10才のある日
10月17日。日曜日。
私はみかん狩りに来た。
10才になって、初めてのみかん狩り。
私は母に連れられて、どこか知らない場所へ来た。
そこから、バスに乗って、竹の中を歩いた。
着いた先にはみかんの木がたくさんあった。
初めて見る景色に戸惑った。
けど、そんなのはすぐに慣れた。
それは、みかんの木なんかよりも見慣れないものを見たからかもしれない。
男の人がこっちに寄ってきた。
色褪せたシャツとジーパンと軽そうな上着を着ていた。
お母さんが、この子が~って、私のことを話しているみたいだった。
誰に?
おとうさんに。
私は、嫌われたくないと思って、一生懸命に「こんにちは」をした。
「なんか嫌だ」と思いながら。
おとうさんは、男の人という感じがした。
そして、「お父さん」を知らない私から見ると、おとうさんは
とても、お父さんみたいだった。
すぐに家族の一員みたいになったし、お母さんのことも
よく理解しているみたいだった。
みかんを取るのも、正直、上手とは思わなかったけど、
別にわざわざ無理して取らなくてもいいのに。と思うようなところのみかんまで、
頑張って手を伸ばして取っていた。
そんなことを思っていると、おとうさんが足をすべらせた。
お母さんが腕を支えて、「大丈夫?けがしてない?」って、心配そうに聞いていた。
でもそれは、私がこけた時とか、お腹痛いって言った時とかとは違う、
ちょっと色っぽい聞き方だった。
算数風に表すと、
(優しい+心配+お母さん)-(お母さん)+(女の人)=今のお母さん
みたいな感じだった。
理由は分からないけど、お母さんを、おとうさんに取られちゃうような気がして
私はまだ、おとうさんに構っているお母さんの腕をぎゅっとつかんだ。
みかん狩りに行った先で、私は初めて、焼きおにぎりを食べた。
おとうさんが好きだって言っていたから、一口だけ、味見させてもらった。
おとうさんが、おいしい?って聞いてきたから、うん。とだけ答えた。
嫌われたくないと思ったけど、うまく話せなくて、ちょっと嫌われちゃったかもしれない。
不安になったのと、疲れたのとで、その日は早く布団に入った。
寝る前に、お母さんが「今日のあの人、どうだった?」って聞いてきたけど、
何を答えるのがベストか分からなかったし、何か言われるのも面倒だったから、
「いい人だった。」と言った。
そしたら、「ほんとに?良かった。あ、そうそう。あの人のこと、誰にも言っちゃだめよ。
おばあちゃんにも、おじいちゃんにも。」
と言ってきたので、私は「うん。」と頷いた。
もういい加減眠たかったから、おやすみを言って、眠った。
お母さんが私の頭を撫でて、賢いね、いい子だね。
と、言っているような気がしたけど、もしかしたら夢の中で言われていることかもしれないので、
そのまま、眠りについた。
参観日や発表会のたびに羨ましかったのに。
家族の絵本なんて甘いものは元から嫌いだったけど。
私はその日から、なぜだかそれを欲しなくなった。
その後、毎晩ベッドの中で泣き叫ぶ。
母と義父は今どこにいるのか。
パパ助けて。