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その頃、王宮では

時は少しさかのぼる。



王子とカグァム嬢が王都デートへ出掛けた後の、ヴィレア王宮。

そこはいつになく、ピリピリした殺気溢れる場所となっていた。

昨夜ヴィレアに侵入した賊2人が、まだ捕まっていないのだ。

姿を消した賊に翻弄されるわ、ストラス騎士は捕縛より攻撃を優先させるわで、影の者たちの堪忍袋はもはや爆発しそうになっていた。



賊の侵入をおおやけにしてはマズイため、その情報を知っているのは影の者とごく一部の上位貴族のみだ。

他国の客人などには違和感をもたれないよう徹底され、朝から影の数名はメイド・執事として通常業務に戻っている。

…だが、今日は彼らの身体のキレがやたら良い。

シュバッ!シュバッ!と綺麗に90度で一礼されるので、礼された者たちは顔を引きつらせるしかなかった。

さいわい、「き、気合い入ってるね?」とポジティブに受け取ってもらえているようで一安心だが、忍ぶ使用人としては失格である。



アマリエさんこちらです。

貴方の部下がまたも暴走しているようです。

まあアマリエ侍女長も殺気を垂れ流したまま賊を探している最中なんですけどね!

絶対シバき倒してみせるそうです。





こちらも賊を追っている、見習い侍女ミッチェラとストラス騎士。

彼女らは自然に見えるよう気をつけながら、廊下を足早に歩いていた。

足取りはさすがのヴィレア王宮使用人らしく優雅なものだが、視線は鋭くあたりの様子を伺っている。

影として新人なミッチェラの目は、殺気を抑えきれずギラギラしていた。

ストラスが言いづらそうに注意する。



「…ねぇ、さっきから視線怖いよ。鼻息も気をつけないと」


「あら。ごめんあそばせ。

脳内の声が鼻息で外に出てしまっていたのねぇ」


「なんて声?」


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


「怖ッ!?」




ここはここで、いつもとまた違った独特なコントが繰り広げられているようだ。

どんな相手とも即席コントできるリィカ様狂信者ミッチェラ、さすがである。

リィカ様が関わるとブレない。

彼女を愛でる為なら何でもするし、侮辱するヤツは殺す。


ストラスは割とマジで彼女にビビっているようだ。

拷もn……イッタイ治癒魔法を使われた事もあるし、それがトラウマらしい。

顔を青ざめさせながら、自身も鼻をすんっと鳴らした。




「貴方こそ、さっきからたまにそうして鼻を鳴らしていますわねー?

どうしてかしら?」



「ああ。

最近、王宮内にすーっごい甘ったるい匂いが立ち込めてんの!

だから鼻が痛くって。


メイプルみたいな匂いしてない?

最初は美味しそうだなーってだけ思ってたんだけど、だんだん匂いキツくなってきたし、もう鼻が辛いんだよねー。

パンケーキはしばらく食べたくないなあぐっはァ!!?」



「ぬわァァァんですッてぇぇーーーーッ!!?」





言葉を聞くやいなや、ミッチェラがストラスの首を締め上げた。

剛力である。

シャツを着ていれば襟をグッ!される程度で済んだかもしれないが、甲冑なんだから仕方ない…のか?

甲冑の隙間から手を差し入れナマ首をつかんだミッチェラは、「オラオラオラ」とチンピラのように体を揺さぶり始める。


やめてあげてーー!

ストラス泡吹きかけてるからーー!




たまたま通りかかった近衛騎士リーガはその様子を見てしまい、壁に頭を思いきり打ち付けるハメになった。

兜を被っていたため、兜内でぐぉぉぉぉん!と音が響く。

頭の痛みと反響音に悶えまくる。

アマリエ程ではないが、間の悪い苦労人だ…お気の毒さま。



なんとか兜を脱いだ彼は、ミッチェラを止める事にしたようだ。

ストラスが何をやらかしたのかは知らないが、今は仲間割れしている時ではないのだ。




「ミッチェラ殿ではありませんか!

ストラスめが、何か粗相をしましたかな?

今は非常時ゆえ、制裁であればまた後日に改めてお願いしたいと思うのですが…」



「……あら!

