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泣く青薔薇

(2/16//ネルとリィカ)


挿絵(By みてみん)


部屋には2人きり。

いつもならネル様といられる事が嬉しくてたまらないはずなのに、ひたすら空気が重い。




私、なんて言葉をかけてあげたらいい?

王妃様の時のように言葉の選び方を間違えて、更に傷付けてしまったらどうしよう。

かといって薄っぺらい慰めの言葉なんかじゃ彼を癒せないなんて、分かってる。

どうしたらいいの…?



ボロボロ涙がこぼれてくる。

私が泣いてどうするのよ。

でも、今は嗚咽を漏らさないように口を結ぶのが精一杯。




後ろから抱きしめてくれていたネル様の腕が動いて、指先が私の涙をすくっていく。


彼の方の震えは、いつの間にか止まっていたようだ。

私に触れる指先は、どこまでも優しい。

何度も、何度も、目から涙がこぼれた瞬間にすくい上げられて、それは彼の指を濡らしていった。




泣きたいのは貴方の方だろうに…

なんとか、身体をひねって彼の顔を見上げた。

眉を困ったように下げながら、私を落ち着かせるように優しく微笑んでいる。




こんな時までも私を気遣ってくれるの?

泣いてる私が言えることじゃないけどさ。

どうして今この状況で、そんな表情が出来るの……貴方は急いで大人になりすぎだよ…!





辛くないはずないのに。

よく私の前でも泣いてるじゃない、今こそ泣いてしまっていいのよ。



こんなのダメだ。

…私が泣き止んで、ネル様を甘やかさねばならぬ!

ならぬのです!



私を気遣ってくれる前に、悲しい時は甘える事を覚えて。

貴方はまだ18歳なんだよ?



とりあえず涙を止めるため目をこすろうとすると、でもスッと彼の手に絡め取られてしまう。




「ねぇ。リィカ。

この涙は、貴方が私の気持ちを心配して流してくれている涙。

そう思っていいですね…?」



「………ッ!」




情けない…

こくこくと頷くことしかできない。

口を開きかけたら、また嗚咽が漏れそうだったのです。



そんな私を見て、微笑みを深めるネル様。

涙に濡れた指先を自分の口元に持っていって、滴ったしずくを舌先でテロリと舐めた。

ちょ…ッ!

その時見えた舌の鮮烈な赤に、視線が釘付けになってしまう。




彼は私から目を離さない。

ゾクリ、とした。




「貴方が私のために流してくれた涙だから、私のものですよ?

本当はリィカの瞳にそのままキスしてしまいたいけど、我慢しますね」



「にぇ、にぇるさま……!?」



「おや、可愛い。

もう一度!」




確実に闇属性。




「………ッねる!」



「なーに?

恥ずかしがっているんですか?

ああ本当に、私の妻は可愛いすぎますね」




クスッと笑われる。

こんな時にそのテンションはなんだ。



…恥ずかしい、正解。

涙を舐められるとは思ってなかったですって。

思わず噛んだわ。



軽い口調で話しているのに、彼の瞳はどこまでも静かな光を宿したまま。

けして揺れない。


さっきまで見てた瞳に…そっくりだと思った。

国王様を語る時のライティーア様と同じ。

彼女とネル様が重なって見えた。

親子だ…

あのむせるようなオーラ、濃ーい赤色の愛情を思い出す。



びっくりしちゃって一瞬涙が止まった私の頬を、ネル様は両手で包み込んだ。

その時に腕の拘束がとかれる。

でもその場から動こうとは思わなかった。


惚けたように彼を見る。





「絶対逃がしてあげない」



「!」



「リィカ。

私はもう手放せないんです。

貴方が他の人を望もうが、私を怖がろうが、逃がしてあげられない。

絶対いやだ。

貴方は私の愛しい人」



「……ネル」



「私は貴方を誰より愛してますよ?

