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神様のしくみ

「……何が目的なんですか?」



「んー、目的って言うか同情心からっていうかさ。

聖女さまは異世界から連れて来られちゃったんだよね。

…この世界は大変だったでしょう?

だからもっと大変な事になる前に、助けてあげなきゃーっていうのが理由かなぁ」



「………?

別に、大変では無かったです。

ヴィレア王国の皆さんはみんな私にとても良くしてくれましたもの。

感謝の気持ちしかないです。

……ネル様の所に返して下さい!」



「わかってもらえないねー。むぅーー」




薄暗くランプの光が揺れる室内で、2人の少女が向かい合っていた。

椅子に縛られている美しい彼女は涙を浮かべながら、キツネ獣人の子供は苦笑して、お互いを見ている。



とんでもない美貌の女性は、先日この世界に召喚されたカグァム・リィカ嬢だ。

ネル王子とのデートの途中で攫われて来てしまったのだった。


乱暴に扱われてはいない。

座らされている椅子はふかふかの一人掛けソファーだし、拘束も柔らかい素材の太紐でおおざっぱに縛られているだけだった。

しかし『何故か魔法が使えない』この場所で、か弱い一般人の彼女は拘束を解けずにいた。

おとなしく椅子に座っているしかない。

…ぎゅっと噛み締められ血の滲んだ唇が、目に痛々しかった。



キツネ獣人の少女は眉尻を下げた。

そんな表情をさせたかったわけではなかったのだ。




「…あたしはレイズ。

苗字は無いんだ。

ねぇ、聖女様のお名前はー?

一応知ってはいるんだけれど、貴方の口から直接聞きたいな?」



「……」



「答えてくれたら、あたし達も貴方の質問に答えるつもり。

きっと知りたい事、みんな綺麗に分かると思うよ」



「!

……うぅ、鏡 麗華、です」



「レイカさんねーー!」




名前を聞けて、パッと表情を輝かせるレイズ。

一方、くやしげに名前を告げたカグァム嬢は目を見開いて硬直し、驚いているようだ。

ーーーこの世界に来て、レイカと正しい発音で名前を呼ばれたの初めてだった。

この子が私の名前を日本の発音で正しく言えているのはどうして…


聞かなければ。

しかしレイズが先に話し始め、質問するタイミングを逃してしまう。




「名前きちんと呼ばれてそんなに驚いてるって事は、やっぱり『日本人』だったんだ!

それでそんなに優しくてお人好しだったのか、納得したー。

ね、ね。

貴方たち日本人の名乗りはこの世界と逆で、カガミが苗字で、レイカがお名前なんでしょう?

合ってる?」



「その通りです……!

レイズちゃん、貴方は日本を知っているのですか!?」



「うん!

主の魂が日本人の物なんだよねー」




ああ、重要な事を聞いたんだと思うけど余計こんがらがった。

ついなんともいえない妙な表情になってしまう。


主の魂って何。

そもそもこの子は日本そのものを知ってるんじゃなくて、その魂とやらの日本人を知ってるの…?




「あ。主からの通信だ」


「!?」


「もうすぐ着くってさー。っとと!」





言うが早いが、部屋唯一の扉がゆっくりと開いた。

暗い室内にわずかな太陽の光が差し込み、中にいた2人は眩しさに目を細める。

誘拐犯の主とやらの姿を見なければと、カグァム嬢は必死に目を凝らしていた。



現れたのは黒を基調とした服に身を包んだ長身の、おそらく男性。

さらりと胸下まで伸びた髪と細身の体が、中性的な雰囲気を醸し出している。

光に目が慣れてくると、恐ろしく暗いの瞳と目が合った。

ヴィレア基準では驚くほど醜い顔立ちをしている。


瞳を半月に歪めて、彼は言った。





「ただいまー、おお、聖女ちゃんいるね。

でかしたレイズー!

聖女ちゃんにおきましては、二度目ましてだね。

うん、精神面はともかく体は外傷もないみたいで、安心した!」



「あたしがそんなヘマするかよ。バカ主」



「……。二度目?

貴方のような綺麗な人、見たら忘れたりしないはずだけど…知りません」




「……この反応待ってたわーーッ!

美醜の価値観おんなじ人にようやく会えて俺、すっごい満足。

カッコ良いよねこの見た目ー!


