捜索
ヴィレア王都はいつになくざわついた空気に包まれていた。
早朝からデートに来ていたヴィレア第四王子殿下の結びの婚約者が、何者かに誘拐されてしまったのだ。
デートはお忍びではなく多くの都民が知っており、その誘拐の事実も瞬く間に王都中に広まった。
とにかく美しく、王子殿下と仲睦まじい様子を見せていた幸せ真っ盛りの婚約者。
そんな彼女をデート中に誘拐するなど、犯人は全くもって無粋極まりないのである!
許すまじ!
…ヴィレア王国民の怒りのポイントはちょっとズレていた。恋狂いと言われる国民性ゆえだろうか。
もちろん、誘拐された事実そのものにも怒ってはいるのだが、一番に頭に来たのは「デート中のラブラブカップルの仲を引き裂こうとは外道め!」これであった。
あらゆる人が、かの王子殿下に協力する姿勢を見せていた。
「王子様ぁ!
こっちから先は俺たちが今捜索に当たりましたが、怪しい人物はおりませんでしたぜ!
そっちの路地の捜索がまだです」
「…ありがとう!
キツネ獣人の子供と小柄な美人のペアだから、もし見かけたら大声で叫んで教えて下さい!」
「了解しやした!」
「あっ、王子様ーー!
そのキツネ獣人の女の子なんだけどねぇ、つい最近見かけるようになったばっかりなのよぉ。
住居はきちんとは知らないけど、平民住宅街のすみの方にいつも帰って行くわぁ」
「!
ご協力、感謝します!」
有益な情報は数少ない。
キツネ獣人はカグァム嬢を攫ってすぐに姿そのものを消してしまったので、どの方角に向かったかも分かっていない。
目撃者はいないものと考えて良いだろう。
都民は協力して路地捜索に当たってくれているが、姿が透明なら居ても気づかない可能性が高い。
獣人の魔力が切れた瞬間が勝負か…ーーー
ルクスに聞いた情報では、あのキツネ獣人の少女は「レイズ」という名前。
あまり他人と関わるのが得意ではなく、人見知りで、幻術魔法が得意。
教会の獣人子供教室には3日ほど前から参加し出したばかりだという。
教室は獣人の子供なら誰でも参加して良く、個人情報は明確に調べられていない。
これは獣人には様々なツラい過去・事情を持った者が多いため、感情面に配慮しての事なのだが、今回はアダとなったようだ。
参加したばかりの「レイズ」の情報はわずかすぎる。
ただ、分かっているのは…
「……ハゼーシャ平原カロラス地方。ザルツェンの片田舎出身、か」
苦々しく顔を歪める。
ルクス・テトラ兄妹は耳が良い。
そして羊獣人は洋裁ネットワークを築く中で地方の者と接する機会が多く、他人の出身地が分かるのだ。
「レイズ」の発音する言葉のわずかなクセを見抜いていた。
彼女の出身地。
そこはザルツェンの統治範囲内で、獣人たちが虐げられていると噂される土地でもあった。
…………。
今はしらみ潰しにカグァム嬢の捜索に当たるしか無い。
足早に平民住宅街の方へ向かおうとしたところで、彼にまた新しく声がかけられた。
「王子殿下!」
アマリエ、ミッチェラ、ストラス、リーガの王宮色濃い個性4人衆である。
皆、王子に負けないくらい瞳をギラギラさせている。
「アマリエ!
誘拐騒ぎを聞きつけて来てくれたのですか?
…いや、それとも王宮で何かありましたか!」
「察しがよろしいようで助かりますわ、王子殿下!
そのどちらもです。
悪い知らせばかりになってしまい申し訳ございません…
ひとまず報告させて下さいませ」
「分かりました。走りながらでも?」
「結構ですわ!」
言うが早いが、王子は駆け出した。4人は後に続く。
騎士はもちろんだが、侍女2人も身体強化魔法を使っており王子のスピードに遅れることなく走っている。
ロングスカートをさばき倒し恐ろしい速さを出していた。
大通りの角を曲がり、細い路地裏に入って行く。
会話を人に聞かれないよう、ミッチェラが防音魔法で自分たちの周囲を囲った。
「王宮に潜んでいた賊の一人は逃亡しました。
去る際に姿を見せ、ラザリオン・ガゥム・ラグラーツェンと名乗り」
「ラザリオンッ!?」
王子がぎょっと目を見開いて思わずスピードを落とす。
スパンとアマリエのチョップが頭に落ち、悶えながらもなんとかまた速度を上げる。
「~~~ッ失礼しました、続けて!」
「はい。
見た目は長身のヒト族の男性、黒紫の髪に黒の貴族服、人をくったような口調で話すこんちくしょうでしたわ。
ミッチェラの拘束をゲル状化ですり抜け、私が弓で追撃するも僅差で逃げられてしまいました。
…腕には弓のケガがあるはずです。
あと…王宮内の様子ですね。
不可解なことに、リィカ様に黒の手紙を送りつけ監視されていた使用人たちが、みな一様に昏睡状態に陥りました。
監視対象外でも数名、昏睡状態の者が見られます。
賊がこれに関わっている可能性はとても大きいと言えましょうね。
ストラス」
「はーい!
