王都へ
まず目に入るのは、ドレスの爽やかな空色。
表面には、3日前には無かった色とりどりの花飾りが縫い付けられており、鮮やかだ。
胸下をふんわりとした白のリボンで結んでいる。
シンプルな一粒のダイヤの首飾りに、片方だけのレースの手袋。
歩きやすいように、ストラップ付きのパンプスを履いている。
甘い青薔薇の香りの黒髪は一筋の乱れもなく真珠と共に編み込まれ、幼い顔立ちを少しだけ大人に見せていた。
サイドにわずかに垂らされた髪が頬にかかり、美しい顔をくっきりと縁取っている。
アイシャドーとチークはピンクで、口紅は紅色。
『恋する乙女』とも『妖艶なレディ』とも見れる、なんとも素晴らしい美貌の女性が、微笑みを浮かべてそこにいた。
もう見惚れるしかない。
王都に出かける準備を済まし、部屋を訪れたネルシェリアス王子殿下。
彼は、扉を開けた瞬間に目に飛び込んできた眩しいまでの妻の姿に、唖然と立ち尽くしていた。
…美しすぎるのですが。
しばらく固まった後、ギギギ、と硬い動きで侍女2人に目を向けると、親指グッ!で返された。
素晴らしい仕事をしてくれてありがとう。
素晴らしい仕事を任せてくれてありがとう。
そういう無言のやり取りがあったようだ。
ミッチェラの笑顔には「バッチリ録画してありますわぁ!」の意味も含まれているだろう。
王子は頷いたあとでカグァム嬢に向き直り、パッと顔を綻ばせる。
頬は赤く染まり、幸せそうなことこの上ない。
妻が美しくて喜ばない男性などこの世にいないのだ。
「リィカ!
すっごく可愛いです!
この世界の何より、誰より、貴方は素敵だ……こんな綺麗な女性は見たことがありません。
今日の華やかなドレスも、とっても良く似合っています!」
「うわあぁ、照れるねー…
えへへ、ネルがそう言ってくれると安心する。
褒めてくれて、ありがとう!
アマリエさんとミッチェラさんが頑張って綺麗に飾ってくれたんだよ」
「素晴らしいです!」
「リィカ様の可愛らしさがあってこその出来ですわ」
「飾るの、楽しかったぁ~!!」
「ネルの服装こそすごく似合ってて、素敵ね!
こんなにカッコ良い男の子と歩けるなんて、私は幸せ者だなぁ…」
「あああもう好き!ありがとうございます…!」
照れたり、褒めたり、幸せに浸ってみたりと忙しい。
誰が?
全員が!
王子はいつも通り抱きしめようとしたが、ふと思いとどまって、初めて会った時のように彼女の前に跪く。
「私の麗しの女神、カグァム・リィカ嬢。
一緒にデートに行きましょう?
貴方の嫁ぐ事になるこのヴィレア王国を、どうか案内させて頂けませんか」
ニッコリ笑う。
顔がブサイクだろうが、彼女が自分の見た目をも好きだと言ってくれるのであれば、カッコ良く見せる努力をして見せよう。
だって、ほら。
こんな自分を見て、彼女は頬を染めて美しく微笑んでくれる。
つぶらな瞳を潤ませて、夢見る乙女のような表情で、いつだって貴方が私にくれる言葉は同じ。
「はい!」
最高の笑顔で手を取ってくれる。
今日も貴方のおかげで、私はどこまでも幸せです!
****************
おはようございます!
麗華です。
今日は待ちに待った王都デートの日。
朝から、侵入者だとか怖い話も聞いたけど、お出かけの準備が出来たらもうワクワクが止まりません。
単純だなぁ。
だって、こんなに可愛いドレスを着させてもらって、隣を歩く恋人は超絶美形な王子様だなんて、舞い上がらない方がムリだと思うの。
全乙女の夢ですよこんなシチュエーション…幸福すぎる。
ネル様の今日の服装は、白のシャツに品のいい薄灰色のベスト、濃いグレーのスラックス。
それぞれ、縁には銀糸で繊細な刺繍が施されている。
(街に出る時は、服の色の濃さはそこまで気にしなくていいみたいです)
淡い水色のリボンスカーフに、ラピスラズリで作られた薔薇のブローチ。
首には私の贈った『愛守りの結界石』のペンダントが輝いている。
照れますね?
ああ、ネル様がカッコ良すぎて眩しくてもう目がくらむー!
優しく私の手を取り、歩いてくれます。
つないだ手はお互い手袋をしていない方の手で、私が左手、彼が右手。
結びのリボンが触れ合うようにきゅっと恋人つなぎです。
歴代の結ばれ人も、デートの時はこうしていたんだって。
これは周りに色付いたリボンを見せることで『結びの魔法陣で繋がった恋人なんだよー、祝福してね』って意味になるんだとか。
お忍びデートっぽくヴェールを被ったその内側から目を合わせて、2人で小さく笑う。
貴族さんは美しい人が多いから、それでトラブルに巻き込まれないように皆が顔まで隠れるヴェールを被るそうです。
確かにネル様は至高の美しさだもんね!
その美貌に人が集まってきても不思議じゃない、むしろ集まらない方がおかしいもの。
ヴェール、必須です。
王都の中心部までは馬車に乗っていきます。
お城の門をくぐると、まず見えてくるのは貴族街。
大きなお屋敷がたくさん、王宮をくるりと円形に囲むように並んでいます。
王宮もそうだけど、薄茶や赤茶、白の控えめで上品な建物に、壁や庭には満開の花が飾られていてうっとりしちゃう。
とってもメルヘン!