ふふん、気分良いから自己紹介しよっか。

ラザリオン・ガゥム・ラグラーツェンだよ」



喋りつつも、カツカツと足音を鳴らしてカグァム嬢に近付いて行く、ラザリオン。

イイ笑顔だ。

くいっと、怪訝な顔をしている彼女の顎を持ち上げ、ごく至近距離で小首をかしげた。




「ラズって呼んで。

…それかこっちの方が親しみやすいかな?


真辺マナベ 雪人ユキヒト』それが俺の日本人としての名前なんだなー。

中の人ってやつだけど。

同郷のよしみで、特別に教えてあげました!

こっちの、ユキで呼んでくれてもいいよ」




ちゅっ、と軽い音を立てて、彼女の頬にキスが落とされた。







そしてユキはレイズにぶっ飛ばされた。





部屋の床をざざざっと滑って行くユキとやら。

獣人の力は強く、成人男性をぶっ飛ばすくらいワケないのだった。

カグァム嬢は理解が追いついていない様子。

素早すぎる展開と予想外の話の内容に、目が点になっていた。

レイズの方が顔を真っ赤にしてしまっている。

ユキを睨みつけた。



「…バカバカこのセクハラバカ主ーーー!

レイカ様にキスしちゃうだなんて、何考えてんのぉ!?

許さないよ!」



「えー。

ちょっとした挨拶なだけだってばッ…

ていうか、痛いよ!?」



「今度セクハラしたら殺スからね」



「主なのに部下に亡き者にされるの俺!?

何その下克上!

ねぇレイカさん…貴方、なんか狂愛信者育成フェロモンでも出してるの?

尋常じゃないくらい魅了されてるヤツが多すぎるんだけどッ!」




上体を起こし、痛そうに頭を押さえるユキ。

バッと視線をカグァム嬢の方へと向けるとビク!と肩を揺らされてしまった。

そりゃそうだ。

「あちゃー」と呟き、ペロリと舌を出す。




「…うん、まあ、とりあえず現状を説明でもしますかね。

順を追って色々教えてあげるからー、大人しくして聞いててね?

貴方、この世界の事まだなんにも知らないっしょ」



軽い口調で言う。


カグァム嬢は羞恥心からか少しだけ頬を赤くして、苦々しげに頷いた。

あれやこれやと質問したい事はあるのだが、向こうが話してくれるというのだ。

それなら先に全て言ってもらった方が、改めて聞きたい事も見つけやすいだろう。


喋り出す様子のない彼女を見て、ユキは満足そうに頷く。




「懸命な判断してくれてホント助かるわー。

こっちの世界ってば、話を聞く前に攻撃してくる奴らがやたら多くて疲れちゃうんだよ!