えっと、王宮内では最近ずーっとメイプルみたいな匂いが充満していたんだけれど、昏睡した使用人たちがその匂いの元だったみたいなんです。
メイプル、惚れ薬の匂いなんですよねー?
で。
王宮の人みんなはもれなく匂い移りしててメイプル臭かったんだけど、その賊だけはびっくりするくらい無臭だったんだよね。
これ、関係あるかなーって」
「なるほど…」
聞けば聞くほど頭が痛くなるような話だ。
何通りの憶測ができるのやら。
王子は醜い顔をこれでもかと歪め、眉を寄せた。
今回のこの誘拐は、惚れ薬騒動と繋がっていたのだろうか。
黒の手紙は、兄上とリィカをくっつけるための物では無かったのか?どうして誘拐にまで発展する?
そもそも別組織による犯行なのか。
ザルツェンは……ラザリオンは、本当に誘拐に関わっているのだろうか?
いろんな可能性が頭の中で飛び交い、そのどれもが王子の心にドロッとした黒いシミを作っていく。
足を素早く回転させながらも、思考のスピードを上げた。
もし、ラザリオンが本気でリィカを隠したのだとしたら。
………もう彼女が見つからない可能性が、グンと跳ね上がる。
ゾッとするような冷たい汗が額ににじむのがわかった。
ヤツは恐ろしく優秀な男なのだ。
かといって、こんな誘拐などに身を落とすような人物では無かった筈だが。
「……ラザリオン本人が関わっているのだとしたら、リィカ奪還にはそうとうな苦戦を強いられる事になるでしょう。
彼が、私の王族学校時代の学友だったことは知っていますね?
アマリエ」
「ええ……。
貴方から何度もお聞き致しましたからね。
確か、恐ろしく頭のキレる、将来有望な魔法師なのだとか?」
「そのとおりです。
ラザリオン……ラズは、一を知れば百を導き出すようなとんでもなく規格外な男でした。
一度読んだ本の内容は一字一句間違えず記憶し、それを応用する器用ささえあわせ持っている。
魔法もオリジナリティに溢れた物をしょっちゅう作り出してみせては周囲を驚かしていましたよ。
一人で一国をどうにかしてしまえるような人物でした。
見方によっては危険人物ですね…?
でも、彼は野心家ではなかった。
王子として、国を発展させて人々の役に立ちたいのだと、そればかり言っているような優しい奴でしたよ。
よく笑ってよく泣いて…見た目はまあ私と一括りにされてしまうくらい不細工でしたが、それでも好青年に見えるほど明るかった。
こんな誘拐事件に手を貸すような人間では無かったのですがね」
「…………。」
「まあそれでも、犯人である可能性は大です。
今は、疑える物は何だって疑いますから、そこは心配しないで。情にはほだされません。
………。
とりあえず私が言えることは、けして油断していい相手ではないということですね。
今更ですけど。
相手は脅威です、危険認識度を更に上げて下さい。
彼はザルツェン連合王国の王子でもありますから、ね。
ーーー目の前でみすみす愛しい人を攫われてしまった私に言えるセリフでは無いかもしれませんけど」
…そう言うと王子は暗い表情を浮かべて、ギッと遠くの市民住宅街を睨みつけた。
そうとうイライラしている様子だ。自分が許せないのであろう、泣き虫なはずの彼はここでは泣かなかった。
張り詰めた空気が、痛々しい。
後ろに続く部下たちも辛そうに王子を見やる。
別の影から聞いて、今回の誘拐に王子の非が無い事は十分に分かっているのだ。
あの大規模な火事場で人命救助をしている最中に幻術を駆使されたのでは、誘拐を防ぐ事は難しかっただろう。
落ち込む王子になんと声をかけたらいいのか、誰もが口ごもってしまい顔を見合わせた。
しばらく、沈黙が空間を支配する。
…王子は最後の一言を言ってリミッターが外れてしまったのか、ブツブツと小声で呟き始めた。
まるで怨嗟の呪文だ。
「ーーー…私がリィカから目を離さなければ助けられた?いやそもそも火事場に連れてなんて行かなければ誘拐されなかったかも、彼女は絶対安全な所に置いていかなくてはいけなかったのに私の大馬鹿野郎め。どうして私の方が安全なこの場にいるんだ。大切なあの人は怖い目にあっているというのに…どうして危険に晒すような真似をしてしまったんだリィカリィカリィカ……ブツブツ…」
「「「「………(うっわー)」」」」
ヤバイ。これ絶対ヤバイやつだ。ひえぇ……
部下は王子を不気味なモノを見るような目で見ている!
嘆きは止まらない
「私みたいなのが麗しの女神を愛してしまったから、トラブル体質が移ってしまったのか?もう申し訳なさすぎて身体八つ裂きにして詫びたい。ああでもそれだとリィカを救い出す事が出来ない、じゃあ救い出してからいっぱい詫びよう懺悔メニューは何がいいかな。私みたいなのに救い出してもらえてリィカは嬉しいかなぁ、嫌われてないかなぁ…兄上みたいなイケメンに助けられた方が嬉しいんじゃ、でも譲りたくない譲る気もない私の心醜すぎるあああリィカリィカリィカリィカリィカリィカリィカリィカリィカぁ!
