朝
この世界に、麗しの女神カグァム・リィカ嬢が訪れてから5日目の朝。
本日のヴィレア王国は、朝早くからうららかな陽気となった。
つぼみだった花々はこれでもかと美しく咲き誇り始め、緑は芽吹き、王都を鮮やかに染め上げている。
色彩が目に眩しいほどだ。
王宮にまで、市場の活気づいた声が響いてくるかのようである。
冬の寒さに耐えた食材は甘く、あちらこちらで売り買いが活発に行われている。
路上では踊り子が舞い、冒険者たちが冬眠から目覚めた獲物を狩ろうと行進する。
春の気配に、人々は心踊らせていた。
王宮のカグァム嬢の部屋をのぞいてみよう。
大きなクイーン・サイズのベッドには、3人の人影が見える。
カグァム嬢を真ん中に、右にはミッチェラ、左にはネル王子が眠っているのだ。
あ、もちろん服はきちんと着たままだからね!
両サイドの2人が彼女を思いきり抱きしめて寝ているので、とっても寝苦しそうに見える。
まあ、それでも寝ていられるのは、ぷよぷよの脂肪が力を受け流すクッションの役割を果たしているからだろうか。
暖かい陽気のためか、かけ布は薄めの大きな毛布を3人共同で使っていた。
どうしてこんな事になっているのか…
昨日の夜の出来事だ。
アマリエとミッチェラそっくりに化けた賊2人が、ヴィレア王宮に侵入していた。
それを嗅ぎつけた『影の者』たちが捕らえようとしたものの、奴らは奇怪な魔法を使い、まんまと逃げおおせたのだ。
どうにか捕縛しようと、夜中の王宮では静かに殺意の追いかけっこが行われていた。
ミッチェラはアマリエより、カグァム嬢の側で警戒に当たることが命じられていたのだ。
その結果が、これである。
いや、確かに『側で』『警戒しろ』とは言ったけども。
…こんなに密着して恍惚の表情で寝てろとは言ってない。
おまけに口からはたまに「でへへ」と不気味な笑い声が漏れ、緩みきった顔と合わせてもう変態にしか見えない。
隣ですました顔で寝ている王子を見習って欲しい。
いや、王子がここで寝ているのも問題ではあるのだけれど。
部屋を早朝に訪れたアマリエはベッドを見やり、あまりの惨状に崩れ落ちそうになった。
あ、あんにゃろう共~……!!
心労が酷い。
なんとか心を落ち着かせて一歩踏み出すと、パキリ、と何かに触れた気配がする。
前を見ると、一瞬で目を覚ましたミッチェラが臨戦態勢でこちらを睨んでいた。
…成る程、感知魔法と自分を連動させていたのか。
一応の警戒はしていた事に、ホッとため息をつく。
右手の指を揃えて、その手のひらを左の胸にかざす。
すると、そこには『影の者』である証の印が浮かび上がった。
それを確認してミッチェラが警戒を解く。
「お疲れさまでございました。
アマリエ先輩」
「ええ。貴方もね。
…賊2人はまだ捕まっておりません。
状況を説明しますわ。
王子殿下にも起きて頂きましょうか」
「分かりました。
…起きるかしらぁ」
「?」
「いえ、リィカ様が治療魔法に睡眠効果をプラスした魔法を、たらふくかけたそうで。
王子殿下、こんなオイシイ状況にも関わらず、朝まで熟睡なのですわぁ。
そうそう起きそうにありません」
「それはまぁ、また…」
「ねー。
男として気の毒な話ですわぁ。
魔法抵抗力の弱い王子殿下だから、仕方ないっちゃ仕方ないんですけどね」
侍女2人が顔を見合わせる。
お互いの表情に『残念王子』の文字を視認して、苦笑した。
カグァム嬢にも賊の侵入があったことを告げるため、起きてもらう事にする。
ミッチェラが彼女の肩を軽くゆすると、「んんっ…」と可愛らしい声が漏れた。
ああ、疲れた身体に染み渡るこの愛らしさ。
夜中王宮を走り回って、また夜中結界を張り続けて頑張ったかいもあるというものだ。
こんな女神様をブスなどと侮辱した賊は、絶対許さん。
目を覚ましたカグァム嬢は、パチパチと数回瞬きすると「…おはようございます?」とちょっと寝呆けながら呟く。
起き上がろうとして、身体に絡む王子の腕に気付き硬直した。
…身に覚えは無い。
それもそのはず、昨日ミッチェラは、膝枕しつつウトウトしていた彼女を王子ごと浮遊魔法でベッドに運んでいたのだから。
そう説明するとカグァム嬢はホッとした表情で「ありがとう」と告げた。
親指をグッ!して返答しておいた。
さて、王子を起こそう。