失礼しましたわ。私ってば取り乱してしまって!」




ミッチェラはようやく正気にかえったのか、パッと首から手を離した。

崩れ落ちるストラス。

ぜえぜえと肩で呼吸をしている。

近衛に最も近いと言われる実力派騎士をここまで追い詰めるとは、王宮侍女って…すごい。



リーガが仲裁人となって、ミッチェラに首締めの理由を聞いた。

彼女は眉をひそめ、言葉を選んで話す。




「ストラス騎士が『ヴィレア王宮内にメイプルの香りが漂っている』と言っておりましたもので、気が動転してしまって。

…先日、ヴィレア王宮内で禁止指定薬物の惚れ薬が使用されましたの。

それの特徴が『メイプルの香り』なのですわぁ」



「………えっ!?」


「なんと!」



「ストラスの鼻が正確であるなら、この王宮内でまだ惚れ薬が使用されている事になります。

前回見つかった惚れ薬入りの手紙は、アマリエ先輩が処分なさいましたから、それとは別物ということ…。

また胸糞悪い話ですわぁー!

ナメくさりやがって、ムカつくぅー!


…『王宮内』なのですわねストラス?

貴方の言い方では、王宮中まんべんなくメイプルの香りがするという風にとらえられるのですが?」




ミッチェラがまたストラスにずずいと詰め寄る。

迫力に、思わず半歩下がるストラス。



「ーーーうん。

王宮全体にメイプルの香りがしてるよ?

メイドさんたちの何人かはすごく濃い香りを纏ってるし…


あ。あとね」




そこまで言い切るとストラスは黙り、パチンとウインクして急に走り出した。

突拍子もない行動に、目を丸くするミッチェラとリーガ。


急発進にも関わらず膝のバネを精一杯跳ねさせて、とんでもない速度で駆ける。

甲冑がガッチャンガッチャンとやかましい音を立てていた。


行く先は10Mほど先の給湯室前。侍女2人がお茶の準備を終え、カートをついて給仕に行く所のようだった。

ミッチェラがカートを見て目を細める。

…あのカートに乗っている茶葉の缶は、見たことのない新しい種類のものだ。

今朝、給湯室を覗いた時には見られなかったはず。

どうして今、彼女らはそんな物を持っている?



…自身もそこに向かおうとミッチェラが走り出した時、ストラスが丁度たどり着いた。

いきなり全力で迫ってきた騎士の登場に、硬直するメイド。

まあそれは自然な反応なのだが…片方は顔を思いきり引きつらせた。

ストラスはそちらの侍女をガッと担ぎ上げる。

「げえっ!?」と下品な声が響いた。




「おはよう……えーとメイドさん!

貴方の名前は知らないんだぁ、ごめんねー。

…どうして貴方の周りだけメイプルの香りが一切しないのか、俺に教えてくんないかな?」



「は、はい?」



「それとも訓練所で理由聞こうか?

デートのお誘いなんて初めてだから、照れちゃうね!

どっちかが血濡れで倒れるまでが勝負の決闘デートかなぁ。てへへっ


あ、ミッチェラさーーん!

昨日俺が賊の居場所分かったのはねぇ、奴らの周りだけメイプルの香りしなかったからなのーーっ!

この子もそれと同じだ。

怪しい!」




小さな騎士はにっこりと怪しい侍女に笑いかけた。死刑宣告である。


ミッチェラが目を剥いて、駆けつける速度を上げた。

ぶわっとえげつない殺気が彼女を包みこむ。

ニヤリと上げた口角がヤバい、超怖い。



「はぁぁぁあッ!?

…お手柄ですわぁストラス!

そいつ絶対、逃がすんじゃありませんわよーーーっ!

逃がしたら貴方までも八つ裂きですから!!」



「「いやァァァァァァーーッ!!?」」




ストラスと怪しい侍女の2人ともが悲痛な悲鳴を上げた。

侍女は脱出しようと全力でもがき、ストラスは逃がすまいと必死に腰を抱き寄せる。

…………?

見た目よりなんか腰回りが太くて硬いような?



そんな違和感を感じていると、ミッチェラが辿り着く。

うっわ、顔ヤバい。

もともとの顔の作りが醜い(笑)こともあり、形相がもはや魔王だコレ…



舌なめずりする魔王に、ストラスはためらいなく賊を差し出した。

賊を捕まえるのが自分の仕事であるし、今のミッチェラに逆らったなら確実に八つ裂きにされる自信がある。

そんなのは嫌だ。




「ああっ、ご無体な!

ワタシを離さないでよ騎士様ぁ…!

いや離さない以前に逃がしてくれたなら最高にカッコ良かったんだけどなああああ畜生!」



「おいでませゲス野郎」


「ごめん俺も自分の身がかわいいんだ」



「この世界は俺に厳しすぎるぜーー!!」




頭を抱え大声で叫ぶ賊。

口調を偽る様子はもはやなく、一人称は『俺』らしい。

そんな彼女?はすでにミッチェラにガッッチリ抱きシメられていた。これで逃げられまい。




「さあ、捕まえましたわぁ(ハァト)

私と一緒に牢に行きましょうね(ハァト)

そういえばもう一人の賊はどこかしらぁ、是非すぐに吐いてちょうだいね!(ハァト)」



「や、やっだーお姉さん超大胆だね……!

