王妃様と
『お茶のお誘いでございます。
本日の午後3時より、ライティーア様の部屋へといらして下さいませ。
カグァム・リィカ様お一人へのご案内でございます。
急な話ですので、都合が悪ければ諦めるけれど、もし来てくれるならとても嬉しい…と伝言を預かっています』
………。
****************
こんにちは、麗華です!
応接間に現れたメイドさんが告げたのは、王妃様からのお茶のお誘いでした。
なぜか私一人をご指名との事。
不思議な誘い方に、王子様たちが怪訝な顔をしていたけれど、私がソッコーで「行きます!」って言っちゃったから参加は決定してしまいました。
メイドさんはそれを聞くと、お辞儀をして去って行く。
部屋にこもりがちな王妃様が、息子抜きのお茶会を開くのはとても珍しいそうです。
それに、わざわざ一人でって指定があるのが気になるのかな?
ネル様が心配そうな表情をしている。
大丈夫、と彼に微笑む。
だって、いつかこういう時が来るかもって覚悟してた。
前回の顔合わせの時。
彼女が私を見た時のオーラはドス黒いピンクで……強い嫉妬の色だったの。
王妃様が私に嫉妬の感情を向けるって事は、きっとネル様との婚約に納得していないんですよね?
だったらきちんと話さなくちゃいけない。
逃げちゃダメ。
彼に相応しくなるよう頑張るからって、愛してるんですって伝えるの。
こんな醜い私だから、お義母さんに受け入れてもらえるかは分からないけど…
でも何もしないで諦めたくない。
ネル様が私に好きって言ってくれる限り、私は恋心に素直になるって決めましたから。
目の前には、ライティーア様のお部屋の扉。
ここにいるのは私一人。
覚悟を決めると、背筋がスッと伸びる。
コンコン、とノックした。
不屈のブスが参ります!
****************
国王妃ライティーアの部屋。
いつも比較的ひとりを好む彼女の部屋には、息子の婚約者たるカグァム・リィカ嬢の姿があった。
今日も彼女は美しい。
漆黒の髪をふわりと結い上げ、桃色のドレスに身を包んだ姿はまるで妖精のようだ。
顔の造りもすばらしく整っていて、あまりの美貌に王妃ライティーアはほうっと息をついた。
ライティーア妃も確かに美しい女性だ。
しかしその身体は病気の影響からかほっそりとして、歳もあり肌にはシワが見られる。
若くみずみずしいカグァム嬢の美貌を眩しそうに見やる。
今日は2人きりのティー・パーティ。
小さなテーブルには可愛らしいカップに入った紅茶、焼き菓子などが揃えられていた。
お茶を淹れ終えた侍女が一礼して、部屋を去って行く。
ライティーア妃はニッコリ笑って、カグァム嬢を見た。
「いらっしゃい。
息子の可愛らしい婚約者さん。
今日は来てくれてありがとう。
たくさんお話、しましょうね!」
・
・
・
「まあ!
それでは、ネルったら貴方に会ってすぐにプロポーズしたの?
随分思い切ったことをしてたのね!
ふふ、その場にいたかったわ」
「うう…今思い出しても照れてしまいます。
堂々とプロポーズをしてくれたネル様が、本当にかっこよくて。
もう一瞬で惚れてしまいました!」
「い、一瞬で?
すごいわ。カグァムちゃんって意外と情熱的なのねぇ。
長男のグリドも情熱家だから…仲良くなれるかもしれないわね?」
「情熱的というか、ネル様が素敵すぎて惚れざるを得なかったといいますか…」
「ネルが?
確かに勉強も武術もとっても良く出来る子だけど。初対面で分かったの?」
「お恥ずかしい話ですが最初は単純に見た目に」
「ネルの見た目に惚れたの…!?」
「わわっ!?」
がばっと身を乗り出し、顔を驚愕の色に染める王妃。
カグァム嬢がその形相にビビる。
冷や汗ダラダラである。
カップの中に入った紅茶が波紋を広げて揺らめいていた。
ライティーア妃は、自分でも予想外の行動をとってしまっていたのか、ハッとした顔をして椅子に座り直した。
顔を赤らめて小さくなってしまっている。
カグァム嬢は困ったように眉尻を下げていた。
「えっと…容姿に惚れるだなんて、浅ましくて、身のほど知らずですみません!