……ブツブツ「うるっさいのですわアアアァーーッ!!」ああーーっ!?」
飛び膝蹴り!
あまりの湿っぽさと根暗さに短気なミッチェラがキレた。
王子だろうと容赦無く膝をぶち込む。
かわされて、チッと盛大に舌打ちした。
「あっぶなっ!?
走ってる最中に後ろから攻撃してくる従者がいますか…!
『愛守りの結界石』に弾かれますよああリィカリィカブツブツ……」
「ええいしぶとい!キィーーーッ!
ネル王子殿下、いい加減になさいませ。
貴方がそんなんだったらぁ、ええ、リィカ様も救いに来て欲しく無いでしょうよーー!
あんなに貴方にデロッデロに甘いリィカ様が愛を違えるはずが無いでしょう!?
嫌われる心配なんて欠片たりとも無用なのですわぁ!
信じなさい!
さっさと助けに行ってあげたら良いのですっ
いつものポジティブさはどうしたのですか。
不細工なのに青薔薇の香水付けちゃって、メイドにクスクス笑われてても気にしない図太い貴方が、こーんな所で心折れるワケがありませんわぁ!
気合いいれなさーーいッ!!」
「うっわ……」
「もうミッチェラこの馬鹿者め!
メイドの話は王子殿下は知らなかったんですから、言っては駄目でしょう!?」
「…手遅れでは?もう聞こえているでしょう」
「ふん!頑張りやがれですわぁ王子殿下ァーーーーーッ!!」
ミッチェラの口調はもはやチンピラである。
育ちは良いはずなのに、どうしてこうなった。
おそろしいスピードで走りながらも一団はガヤガヤとやかましい。
路地を抜け、人通りの多い通りを走っているため都民のいい注目の的であった。
会話は外に漏れてはいないため、その鬼気迫る雰囲気に憶測が憶測をよんでいたが…
こういうことだ。
(都民)
なんだこの人たちーー!?
段違いに捜索に気合い入ってるぅーーッ!
よく見たら王子様じゃないか、高貴なご身分にも関わらず自ら婚約者を取り返そうとしているのか…!!
すげーな、大通りでの堂々としたキスといいなんて愛情深くて立派なお人なんだーー!
(~終了~)
王子はヴェールを被っていたため、その下のド根暗な表情までもは都民から見えていなかった。
みな尊敬からかキラキラ輝く瞳で、高速移動する一団を見送っている。
醜いと噂の王子様なれど、愛しい婚約者のためにここまで体を張れるだなんて、イイ男じゃないかーー!
俺たちももっと捜索頑張ってやらなくっちゃな!
なんとも都合のいい解釈をしてくれたものである。
王都はさらにざわめきを増した。
さっきまでの悲痛な空気は、今では少しだけ明るいものに変化していた。
愛に生きるヴィレア国民は切り替えの早さに定評がある。
単純とも言う。
王子殿下もより濃いヴィレアの血を引く王族であるので、もちろん切り替えが早い人種だ。
ミッチェラのー喝のなかの「リィカ様は貴方を絶対好きよ!」に目を覚まされたらしい。
ハッとしたように右手小指を握りしめた。
どんより曇っていた空色の瞳はうるうると艶めき、光に照らされた宝石のように輝き始める。
後半のメイドクスクス話は聞き流したらしい。
うん、その方が精神衛生上よろしいだろう。
残りの従者3名は半眼で生ぬるく、そんな単純な王子殿下を見ていた。
「…そう…そうですよね……!
リィカは私の事が世界で一番好きだって、愛し続けるからって言ってくれましたしね!
私が彼女を信じなきゃ、ほんと罰当たりですよね。
よし、早く助け出しましょうかっ!!」
「そのいきですわぁ、王子殿下!!
…しかし世界で一番とは、くぅぅーー羨ましいーーっ!!
貴方本当に幸せ者なんですから!
今度リィカ様の愛情を疑ったりなんかしたら、私がそのお命狩り取らせてもらいますからねー!?」
「上司に向かって殺す宣言はやめなさい。
不敬罪になりますよ?
待ってて下さいねリィカ、愛していますよーーーッ!!」
「きゃあああリィカ様ぁ大好きーーーっ!!」
王子とミッチェラが競うようにして速度を上げ走り去って行った。
アマリエは顔を引きつらせて、彼らについて行くため身体強化魔法を重複させてかける。
騎士たちは自前の筋肉です、ご苦労様です。
「……はあ。
私たちも行きますわよ!
グリド王子たちも王宮から魔法でリィカ様の捜索をしてくれていますし、皆が彼女の帰りを待っているのです。
絶対に取り返しましょうね!」
「「はい!」」
麗しの女神が日本に帰されてしまうのが先か、ヴィレア勢が彼女を救い出すのが先か。
今はまだ、誰にも分からない。
王子様、リィカさんの事となるととたんに不安定!
読んで下さってありがとうございました!