俺と一緒に個室に行っちゃいたいわけぇ?

だったらもっとセクシーに!可愛く!ついて行きたくなるよう誘惑してよっ」



「しね」



「……どこのレイズだよ!

あっ、レイズ!?」




バタバタと暴れていた賊はハッとした様子で耳を抑えた。

怪訝な様子で眉をしかめるミッチェラとストラス。



ヤツはふんふんと頷くと、ニヤリと目を半月に歪めた。

警戒してミッチェラが力を強めると、「ぐえっ」と声が上がるが顔は妙にニヤけている。




まるで耳元で会話しているかのような動きだった。

…ヤツらは通信魔法を使っているとでもいうのだろうか?

通信は魔法化するのがとても難しく、魔法大国であるヴィレアでも開発されていない。

それをもし使っているのだとしたら…こいつら、本当に何者?




「…ごめんねー。

こうして君たちとじゃれてるのも中々楽しいんだけどさ、タイムリミットが来ちゃったみたい。

あーあ。せっかく美人に抱きしめられてて役得だったのになー。

残念!」



「「…は?」」



「会いに行かなくちゃいけないんだなァ。

俺と同郷のおブスさんにさっ!

説明も何もせずに終わらせちゃうのは、失礼だからね」




目をすっと細める、怪しい侍女。

ヤツの体の表面がぬらりと震え揺れる。

…しだいにプルプルと波紋を立てていくと、もはや人型の何かとなり果ててしまった。


それはミッチェラの強い腕の力もまるで障害とせず、すり抜けていってしまう。

リーガが剣で斬りつけるも、表面のヌメリでかわす。

するりするりと廊下をすべり、ついに城壁の上へと逃げた。




「…………!!!」



「俺らみたいなのを相手にしちゃって、貴方たちもお気の毒様だよね。

お詫びに、そちらにもちゃんと挨拶させてもらおうかなァーー!」




もはや逃げられる事を確信したのか、自信満々な声である。

言うと、プルプルしていた物体はまた人型になった。



身長は縦にどんどん伸び、ゆうに180cmを越しているだろう男性になる。

すらりとした手足、雪のような白さの肌には濃い黒紫の髪がかかる。

ニヤリと笑う色素の薄い唇…

顔を起こすと、ネル王子程ではないものの恐ろしく醜い顔立ちをしていた。

真っ黒の瞳が特徴的なが挑発するように笑っている。




「この姿で会うのは初めまして、ってね!

ふふん、ちょーカッコ良い俺!

誰だかわっかるっかなーー?


………。


無反応!?

しょうがないなぁ、名乗ってあげよう!」



独り言が長い。

優雅にお辞儀を一つ。胸下まである髪がサラリと揺れる。




「俺はラザリオン。

ラザリオン・ガゥム・ラグラーェンだよ!

ちなみにザルツェン連合国のクソ卵の事は大ッッ嫌いだから仲間じゃないんで、そこんところよろしくねー」




言うが早いが、彼はくるりと踊るように回って城壁を飛び降り、逃げた。

唖然とするミッチェラ、ストラス、リーガ。





ーーーーーズバシュッ!!



賊が飛び降りたあたりに、ぶっとい金属の弓矢が刺さる。


我らが侍女長がギリギリで駆け付けてくれたようだ。

しかし、矢は賊の腕をわずかにかすめて地に刺さってしまう。





「…アマリエ先輩!」



「ちィッ……逃しましたか!

何をぼさっとしているのです貴方たち。

ぽかんと口を開けている暇があるなら、全力で賊を追いなさいな!

命令です!

……あやつ、またもリィカ様をブスなどと侮辱しましたわね?

同郷とは一体どういう事なのかしら。許すまじですわ。


ーーーー行きますわよ!」




アマリエの叱咤に、3人の瞳がギラつき始める。


そうだ、こうしてはいられない。

奴が狙う『彼女』はリィカ嬢だったはず、だったら彼女のいる王都へと『会いに行った』はずなのだ。




婚約者命で、武の誉高いネル王子殿下がいるならカグァム・リィカ嬢はよほど安全だろうが、もしもの可能性などは無い方がいい。

誓約魔法の印を光らせ、それを合図に影を呼び集める。




そうしてアマリエをはじめとする多くの影が、王都へと駆け出して行ったのだった。

一見平和でいつも通りに見えるヴィレア王国の水面下。

そこでは数多の暗い思惑、私念が渦巻いていた。





役者は揃ったァ!


読んでくださってありがとうございました!

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