そこは本当に申し訳なく思っております」
「浅ましいどころか、ひたすら慈悲深いと思うんだけど!?」
「えっ?」
「えっ!」
再び身を乗り出してしまう王妃。
学習しない。
衝撃が過ぎたらしい。
噛み合っているようで認識の齟齬がヒドい会話だ。
お互いの美醜の価値観について確認しあっていないので、こういうややこしい事が起きるのだ。
王妃はところどころにグリド王子の話題をぶっこみ、カグァム嬢は巧みにスルー。
そしてネル王子についてノロケる。
「………。」
「………。」
しばらくの沈黙。
天然気味な攻防を続けたあとではあるが、カグァム嬢がついにカードを切った。
真剣な表情をして、ライティーア妃を見やる。
「…ライティーア様。
私、こんな見た目なので、ネル様には相応しくないと分かっております」
「うん。
お似合いの見た目では、ないよね?」
「……ッ、はい。
でも、彼の事を愛しています。
彼が望んでくれる限りは…こんな私だけど側にいたいと心から思っています」
「………。
素敵ね。
貴方の恋心、とっても素敵だと思う」
「!
ありがとうございます!」
「愛の国ヴィレアの者として、私も応援したい気持ちになるもの」
「わわ、ええと…これから頑張って学んで、彼の隣に並んでも恥ずかしくない女性になれるよう尽くしたいとーーー」
「でもやっぱりダメよ?」
「!?」
カグァム嬢が青くなって言葉を飲み込む。
目を見張ってライティーア妃を見ると、彼女は驚くほど静かな目で見返してきていた。
先ほどまでの柔らかな雰囲気は感じられない。
…オーラ魔法を使わなくても、分かる。
今の彼女は、昨日と同じドス黒い嫉妬の気持ちに支配されているのだろう。
指先ひとつ動かせない。
否定の言葉はカグァム嬢にとって、とてもショックだったようだ。
ライティーア妃がその麗しい唇からフッと息を吐いて、諭すように優しく、恋に狂う少女へと言葉をつむぐ。
その声は、彼女を正しい道に導いてやるのだと言わんばかりの慈愛に満ちたものだった。
………。
「ね、カグァムちゃん。
私、貴方のことが好きよ。恋に一生懸命でとっても可愛い。
そんな貴方にだからこそ言いたいの。
ネルのことは諦めなさいな」
「………ッッ!!」
唇を噛みしめる、カグァム嬢。
目線はライティーア妃からそらさないものの、うっすらと涙をにじませていた。
そんな彼女を痛ましげに見やる王妃。
「貴方のことをいじめたい訳じゃないの。
本当よ。
でもネルには敵がとても多いの、知ってる?」
「敵ですか…?」
「王を支える者として、国を豊かにするために交渉事には手を抜かない。
貴族たちの不正を正すのも、ネルのお仕事。
だから、仕事でも容姿でも、ネルは好かれない事が多いの。
何度も暗殺されそうになって、武術で相手を返り討ちにしてるのよ。
カグァムちゃんの世界は平和だったんでしょう…?
そんなネルの側にいるのは、きっとつらいわ」
…カグァム嬢は無言だ。
顔を青ざめさせて、肩を震わせるばかり。
人生で初めて耳にした『暗殺』などという物騒な単語に、怯えてしまっているようだ。
本能が『怖い』と叫ぶ。
恐れを振り払いたいのか、小さく左右に頭を振った。
「グリドにしておきなさいな」
「!」
「もうじきグリドは王になるわ。
人に好かれてて、支持も厚い。
常に護衛と魔道具に守られてもいる。
貴方とならきっとお似合いな夫婦になれるわ?幸せにしてくれるはずよ」
「でも!」
「グリドも貴方のことを好きになっているみたいだし」
「!?」
どうかしら?と言って、ライティーア妃が微笑みながら小首をかしげた。
自分の提案が受け入れられるものだと思っているのか、自信に満ちた表情だ。
カグァム嬢は目を見張って驚いている。
あのブラコンなグリド王子が自分に惚れている?
とりあえず置いておこう。
それより…
折れそうな心を叱咤して、かすれる声で言葉を口にする。
「…ライティーア様。
本音で、話して下さいませんか」
「!?」
「私たち日本人は、空気を読んだり相手の顔色を伺うのが得意なんです。
貴方は本音では話していないと思います…。
私がさっき伝えたネル様への気持ちは本気です。
ライティーア様の本気の言葉を、どうかお聞かせ下さい!」
オーラも見ましたけど、ここは秘密で。
カグァム嬢の視線はまっすぐにライティーア妃に向けられていた。
恋に燃える者の目だ。
どこまでも光を吸い込むような漆黒の瞳は、澄み切っている。
………。
これはこれで、本音の言葉でもあったんだけどもな。
もっと奥に隠した気持ちにまで気付かれちゃったら、しょうがないか。
ライティーア妃は…すっと目を細め、言い切った。
「さっきのも本音ではあったのよ。
それ以上ってなると、愚痴にしかならないのだけど。
聞いてくれるの?」
「……はい」
「私、ネルよりグリドの方が大切なのよ」
静かな言葉だった。
ああああコメディしたい!
ラブコメぇ!
読んでくださってありがとうございました!




