ポケットの中の爆弾(4歳)
保育園(4歳)の頃、同じクラスにちょっと不思議な女の子がいた。
Mちゃんは、かわいくて不思議な雰囲気のある子だった。
対して私は、単純で怖がりで痛がりのある意味で子供らしい子供。
Mちゃんとは、遊ぶグループがちがうため、あまり接点がなかった。
そんなMちゃんとまともに話したのは、綱引きの日だった。
運動会ではなく、園児全員で綱引きだけをやる日があったのだ。
そんなイベントにちょっとワクワクドキドキしつつ、私は下駄箱へ向かおうとした。
その時、Mちゃんに話しかけられる。
「ねえ、はなちゃん」
「なに?」
私がそばに寄ると、Mちゃんは手に持っていた物をこちらに見せてきた。
Mちゃんが持っていたのは、ティッシュだった。
よくよく見てみれば、ティッシュを袋状にして何かをくるんでいる。
中に何か入っているようだ。
だけど、中身までは見えない。
「これあげる」
Mちゃんがそのティッシュを差し出してきた。
なんとなく私はそれを受け取ってしまう。
そして、受け取ったものをよくよく観察。
袋状にしたティシュの隙間から、中に包まれている物が少しだけ見えた。
たくさんの黒い粒。
薬のようにも見えるし、小さな木の実のようにも見える。
なんだろう?
そう思って首をひねる私に、Mちゃんは言う。
「それ、爆弾だよ」
ばくだん?
私は一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
Mちゃんは4歳にしては、ずいぶんと大人っぽい笑みを浮かべて続ける。
「それ開けたらダメだよ。爆発するから」
Mちゃんはそれだけ言い残すと、運動場へと歩いて行った。
下駄箱に私とそれから、爆弾だけが残される。
私はちらりと手に持ったティッシュを見た。
この黒い木の実のようなものが、爆弾……。
言われてみれば、色と形がなんだか爆弾っぽい……!
そう思った途端、危険な物にしか見えなくなった。
なんて危険なものを受け取ってしまったんだ!
私は心の中で大パニックだった。
当時4歳の私にとって、Mちゃんが冗談を言うとか嘘をつくとか、そういう概念はなかったのだ。
爆弾を受け取ったが、そんなものはいらない。
Mちゃんもなんでこんな物騒な物を持っているんだろう?
それにしてもどうしたらいいんだ!
先生に言うべき?
ああ、でも綱引きが始まっちゃう。
手に持った『爆弾』を今すぐどこかに放り投げたいという衝動に駆られる。
だけど、そんなことをしたら、中が開いて爆発し、この保育園が吹き飛んでしまうかもしれない。
私は保育園が爆発するところを想像して、目の前が真っ暗になる。
ちなみにこのティッシュの中身は、ホッカイロの中身だったと思う。
しかし、当時、ホッカイロを使ったこともなかった私は、この未知の物を爆弾だと信じてしまったのだ。
綱引きが始まるから園庭に出てね、と保育士さんに言われた。
私は爆弾をしかたなくポケットにしまい、運動場へ。
もう、綱引きどころではない。
でも私はとりあえず縄を持ち、心ここにあらずの状態で綱引きに参加した。
気づけば私の赤組は勝利していた。
周囲のチームメイトは喜んでいるが、それどころではない。
私のポケットには、とても危険な物が入っている。
早くこれをどうにかしなければ!
そのことしか頭になかった。
保育士さんに相談しよう、と何度か思った。
だけど、「開けたら爆発する」という説明を、自分がきちんとできるとは思えなかったのだ。
もし、私が、「これ、爆弾! どうしたらいいの?」と保育士さんに託したら、それをうっかり開けた保育士さんが……。
それを想像すると、誰かに渡すというのも怖い。
誰にも爆弾のことを打ち明けられないまま、帰る時刻となる。
母が迎えに来た時も、私の園服のポケットの中には、爆弾(ホッカイロの中身)が入っていた。
母の顔を見たら安心してしまい、涙が出てきた。
母が「どうしたの?」と聞いてくる。
私はとうとう打ち明けることにした。
もう、私だけであの爆弾を抱えていくのには限界があったのだ。
「ねえ、お母さん。これ、爆弾だって。どうしよう。開けちゃいけないって言われた」
私がそう言ってティッシュにくるまれた爆弾(ホッカイロの中身)を取り出す。
それを見た母は、私から爆弾を奪う。
「こんなゴミ、捨てなさい」
それだけ言うと、母は保育園の運動場の隅にあったゴミ箱に爆弾を捨てた。
そうか! 開けずに捨てれば爆発しないんだ!
お母さんって頭いいなあ。
私はそう思って、母をとても尊敬した。
恐怖から開放され、スキップして帰った。
平和って、素晴らしい!