そうだなー。

一般常識と、貴方がこの世界に来ることになった神様の魔法陣の事から教えてあげよっか!」



ユキとレイズは簡易イスをカグァム嬢の隣にそれぞれ持ってきて、そこにトスンと腰掛ける。

そして、彼がゆっくりと語り始めた。





****************




ここは異世界『ティラーシュ』。

これは地球アースにあたるような名称だ。



大陸は大きいものが一つのみ、日本と同じで四季がある。

大陸の周辺には小さな島国が沢山存在していて、あまりの数に認識されていない島もあるようだ。


言語は統一されている。


現在のこの世界ではヴィレア王国が大陸一の国力をもち、魔法技術も群を抜いて発展している。

文化の発信はいつもここからである。

国力対抗するため、周辺にはザルツェン連合王国のようにいくつかの国が合わさって出来た連合国が多く、そこは少しばかり治安が悪い。




『ティラーシュ』の世界には、神というものが実在している。

神は力の強い者から弱い者までたくさんいて、上位神のみが名を持ち、人に魔法陣を授けていく。




神は『生まれる』ものだ。

それはこの世界最大の特徴と言っていいだろう。


理性ある生き物が強い願い・意思を持つ事で、まず『下級神』が生まれ、それに生み出した者自身の『魔力の器』を捧げることで神は出来上がるのだ。

捧げた器が大きいほど、最初から強い神が出来上がる。

魔力の低いものに作られた下級神は人に認識されることなく精霊となってこの世界ではかなく短いせいを生きている。

感情豊かな人族は、無意識にもより多くの神の生みの親となっていた。




例えば、こんな神話がある。


ある所に貧しい薬師見習いの娘がいた。

彼女の母は病気がちで、もはや昔に失われた万能薬のレシピでも無ければ回復しないだろう程に弱っていた。

生気の感じられない母を前に、頭垂れた娘は強く強く願う。

ーーー「ああ、母を助けられるだけの知識がこの私にあったなら!」


すると頭の中に声が響く。


ーーー『その願い、神たる我が受け取ろう。お前は対価にどれだけの器を捧げる事ができるのか?』



娘は驚いたが、躊躇うことなく言い切る。

「私が生きて、将来に母を看取れるだけの器が残れば、あとは全部貴方に捧げます」

『承知した』

娘の見事な濃い金茶の髪はわずかな色彩のみ残し、白金色プラチナブロンドへと変わり果てた。

人の魔力の器そのものを吸って、新たな神がこの世界に生まれたのだ。

娘の望んだ『知識の神』


その神の与えた魔法陣からは、大戦前の高名な薬師の魂が現れた。

魂は娘に憑依し、精神に語りかけありとあらゆる薬のレシピを教えこみ、一週間後に現世を去る。

その後の娘と母親は、生涯、病に悩まない幸せな人生を過ごしたのだという。

…………。





神の魔法陣は、その神が存在する限りはずっと使用できる便利な物だ。

効力は一度につき1週間、強力な召喚を行うことができる。

召喚する者とされる者、両方の願うことが一致することが条件。

2人の魔力の合計値が高いほど、一週間の間は2人ともに強力な神の加護を授かる。



神がこうして人に魔法陣を与えるのには理由がある。

彼らとて『生まれてくる』ならいつかは『消滅する』のだ。

多くの者に崇められるほど、存在を認知され魔力を捧げられるほどに神の生命力は強くなる。

そして寿命が伸び、上位神となるのだった。

国に神の魔法陣が置かれているのも、神本人がそう望んだからなのだ。





****************





「ーーー愛と美の女神アラネシェラは、相当上位の神様だと思うよ。

こうしてヴィレア王国の主神となって、大陸中に知られているんだからね。

きっと魔法陣使用中のレイカさん達にも、彼女の強い愛の加護がかかってると思う。

レイカさん魔力多いんでしょ?

貴方が加護を受けると、女神様の生命力に還元されるからね。

もしかしたらー、それでネルみたいな美形と、両想いになれているのかも?」




ひとまずの説明を終えたユキは、真顔でじっとカグァム嬢の様子をうかがった。

最後の一言がめちゃめちゃに効いたのだろうか…

彼女の顔色はとても悪い。



これはちょっと可哀想すぎたかな?

でも…暗い感情に引きずられて回りだした口は止まらない。

ニヤリ、と顔が歪むのが分かって、あわてて笑顔を取り繕った。


カグァム嬢が絞り出すように、震える声で呟く。




「……私たち、愛し合ってて、両想いなんだねって何度も確認してるもの…

なのに貴方は、この幸せな時は女神様のご慈悲が見せてくれる夢だったとでも言うの…?

そんなはず、無い。

きっと、無いっ……!

ネルはいつだって綺麗に微笑みかけてくれる優しい人で、私を幸せにしてくれる旦那さまで…」



「貴方みたいなブスな女の子が、超絶美形な王子様に本気で惚れられてるだなんて、本当に思っていたの?」



「………!!!」



「…まあ、魔法陣の効果のあるうちはそうなのかもしれないけどね。

一週間後になっちゃったら、どうなるんだろうね?」




…レイズが心配そうな顔でカグァム嬢を見つめていた。

彼女は真っ青で、恐怖心からかその小さな体をぎゅっと自分で抱きしめ、目からボロボロと涙をこぼしかけている。

攫われよく分からない場所で拘束され、美しい容姿の男にはコンプレックスを土足でガスガス踏みにじられて、もはや心がどうにかなってしまいそうだった。


この張りつめた空間で唯一、ユキだけが異常なまでにおだやかな表情をしている。

瞳は黒くよどんでいた。

優しく優しく、カグァム嬢の耳元で囁く。

今回の誘拐の目的はね、貴方のためでもあるんだよ?




「貴方が傷ついて壊れてしまわないうちに、俺たちが日本に返してあげるからね」




読んでくださってありがとうございました。

すっごい難産でした…

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