魔法教室/制御
前回が単純なコントだったので、今回はしっかり魔法について考えてみました!
ヴィレア王国の応接間では、ネルシェリアス第四王子による魔法教室が開かれていた。
落ち着いたベージュと栗色をベースにした室内には、観葉植物や生花と一緒に、魔力玉作成機も置かれている。
作成機はパイプオルガンのような見た目の大きな魔道具だが、この広い室内においてはスペースの邪魔になることもなく、むしろ応接間を優雅に彩っていた。
最初からそこにあった装飾品のようにさえ見える。
なぜか2日前よりも鍵盤が一つ増えており、真新しい『1/1000』のキーが存在していた。
前回と同じく黒板があり、『王子直伝魔法基礎書2』と書かれた冊子が皆の前に置かれている。
黒板の前にネル王子が立ち、チョークもどきで図を書いていてまさに授業中のようだ。
生徒たちは椅子に座って、真面目に先生の方を見ていた。
人数は増えており、生徒の数は5名である。
クラド王子は予定になかったが、いつの間にか紛れ込んでいた。
ネル王子が言葉を詰まらせることもなく、朗々と話している。
キャスター並みである。
今日の授業は「よく分かる魔力制御について/~燃費よく魔法を使いましょう~」だそうだ。
「魔法にも燃費というものがあります。
魔力の扱いに慣れていないと、魔法を使う際に必要以上の魔力を消費してしまい、効果が長続きしないのです。
具体的に説明します。
まず、身体強化で例えましょう。
おおざっぱな魔力制御のまま術を使うと、強化したい部位の付近からもじわじわと魔力が外に漏れだしてしまいます。
漏れ出した魔力は本人の力にはならず、自然に還元されてしまうので、魔力制御をしっかりした場合に比べて術の継続時間が短くなってしまいますね。
強化の強度が下がる場合もありえます。
逆に、制御をしっかりした場合。
魔力は、身体の内側から皮膚までをしっかり強化し、外に漏れ出したりはしません。
単純に硬さのみを求めた場合、魔力を注ぐ量にもよりますが岩と同じくらい硬くすることも可能です。
身体強化以外の魔法についても同じ事が言えますね。
炎の魔法を使った場合なら…
制御の甘い魔法であれば、薄い赤の温度の低い炎で、周囲にも熱が拡散します。
しっかり制御し魔力を込めると、炎の色はだんだん赤から青、白に変わり温度も上がっていきます。
熱も拡散せず、炎の範囲内しか熱くなりません。
…このように。
魔力制御とは魔法師にとって、とても重要な技術だと言えます。
燃費の点以外にも…先程述べた、炎など攻撃にも使える魔法の場合、拡散すると大変なことになりますね?
これも問題です。
濃い髪色を持つ人ほど魔力制御に力を入れるように言われるのは、これが大きな理由なのです。
魔力制御はエルフ族が最も得意としているところです。
アマリエ」
「はい」
すっ、と侍女長が音もなく立ち上がる。
ネル王子の模範のような先生っぷりに、ひどく満足そうな表情を浮かべている。
エルフ=侍女長と聞いて、カグァム嬢がキラキラした眼差しで彼女を見ていた。
その様子に、ネル王子はクスリと笑う。
「皆さんは彼女自身の魔力の流れを見逃さないよう、気をつけていて下さいね。
アマリエ。
身体強化魔法を、腕、脚、全体とかけていって下さい。
貴方なら完璧な魔力の制御ができるでしょう」
「お任せ下さいませ」
侍女長が軽くお辞儀をした。
皆が見やすいよう、彼女の腕が頭より上に掲げられる。
生徒たちは見逃すまいと目を見張って彼女を見ていた。
できるだけゆっくりと、的確な量の魔力が腕へと送られていく。
最初にアマリエの心臓のあたりに魔力が渦を巻き始めた。
必要量に絞られた魔力は血管をゆるゆると通っていく。
呼吸のリズムに合わせて、無理なく、血の流れを妨げる事なくというのがポイントのようだ。
血流に対して逆の方向に流れていく魔力は見られなかった。
腕まで辿り着いた魔力は、そこで血管から滲み出て筋肉や皮膚にしみこんでいく。
すると腕の魔力密度が上がり、そこは青紫のオーラに包まれていったのだ。
身体強化魔法、完了である。
ネル王子が無言で正方形の立方体を持ってきた。
丈夫なことで有名な、ダイヤモンド木材である。
この正方形を切り出すにも、何枚ものノコギリ歯の命を散らせた、木材の中の木材。
まさにダイヤモンドと言う呼び名がふさわしい逸品だ。
侍女長の前に置く。
2人が目を合わせ頷く。
木材vs侍女長だ。
その木材に向かって、気合い一発!
