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裏の顔を持つ者たち

「一度契りを交わしたら、もう心を違えることは許されない。

これからの君はヴィレア王国のために絶対の忠誠を誓い、いつかは手を血で汚すことにもなるだろう。

それでも…覚悟はいいね?」



「もちろんですわ。

この契りを成すことを、私は心より望んでおります!」



「…大変よろしい。

それならば私たちは、君の『影成り』を歓迎するよ」




ヴィレア王宮の最奥にある、装飾の一切無い暗い室内には多数の影が集っていた。

国の為なら命すら奪ってきた者たちの鋭い視線は、部屋の中央に注がれている。


そこには丸みのあるシルエットの背の低い男と、跪いた紅髪の見習い侍女の姿があった。

二言三言、言葉を交わした次の瞬間、目も開けられない程のまばゆい光が部屋中に広がる。



…………。




そうして今夜、ここに新たなヴィレアを護る影が成った。

跪いていた侍女の瞳が、薄闇の中でギラギラと輝いている。




「必ずや、お役に立って見せましょう。

ヴィレア王国を、リィカ様を脅かす外道な輩は絶対に許しません。

この、ミッチェラが!八つ裂きにして!ご覧に入れますわぁー!」





****************






夜の近づく、ほの暗くなったヴィレア王宮の廊下を2人の侍女が歩いている。

侍女長アマリエと見習い侍女ミッチェラだ。



彼女たちはプロメイドらしく足音を立てず歩いているが…足首まであるスカートをひっかけひっかけ、少々不恰好である。

おや?


一般的には気にならない程度の拙さだが、王宮のメイドとしては失格の範囲内である。

その上、聞こえてくる会話は言葉使いがお下品で、おおよそ侍女らしくないものだった。





「ちょっとさー。

お前せっかく見た目美人になってんだから、白目と鼻血のコンボとかやめてくれる?

ほんと目に残念だから」



「う、うっさいよ!

不可抗力ってやつなんだからしょーがないじゃんッ!

聖女様にあんな可愛い顔されて、倒れないアンタの方がおかしい」



「…だってリィカさんさぁ、案の定すっげーブスな子だったし。

中身は聖女だったと思うけどね」



「しねばいいのに」


「酷くない!?」




ぺちん、とミッチェラがアマリエの頬を叩く。



「酷いのは、あんな麗しい聖女様にそんなこと言えちゃうアンタの脳みそ!」



それに対して、ぐっはあ!なんて大げさにリアクションするアマリエ。

おかしい。

おかしすぎる。


誰かが見ていたら混乱の極みに陥るであろう。侍女たちのコントは普段とはボケツッコミが真逆である。




「危険を犯してまで部屋に入っていかなくても良かったのに?」


「これから俺らが奪うものくらい、しっかり見とかないと失礼だろ?」



「…結局、アンタが精神的にやりづらくなっただけじゃんか。

あんな幸せそうなの見せつけられてさー。

てか失礼かとか、向こうからしたら絶対どうでもいいし」



「あー、まあ、そこはどうでもいいかもね。

私念みたいなもんだし。


俺、メンタル強すぎるぜ?

