侍女2人
泣き疲れた彼は、私の太ももを枕に眠っている。
すぅすぅと、一定の間隔で小さな呼吸の音が聞こえる。
可愛(略)
…随分と気を張り詰めさせていたみたいです。
時々、確かめるようにつないでいる手に力を込めるので、そのたび握り返して優しく治療魔法をかけてあげる。
安心したように頬を緩めてまた寝息をたて始めるので、私もふふっと笑って彼を見る。
お顔がこちらを向いているので、柔らかい表情のまま寝てくれているのが分かります。
良かった。
ホッと息をつく。
乳白の髪をさらさらと撫でると、心地いいのか頭をすり寄せてくる。
そんな仕草はまだまだ子供っぽくて、もっと甘やかしてあげたいなぁ…なんて、私の母性的なものがうずいちゃいました。
泣き始める前の彼との会話を思い出す。
貴方がこんなに頑張り屋さんなのは、最初はお母さんに認めて欲しかったからなんだね。
一番とまではいかなかったけど…ライティーア様は、「ネルも好き」ってちゃんと言っていたよ。
貴方がしていた努力は、確実にみんなの心に響いてる。
敵は多いんだろうけど、味方もいるもの。
アマリエさん、リーガさん、ミッチェラさん、ストラス君、騎士さん達、お兄さん達もね…私が知ってるだけでも沢山の人が貴方を好きなんだと思うな。
もっともっと、貴方に優しい人が増えるといい。
…妻のポジションは他の女の子には渡せないけどね?
コンコン、と扉がノックされた。
ネル様を起こさないように、小さめの声を魔法の風にのせて届ける。
お夕飯、なのかな?
まだちょっと時間が早いけど…?
「どうぞ。
気をつけて、静かに入って下さいますか?」
「「失礼致します」」
現れたのはアマリエさんとミッチェラさん。
慣れない人じゃなかった事に安心した。この状況でネル様に悪意を持ってるメイドさんとかに来られても、困るもん。
音も立てずに扉が閉められた。
2人に笑顔を向ける。
ん?
アマリエさんが一瞬硬直したような…?
気のせいかな。
「今、ネル様がお休みになっているので。
わざわざ『静かに』なんて言っちゃってすみません」
「とんでもございませんわ。
万が一、起こしてしまうという事も無いとは言い切れませんから。
リィカ様のお心遣いは大変立派だと思います」
「そうですよぅ!
…それにしても王子殿下、よく寝ていらっしゃいますねー」
「お疲れだったようなので治療魔法をかけました。
よく休めるよう、睡眠効果をプラスしたのです」
「それはまぁ、また…」
「ふぁー。ハイレベルな魔法ですわねー!」
アマリエさんミッチェラさんが、驚愕の表情でまじまじとネル様の顔を覗き込む。
うん、熟睡中。
起きる気配はまるで無いね!
睡眠効果って珍しいのかな?
あんまり使いすぎない方がいいかもしれませんね。
トンデモ高魔力な魔力玉もそうだけど、魔法で無暗に注目は浴びたく無いのです。
腹黒い野心家な人に目を付けられても困りますから。
…今更な気はするけど。
「ええと、もうお夕飯の時間なのでしょうか?」
「いえ、まだなのですけどね。
王子殿下があまりに参ってる様子だったので、心配でして」
「チラ見しに来たのですわあー」
「なるほど、そうでしたか!
ご足労ありがとうございます。
どうやら落ち着いてくれたみたいです…」
私以外にも、ネル様を心配してくれる人がちゃんといる。
嬉しくなってエヘヘと笑うと、ミッチェラさんはうっとりと頬を染めあげて「聖女さま…」って呟いた。
聖女って新しいですね?
アマリエさんはまたも硬直して、ちょっと顔を引きつらせている。
…えーと、もしやブス笑顔の破壊力が上がってたりしないですよね?
泣ける!
笑顔を消して心配そうな表情でアマリエさんを見ると、彼女は目を見張って私を眺めた。
そしてゆっくりと微笑む。
「良かったですわ。
リィカ様が思いやりに溢れた愛情深い方だからこそ、王子もここまで心を許しているのでしょう。
貴方の側だと、とても安心されているようですね。
ふふ、よろしかったら王子殿下をどのように愛していらっしゃるかお聞きしても?」
「わあああ!
私も聞きたいですぅ、リィカ様ぁ。
王子殿下のこと、どんな風に愛しく思っていらっしゃるんですかー?
お話して下さい。
ミッチェラ、ドキドキしちゃいます!」
「ええええっ……!?」
ま、まさかそんな事を要求されるとは!