我らが侍女長が木材ごときに負けるはずも無いですね。
侍女長の綺麗な一撃をもらった木材は、ぱっかーーん!と真っ二つに切断された。
ダイヤモンド?笑止!
ミッチェラが思わず頭を押さえて恐れおののく。
侍女長の身体強化魔法は見事なものだった。
振り下ろす瞬間にも魔力が完璧に制御される。
おそらく、長年の経験とエルフとしての血が無意識にそうさせているのだろう。
それぞれの動作で、一番つかう筋肉にのみ、瞬間的に魔力が移動していた。
木材に手が当たる刹那には、チョップの形になった手のひらの側面に、えげつないほどの魔力が集まっているのが見えた。
生徒たちから、おお…!という歓声が上がる。
そのまま、今度は脚に身体強化魔法をかけ新たな木材にカカト落としを一発。
美しいフォームだ。
またもや新品のダイヤモンド木材がぱっかーーんである。
さっすがー!
最後に身体全体に魔力を張り巡らせる。
魔力を視覚できるようになっている生徒たちには、まるで生身の人体模型が目の前にいるように見えていた。
侍女長の技術にかかれば、全身の血管のみに魔力を流すなどわけないのである!
あまりのリアルさに、実は繊細なグリド王子が、喉に手を当てて気分が悪そうにしている。
イケメン(ヴィレア視点)ゆえの、温室育ちの弊害だろうか。
彼はグロいものに弱かった。
は、吐きそう…!
カグァム嬢の視線が「ふっ…この程度で吐きそうなどとは、ライバルよ情けないな!」と語っていた。
言葉には出していないが、気持ちドヤ顔に見える。
日本育ちのゲーム好きインドアな彼女は、グロ耐性が高かったのである。
グリド王子、あわれなり。
誤解されてる件についてもね。
身体強化を終えた侍女長は、優雅に一礼をとる。
スカートの裾の揺れが最小限におさえられた、プロメイドの技である。
すました顔に見えるが、その目は気の毒そうにグリド王子を見ていた。
ミッチェラも同様の視線を送っている。
まさに「あーあ、無理して魔法教室に参加しようとするから…」である。
まあ、人体模型風の人間など見せられなんて予想もできなかったに違いないが。
その視線と兄の様子がツボに入ったのか、肩を震わせ爆笑の準備にかかるクラド王子。
収拾がつかない。
「もう…グリド兄上は相変わらず繊細ですねぇ…」
ネル王子が、ふぅ、と息を吐き、兄にハンカチを渡してやっている。
万が一の惨事が起こらないためである。
呆れた表情だ。
次期国王、兼憧れているイケメン兄上に、あまりみっともない姿を見せて欲しくなど無いのだが。
最近兄をあおっているのが自分である自覚はあるけどね。
…こんなんだが、ネル王子は兄上を確かに尊敬し憧れているのを忘れてはいけない。
愛情が黒い?
まさかね!
プロも唸る美しい出来のハンカチ。
余談ではあるが、ハンカチについている凝った花の刺繍は彼の自作だった。
ハンカチを受け取るグリド王子の姿を見て、カグァム嬢の視線がさらに冷たくなる。
クラド王子の腹筋が今度こそ崩壊した。
お兄さん、ごめん!
ネル様の兄に対する態度がアレなのは、普段から国の政治家としてトップに立つ彼にお小言を言っているので、それがプライベートにも出てきているんですね。
兄弟仲はいいので、じゃれあいと思って頂けたらと思います。
リィカさん関係ではガチの対応ですが。
読んで下さってありがとうございました!