丁寧に舗装された石畳の道を、浮遊馬車で揺すられる事もなくのんびりと進む。
すれ違う人達は私達と同じくヴェールを被っています。
ネル様と繋いだ手を相手に見えるように上げて、窓ごしに一礼する。そしたら、ビビる勢いで手を振られました。
おお、これが『祝福してね』の効果なのか!
お祝いされてるって嬉しいですね。
貴族街を抜けると、周りの空気が一気に変わります。
…ここが、ヴィレア王国の王都。
その大きさに、活気に、圧倒される!
遠くの方には海と港も見え、深い青に太陽の光が反射してキラキラ輝いている。
街並みは地球で言うところの、イタリアのローマみたい。
白を基調にした3階立て程度の建物、お店やアパートが規則正しく並び、そのどれもに優美なツタ模様の彫刻が刻まれている。
街中がタペストリーやら花やらで美しく飾られていて、暮らす人々の服装もカラフルです。
皆イキイキとした表情で街を行きかい、全体の空気を賑わせている。
噴水の周りでヒラリとした衣装の踊り子たちがクルクルと舞って、陽気な歌が聴こえて来てこっちまで楽しくなっちゃう。
なんて素敵な街なんだろう。
くるりとネル様の方を笑顔で振り返ると、彼も窓の外を眺めて嬉しそうに微笑んでいた。
「貴方の宝物のヴィレア王国は、本当に素晴らしい所なのですね…!」
「そうでしょう?
ふふっ、ありがとうございます!
王宮の屋上から見るヴィレアの景色も良いですが、実際に来て空気を感じてみるとより素敵でしょう」
「はい!
街並みや景色もとても素晴らしいですし、何より人が幸せそうなのが、いいなぁって思います!」
「街の景観保護も、市民の不満解消・幸福度上昇も、国の政策として力を入れているところなんです。
ヴィレアの施政者として、そこを褒めてもらえて嬉しいですよ。
これからは貴方も、この国をより良くしていく施政者の一人となります。
どうかこの国を、愛してくれたらと思います」
そう言って、私をじっと見つめるネル様。
もちろんだよ。
貴方と一緒に歩いていく覚悟は、すでに出来ていますもの。
繋いだ手に力を込める。
「ヴィレア王国、大好きです。
景色は綺麗で食べ物は美味しくて、笑顔が溢れていてみんな優しい。
私はまだ良い所しか見てないのかもしれないけど、それ以外の部分もきちんと受け止めて、もっと好きになって行けたらいいなって思います。
貴方と一緒に」
「…カグァム嬢。
ありがとう!
王族の妻としても、100点の答えです。
ええ、どうか是非、私と一緒に!」
「えへへー」
きゅっと軽く抱きしめあった後、馬車を降りる。
差し出された手を取って石畳を踏みしめると、カツンと硬質な響きが返ってくる。
おお、これぞ石畳!
アスファルトの地面とは違う感触に、ちょっと感動しました。
王都の中央部はとっても広い噴水広場になっていて、たくさんの大通りが交差する、まさに真ん中です。
色々な場所に行きやすいので、観光もここから始める人が多いそうです。
見えるだけでも、特産品街、魔法街、舞台街、屋台街、レストラン街、生鮮市場、ギルド連、教会…などなど。
とにかくどこにでも行けちゃう!
観光名所がギッシリです!
キョロキョロと目移りしてると、ネル様が声をかけてくれる。
レースごしに優しく微笑んだ綺麗なお顔が見えて、紳士度3割増しです…なんてひどい破壊力だー!
クラクラする!
馬車を操縦してきてくれた執事さんが近くから微笑みを見てしまって、唖然と顔を引きつらせている。
ニヤけるのを我慢しているのかな?
うん、紳士な彼素敵だよね。
「どちらに向かいたいですか?」
ぐぅ
「お食事を!」
「かしこまりました、レディ」
…このタイミング。信じられます?
なんて残念なの私のお腹…
顔が真っ赤になっちゃいましたよー!
屋台街から漂ってくる匂いが美味しそうすぎるからぁー!
ネル様はおかしそうにクスクス笑いながら私の手を引いて、ゆっくりと歩き出す。
歩く先はまさに屋台街。
私の思考回路バレてるー。
ガッツリ食事!な串焼き系から、可愛くデコレーションされたクレープのような物まで、実に美味しそうな食べ物のオンパレードです。
匂いが食欲をそそるそそる、またもお腹がぐぅーと鳴る。
ひいぃぃ!
朝食しっかり食べて来たのに!?
慌ててお腹を抑えると、ついにぷはっと吹き出されてしまった。
笑ったまま耳元に顔を寄せる。
「ねぇリィカ。そんな所も好き」
「もー…!
紳士なら聞かなかったフリしてよぉ…」
「反応が可愛いから却下です」
この、小悪魔ー!
恥ずかしいやら距離が照れくさいやら…
ネル様は視察も兼ねて、何度も自分の足で王都を訪れているそうです。
市民の目線から街を見るために、こういう屋台街の店もたまに利用するのだとか。
恥ずかしさを紛らわすために冗談めかして小声で叫ぶ。
「食べ尽くしてやるーー!」
「うんうん、その勢いです。
元気良く食べる貴方が好きですよ。
またあーんさせて下さいね?」
年下彼氏の方が何枚も上手でした。
ごめんなさい。
そうして私たちの王都デートは、まず屋台街での散策から始まったのでした。
まだ見ぬゴハンも、デザートも、何より人生初のデートもとっても楽しみです!
ぐぅ
あああー!
だっておデブちゃんなんですもの。
読んで下さってありがとうございました!




