいなのかね。

純愛だねぇーー…




思わず、ニヤリ、と口元が歪むのが分かる。

ビクゥ!とカグァム嬢が肩を跳ねさせたのでちょっと悪いことをした気持ちになった。まあ悪人なんだけどね。

反応のイイ子だよねー。

ついつい、嫌がらせがしたくなる。



電車で寝入ってしまう時のように彼女の柔らかな肩に頭を預け、ダラリと全身の力を抜いた。

予想もしていなかった行動にカグァム嬢はぎょっとした表情でまた肩を跳ねさせる。

結果としては、ユキの黒い心を楽しませるだけになってしまった。

クスクスと笑う。



視界の端ではレイズが顔を鬼のようにしていたけど、無視無視!

あいつ、今はレイカさんの腕で抱え込まれているから大人しいもん。

今のうちだねー。



黒髪から香る青薔薇の香りがふと楽しかった学生時代のことを鮮やかに思い出させて、少しだけ泣きたくなった。

ごまかすように鼻を軽く鳴らして、低めの声で語り始める。





「そうだねー。

まずは、俺が召喚された時の事から話そうかな」









あれっこんなにセクハラさせるつもりは…

雪人さん自重して下さい、フラグですよ!




読んでくださってありがとうございました!

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