揺すってもダメ、呼びかけてもダメ、毛布を引き剥がしても起きやしない。
睡眠効果、イイ仕事しすぎである。
最終的にカグァム嬢が「起きなかったらミッチェラさんにキスしちゃいますよー(入れ知恵)」と囁くことで一発で起こした。
起きた王子にミッチェラの涙目ビンタが飛んだのを見て、アマリエが呆れて半眼になった。
「おはようございます。
さっそくで申し訳ありませんわ。
…昨日の夜の侵入者について報告をさせて頂きます」
王子とカグァム嬢が目を見開く。
驚きビクッと身体を震わせた彼女の肩を抱き、王子は低い声で「続けて」と告げる。
アマリエが一礼した。
「確認できたのは2名。
会話から察するなら主従関係の者達、主の方は男性のようでした。
私アマリエとミッチェラに驚く程そっくりに化け、王宮を徘徊していましたわ。
罠などを仕掛けた様子はなく、情報収集のため忍び込んだ模様です。
泳がせ、リィカ様のお部屋から出た際に捕らえようとしましたが、奇怪な術を使い逃走しました。
おそらく姿を消す魔法です。
ストラス騎士が野生の勘で何もない空間を斬りつけた所、奴らの悲鳴が聞こえましたから。
大変遺憾ですが、まだ奴らの捕縛はなっておりません。
『影の者』たちには、今も捜索に当たらせております。
どうか十分に警戒なさいませ。
賊は、『ネルとリィカさんによろしく』と申しておりました。
貴方たち2人を、狙っているようですわ」
「…身に覚えがありすぎますねぇ」
王子は髪をくしゃりとかいた。
仕事柄、自分は人の恨みを山ほど買うし、今は絶世の美女を婚約者にしたことで妬まれもしているだろう。
敵は多い。
カグァム嬢のみに視点を当てても、美しいあまり誘拐をたくらまれても何の不思議も無いのだ。
顎に手をやり、難しい顔をする。
「…私のことを『ネル』と呼ぶ相手か。
撹乱するためとも見れますが、少々気になりますね」
近しい人間が、今回の賊であるという可能性もある。
そう呟くと、カグァム嬢は心配そうに王子を見た。
万が一その予測が当たっていて、優しい王子が傷ついてしまわないか気が気でない様子だ。
愛しい人のそんな様子に気付いた王子は、軽く目を見張るとふふっと微笑んで、柔らかく彼女を抱き寄せた。
「心配してくれているんですか?リィカ。
私は大丈夫ですよ。
貴方が私を一番に愛してくれるなら、もう心が挫けることなどありませんから。
貴方のおかげで、いつだって私は幸せです」
「そ、そっか…!
ええと、ありがとう、ネル。
これからもずっとずっと、貴方を一番に愛し続けるからね。
大好きだよ」
「リィカ……!」
とろけそうな笑みを顔に浮かべる王子。
照れながらも嬉しそうに頬を染めるカグァム嬢。
お互い力を込め相手をぎゅっと抱きしめあい、まとわりつくオーラが甘い甘い。
いつも通りです。
アマリエがパンパンと手を叩いて話を先に進める。
さすがに慣れている。
「はいはーい。
いちゃつくのは、また帰って来てからになさいませ。
今日は王都の散策に行くのでしょう?
早く準備を済ませてしまわないと、デートの時間が減ってしまいますわよ」
「それは困る!」
「えっ、もうそんな時間なのですか!」
「今日はいつもよりお支度に時間をかけようと思っておりますので。
記念すべき初めてのお二人のデートですものね?
リィカ様を最高に可愛らしくドレスアップしてみせますわ!」
「リィカ様ぁ!
空色のドレス、お持ちいたしましたぁ」
そういうわけで、王子は退室を余儀無くされた。
『最高に可愛いリィカ』とやらが楽しみすぎるので、不満は無いのだがさみしい。
名残惜しそうにカグァム嬢の左手小指を撫でると、それとは反対の手で髪をサラサラと撫でられる。
「カッコ良いネルと歩けるの、楽しみにしてるね!」
「おおせのままに!
でき得る限りのオシャレをして、再び迎えに参ります!」
早い。
イイ笑顔のまま、カッコ良い歩き方で部屋を後にしようとする。
つまずく。
さすが王子殿下。
慌ててかけ寄ったカグァム嬢のケープがはだけて落ちてしまい、大胆に露出された背中を直視してしまう。
視界が幸せです。
なんて良い朝なんだ。
ハンカチが赤く染まる。
結局、イイ笑顔はそのままに、王子はカッコ悪く寝室を後にした。
さすが王子殿下!
読んで下さってありがとうございました!