予想もしていませんでした…
ぷしゅぅ、と顔が真っ赤になる。
普段から好き好き愛してるって人前だろうが言っちゃってるし今更だけど、改めて面と向かって聞かれると照れちゃいますね?
2人はじっと私を見つめてくる。
…よろしい。
ならば皆で照れようではありませんか!
「そこまでおっしゃるのなら…どうぞお聞きください!
私のネル様に対する愛!恋!途中で恥ずかしくなっちゃっても、知りませんよ?」
「は、はい」
「楽しみですわぁーー!」
テンション上げて上げて、アマリエさん!
さっそく照れてきちゃうじゃないですかー!
ミッチェラさんは凄くキラキラした目でこちらを見つめてきます、美人眩しい!
ふっきれた私に怖いものなど何もない。
元より、旦那様への愛は激重なのです。
さあ心してお聞き下さい!
~~初めてネル様を見た時のとんでもない美貌に対する衝撃。告白をされてとても嬉しかった事。
美しくて優しくて誠実な面に日々惚れなおしてて、パートナーはもう彼以外には考えられない事。
好き好き好き好きホント愛してる!
さっきネル様に「離さない」ってまで言われて、速攻で「喜んで!」って答えた事まで何もかもが幸せ。
…ベラベラベラベラ、沢山しゃべっちゃいました。
ネル様が素敵すぎて口が止まらなかったのです。
うん、彼のせいだな。
2人が口をあんぐーり開いてるのは彼のせいだ!
彼の素晴らしさを再認識して驚いているんだな、うんうん。
もはや毒を食らわば皿まで。
恥ずかしくなんかない。
愛を、誇るべし!
緩みきった表情のまま、えへんとたいして無い胸を張る。
デブのくせに胸はふつぱいってどういうことなの…ミッチェラさんのナイスなボディが羨ましいわぁ…
自信満々に言い切る!
「ネル様大好き!」
彼の事を考えるとどこまでも幸せになれるの。
私、今すっごく笑顔になっちゃってると思う。
「きゃあああああああーーーっ!」
鼻血がーーーーーーーッ!?
私以上に顔を真っ赤にして、鼻血を出しつつ倒れるミッチェラさん。
うそ、大丈夫!?
アマリエさんが大慌てで彼女を抱きかかえる。
どうやら気絶しているらしいです。
なんか、すみません…?
彼女が白目を向きながらも幸せそうに笑っているのを見て顔を引きつらせたアマリエさんが、焦ったように私に言う。
「ど、どうやらミッチェラはリィカ様の可愛らしさに感動してしまったようですわね。
気絶するとは…まったく…!
リィカ様。
大変申し訳ありませんが、ミッチェラを少し休ませて来てもよろしいでしょうか?
給湯室に連れて行きますわ。
お夕飯の準備もしてまいります」
「は、はい。
ミッチェラさんが起きたら、お大事にって伝えて下さい。
美人さんのお鼻に何かあったら、大変ですよね。
……私の発言のせい、ですよね?
うう、すみません」
「謝らないで下さいまし。
当てられて勝手に倒れたミッチェラが悪いのですわ」
アマリエさんは「彼女へのいたわりのお言葉、ありがとうございます」って頭を下げて、ミッチェラさんをお姫様だっこすると、軽めの一礼をした。
長いスカートの裾がうっかり床についてしまう。
今まで完璧なスカートさばきを見せていたアマリエさんが、珍しいなぁ。
お姫様だっこ+一礼はやっぱり難しいのかな?
ぼんやりとそんな事を考えた。
アマリエさんは扉の前で、再び私をじっと見る。
「リィカ様。…これからも、王子殿下と夫婦でありたいと思っていますか?」
「?もちろんです。
彼の隣にいて恥ずかしくないよういっぱい勉強して、頑張って、支えになれたならいいなって思っています」
「貴方自身を危険に晒すことになっても?」
「はい。それでも、です!
大好きなの」
「…そうですか。
…こんなに想われて、王子殿下は幸せ者ですわね」
アマリエさんは一瞬、フッと泣きそうに微笑んだ。
………?
声をかけようとしたけど、扉はすぐに閉められてしまう。
ネル様に膝枕をしているので、追いかける事は出来ませんでした。
どうしたんだろう…?
された質問と泣きそうだった表情との関係が分からなくて、もんもんとしてしまう。
なんだか落ち着かなくて、とりあえずネル様の髪をサラサラと撫で始める。
寝呆けながらもふにゃんと微笑まれて、また悶絶した。
読んでくださってありがとうございました!