めっちゃ悪い奴だし!やりづらくなんてなってないわ。

幸せぶっ壊そうとしてる鬼畜とは俺の事だぞコラ」



「涙目じゃんばーかばーか。

ヘタレ無理すんなし」



「ひっでぇ」




…うん、どう見てもこのペアはミッチェラ?の方が立場が強そうだ。

彼女はぷくーっと白い頬を膨らませると、その息を全部吐ききるようにして「はぁ」とため息をつく。

そんな様子を見て、アマリエ?は苦笑した。




「別に、わざわざ泥舟に乗ること無かったんだぞ」


「ふっざけんな。今更だわ。

今度言ったら、殴るかんね」



「こえぇよ…殴んないで下さい。

…んじゃ、もう言わずにおくな。

レイズ。

決めた。

あれを壊すよ」



「決定か?」


「決定だ」



「…了解した。主」




廊下の死角になる場所で、侍女たちが互いに見つめ合う。

ミッチェラが一礼。

おおよそ侍女らしくない、キレの良い動きの礼だった。

…武術を嗜んでいる者の動きだ。



顔を上げると、暗い色を灯した主の瞳をモロに見てしまう。

…本日2度目の、深い深いため息をついた。

アマリエの瞳の色はいつの間にか、どこまでも光を吸い込むようなに変わっていた。




「もう自分が壊れそうな奴の言うことじゃねーよ。

ばーか…」



「うっせー」




悲しそうに微笑むアマリエを労わるかのように、ミッチェラは彼女の手を軽く握った。



その仕草にふと、先程みた幸せな恋人たちの姿を思い出す。

この世界の幸福を詰め込んだようなピンクのオーラに包まれていた、相思相愛な2人の姿を。



…どちらからともなく顔を見合わせ苦笑した。

しばらく沈黙した後、頷きあう。




そして踵を返してヴィレア王宮を後に…ーーーー







ーーーズダンッッ!!!!






「随分とヴィレア王国の警備をナメくさってらっしゃいますのね。

この腐れ外道共が」




怪しい侍女2人のスカートの裾が地面に縫い付けられる。


それを成したのは、弓矢だった。

ぶっとい重金属の矢がスカートを経由して、大理石の廊下にまでやすやすと突き刺さっている。




「「…げえっ!!?」」



「ごきげんよう。

まあ、大人しく盗聴してたら随分な言い草でしたわね?

王子殿下とリィカ様の仲を裂こうとは、とんでもない不届き者ですわ。

万死に値します」



こんな芸当が出来るのは、そう、エルフ族の血をひくエリート中のエリートである彼女だ。

規律大好き苦労人、制裁系メイドのアマリエ・ルルその人である。

その背には、とんでもなく重そうな金属製の弓を軽々と背負っていた。



その後ろでは、血走った目で2人を睨みつける紅髪の侍女の姿が見える。

今にも飛びかからんとしていて、焦った他の『影の者』3人がかりで羽交い締めにされている。




「リィカ様をブスだなんて侮辱しやがって殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」



「「!?ひいいいいいーーッ!?」」




「落ち着きなさいな、ミッチェラ。

捕らえたら後で拷問は貴方に任せてあげます。

だから今は捕縛に専念なさい」



「絶対捕まりたくなーいっ!!」




怪しげな2人が、ミッチェラ2号の殺気に塗れた表情を見て震え上がり叫ぶ。



そう、2号だ。

この場には今、アマリエとミッチェラが2人ずついるのである。




話し方などでどちらが本物かは判別できるが、見た目があまりにもそっくりなので、他の『影の者』たちは戸惑っている。

こんなに完璧な変装は、今まで見たことがなかったのだ。


偽アマリエが顔を引きつらせながら、本物であろうアマリエに問う。




「えーと、おねーさん。

どっから俺たちの会話聞いてたの?

てか、泳がされてた?」



「ご明答ですわ。

リィカ様の部屋の近くでウロつく不審者を防犯魔法が感知したものですからね?

ミッチェラの映像記録魔法を部屋に、その後貴方たちに設定しておいたんですの。

そしたらまぁ、私たちの偽物がいるではありませんか。

驚きましたわ」



「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」



「そこの彼女怖いんだけど!?