貴方もどうか、何より誰より私を一番に愛して。

もっと、もっと、好きだって言って聞かせて下さい。

…お願いですから…」




すがる声。

最後は、消え入るように。


さっきアマリエさんに叱られて落ち込んでた時なんて比じゃない、もっと重くて切実な声です…。

切実すぎて、痛々しい。



それは召喚の儀の時に聞こえた声音によく似ていた。

私と彼とがお互いに願いあった時の、あの声。




『ーーーどうか、私を愛してくれる人がほしいです』





………。



声を少しつまらせ一生懸命に話す彼は、それでも大きな瞳から涙はこぼしません。

ひたすら、吸い込まれそうな空色の瞳が見つめてくる。



血の繋がった実母から愛情に差を付けられてて傷ついて、その心を癒すために彼がもっとも望んでいる言葉。

望んでいる者。


ネル様。

それは…ーーー私なの?




それでいいの?

貴方を慰められる…?



ネル様は苦しそうにこちらを見つめて来るけど、……ひたすらウェルカムなのですが。



そんなの。

どれだけだって何度だって貴方にあげる。今更だよ?


暗殺者が来ようが他の人にアプローチされようが、私が選ぶのはずっと貴方だけ。

同じ気持ちだよ。





「…好き好き好き好き好き大好き、愛してる愛してる愛してる」



「!リィカ…?」



「好き好き……まだ、言おうか?

私の愛情はこの程度じゃ収まらないよ。

まだまだもっと、ネルの事が大好きなんだから」



「………!!!」



「ね、聞いて。


私の一番はネルです。

誰より大好きで愛してるの。

離さないなんて、こっちから是非お願いしたいくらい。

離れたくないです…好き。


これからのネルとの結婚生活、楽しみにしてるんだから」




これで安心してくれる?

今度は間違わずに言えた?

この言葉の本気が伝わるといいな。

貴方を一番に想う人間は、ちゃんとここにいるよ。



ネル様は唖然と口を開く。




「夢みたいだ…

こんな重くて暗い気持ちまで受けとめてもらえるなんて、正直、思ってなかった」



「ええ、私の愛情まで重すぎるみたいじゃない…?

やめてよ。

いや重いけどさ」




ほんと超重量級ですみません。

改めるつもりはない。




「ねぇリィカ。好きです」


「私も」


「一番に?」


「うん」


「幸せだ…」




親の愛情は特別で、私はそのものをあげることは出来ないけど、恋人として誰より貴方を想ってるよ。

それでちょっとは、貴方の心の悲しい隙間が埋まるといいなぁ。


私も幸せ。

こんな風に貴方を愛せて、愛してもらえて嬉しいです。

ありがとうネル様。




そっと彼の手に触れた。

手のひらは、まだまだ冷たい。

こんなに凍えてたら心配しちゃうよ?

あっためてあげなくちゃ、ね。




「そこのソファにいこう、ネル」


「?」


「身体冷たいから。

もふもふの毛布もあるし、あっためようよ。

…膝枕でもしましょうか?」


「!?」


「お姉さんは貴方を甘やかしたい気分なのです」




言ってしまった!

いーっぱい甘やかしちゃうんだからね!



誘うように腕を引くと、ネル様はそのままふらりとソファに移動する。

だ、大丈夫?

私はベッドから毛布を持ってきて彼から少し離れて座る。

ポンポン、と太ももを叩いて彼を見ると、ポスンと頭が落ちてきた。


さらさらの乳白の髪が頬にかかって、横を向いている彼の表情を隠してしまっている。

でもね、耳が真っ赤なのが見えちゃってますよ?