…ていうか、全部バレちゃってたのかよ。

影さん、優秀なんだね?」



「さっすが大国、ってとこかぁー」




冷や汗を流す怪しげな2号たち。



ふと視線を影たちの後方に向けると、その視線を受け止めたするどい美貌の美丈夫がゆっくりとした足取りで現れた。


硬めの濃い灰色の髪に、同色の瞳。

たゆんと揺れる頬とお腹がトレードマークの、ヴィレア第二王子クラジェリアス殿下である。


いつも楽しげに弧を描いていたその目は、今はゾッとするような冷たさで2号を見ている。




「ふーん。

ずいぶん上手くウチの侍女たちに化けた物だね。

驚いたなぁ。

…君たちみたいな実力のある怪しい奴にヴィレアに来られると、迷惑なんだけれどね。

…何しに来たの?」




怒気を含んだその言葉に、偽物たちが顔を見合わせる。




「ここで言うと思うー?」

「さすがにそんなに親切じゃないってば」



「貴方たちのくだらない話は、牢でならしっかりと聞いて差し上げますわ。

さっさと捕まってゲロって死になさいな」



「怖い!」

「怖い!」



「お黙りなさい」




たいして面白くもなさそうにアマリエが言い、チッと舌打ち。

イラっとしたのか、額にはえげつない程くっきりした青スジが浮かび上がっていた。



クラド王子が冷めた顔のまま手を降り、影たちに賊を囲ませる。

どこにそんな数が隠れていたのか、数十名にも及ぶ影が殺気を立ち昇らせて奴らを睨みつける。

賊は再び「げえっ!?」と呻いた。




「とりあえずここで確認しておくよ?

最近、どうもこの王宮で恋に浮かれている者が多くてね。異常なくらい!


…ライティーア王妃様の様子がおかしいのも、君たちのせいなのかなぁ」




ミッチェラもどきが偽アマリエの方を見やった。

偽アマリエは頬を搔いている。



「…そだね。

じゃ、それだけ教えてあげるね?

俺らは王妃様に何にもしてないよー。

むしろそれについては皆さんに感謝してもらってもいいくらい、ってね!」



「は?」




クラド王子の眉がピクリと動く。

じっと賊を睨みつけるものの、彼女?らはそれ以上は吐く気が無いようだ。

やれやれ、とでも言いたそうな小馬鹿にした表情で口をつぐんでいた。



…そっちがその気が無いなら、ムリヤリにでも吐かしてやろう。

奴らを囲む『影の者』たちに指示を飛ばす。




「生け捕りにして。

死なない程度なら傷付けても良し。

企みを吐かせた後、殺すよ。行け」



「「「はッ!」」」




ヴィレアの『影の者』たちが侍女を取り囲み、ロープ・鞭・鎖などを手に襲いかかる。

彼らとて、ミッチェラほど取り乱してはいないものの、内心怒りに燃えていた。

使用人に扮した自分たち『影の者』にも優しくて癒しとなりつつある、女神様が侮辱されたのだから。

許さん。

ヤる気は満々である。


アマリエは重い弓を構える。

ミッチェラも電熱線の鞭魔法というえげつない代物を創りあげ、奴らに向けて叩きつけた。




たまらないとばかりに賊の2人は逃げ出す準備にかかる。

こちらとて早業だ。



「まだ捕まる訳にはいかないんだなー」

「悪いね!」



ミッチェラに扮した方が、まず全ての攻撃を強固な結界で防ぎきる。

偽アマリエがニヤリと笑った。



「またね。

って、ネルとリィカさんに伝えておいて!」





カッ!と、目も開けていられないほどの強い光が影の者たちの視力を奪う。

一瞬だが、それは致命的な間だった。

再び目を開けると、そこに賊の姿は無い。



クラド王子は目を見張った。

のちに、ギリ、と奥歯を噛みしめる。


王子がアマリエを見やると、彼女は伝えたい事を即座に理解し、影たちに的確な指示を出す。




「…人が転移する魔法などはありませんから、これはまやかしです。

奴らはまだ、近くに潜んでいるはず。

探し出しなさい!


騎士ストラスも呼んで捜索に当たらせること。

野性の勘にも期待しましょう。

ミッチェラは…リィカ様の側で警戒に当たりなさい」



「「「はッ!」」」


「光栄ですわぁ!」




それぞれが持ち場に着くために、音もなくその場を去った。

ミッチェラが多少浮ついているのはいつもの事なので気にしてはいけない。



クラド王子は苛立たしげにその場を立ち去った。

実に不本意そうではあるが…

影のようなその手のプロで無い彼がいても、捜索の邪魔にしかならない事が分かっているのだろう。



アマリエ本人はこの場付近を徹底的に捜すようである。

2人のいた空間を睨みつけ、身体強化魔法を発動させる。




「…ヴィレア王国に手を出しに来た事。

地獄の果てまで後悔させてやりますわ!」




かくして、裏の顔を持つ者たちだけの間で、長い長い夜の追いかけっこが始まろうとしていた。




ヴィレアの影さんは優秀です。



読んで下さってありがとうございました!

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