ふっふっふ。

これで可愛いって言われたくないなんて言うんだから、困っちゃうよねぇ。

このツンデレめ。

(※いやヤンデレです、というツッコミは無しでお願いします)




毛布を足までかけて、一定のリズムでトントンと彼の肩を叩く。

もう片方の手では髪を撫でる。


うっわ、指の間から髪がすり抜けるたびにキラキラして目に眩しい。

オパールみたいな七色の輝き。

白い髪は魔力底辺の証だから嫌いだって言ってたけど、こんなにキレイなんだから美しさだけで十分価値があると思う。



ポツリと、彼が話し始めた。





「…私が色々と頑張ってきたのは、母上に私を見て欲しかったからなんです」


「!……うん」


「今はそれだけじゃありませんよ?

でも、最初は本当にそれだけだった。

彼女は私を産んだことをずっと後悔していたから、なんとか『産んでよかった』って思ってもらいたくてですね」


「うん」


「勉強しまくって王族学校も飛び級首席で卒業したし、アマリエとガチ戦闘して武術も極めました。

そしたら母上は笑ってくれるようになった」



「うんうん。

ガチ戦闘とか何やってるの怖すぎる。

自分の身体は大切にするんだよ?」



「以後気をつけます。

…それでですね、笑いかけてくれるようにはなったけど、兄上の方が愛されてるのは今更なくらい分かってました。

…でも今日、直接話しているのを聞いてしまったら」



肩がピクッと震える。

撫でる手を止めて、きゅっと頭を抱きしめた。




「すごく、辛かった」




ようやく声に出して言えたね。

お疲れさま。


ネル様の喉が小さく何度も鳴る。

しゃくりあげて、それを必死に堪えてるみたいで、もう身体の震えは止まらなかった。




静かな部屋には私たち2人だけ。

どれだけでも泣いて下さい、旦那様。

私しかいませんもの。

つ、妻ですからね。



この部屋から出たら彼はまた、いろんな人の嫉妬や悪意に晒されてしまうのでしょう。

ライティーア様の滲ませた拒絶の感情もそうだし、暗殺者なんてのも来る…んだと思う。

優しい貴方が傷つかないはずないですよね。



どうか今だけは何も考えずに私に甘えていて下さい。

白い髪も何もかも、大好き。




彼の嗚咽が収まってきた頃を見計らって、私は髪飾りをはずして魔法をかけた。

手のひらサイズの小さな青い宝石はみるみるその姿を変えて、瑞々しい見事な1本の青薔薇へ。

宝石を薄く削ったような硬い花びらの造花だけど、今の彼にはこの枯れない花がピッタリだと思う。



ネル様が鈍い動作で、現れたそれを見る。

彼の手に青薔薇を握らせて、私も自分の両手のひらを添えた。




「私のいた世界では、青い薔薇は存在しませんでした」



「!…そうなんですか?

ヴィレア王国では、ありふれていますよ」



「うん、よく見るもんね。

青薔薇、ネルの誕生花なんでしょう?

青薔薇の地球での花言葉はね…

『神の祝福』と『奇跡』なんだよ」



「………!?」



「みんなが貴方を待ち望んでいたの。

青い薔薇が見たくて見たくて、ずっと会いたくて、何百年も品種改良が行われている。

まだ出来上がって無いけどね。

私も楽しみにしてたの…いつか青い薔薇と出会うのを。

こっちの世界で見つけちゃった。


ネルシェリアス。

産まれて来てくれてありがとう!

青薔薇さんに、会えて嬉しいです」



「……ーーーッッ!」




膝の上にいたネル様はくるりと振り返り、上体を起こした姿勢で私を思い切り抱きしめた。

力が強くて苦しい程だけど、ガマンガマン。

まだ続きがあるのです。


彼の耳元に唇を寄せる。




「1本の薔薇にも意味があるのよ?

『あなたしかいない』『一目惚れ』なの」



「~~~~~!!?」





いつもの色仕掛けの仕返し?

ふふふ、内緒です。



今度こそ彼は大きく喉を鳴らして、全身を震わせながら泣きはじめた。

私はずっとネル様に寄り添っていた。



泣きを落ち着かせておいてから号泣に持っていかせるリィカ様(笑)


ラブラブとはいいものですね。


読んでくださってありがとうございました!

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