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黒白の傀儡  作者: 水凪瀬タツヤ/AQUA
第1章―始まり―
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【1-4】

 ◇  ◇  ◇


 長野県。昔の地名で言うと長野市にこの施設は存在する。この施設とは端的にいうと『怪奇現象研究所』、通称『カイ研』だ。ワタシが属する施設であり、日本に唯一存在する大規模で公式の魔法研究施設だ。表向きには怪奇現象、最近で言う所のモンスターの研究をしているとしている。しかし世界各地に存在する他の魔法研究施設と連絡を取り合い、情報交換をしている。

 この施設は見た目は普通の施設とさして変わらないのだ。その中で大食堂に当たるこの大きな部屋の長い机に突っ伏してワタシは嘆いた。

「ムズかしぃぃぃぃぃぃい!!!!!」周りの目なんか気にしない。

「流石にそれはうるさすぎよ、アヤメ」ポカッと後ろから薄い紙の束で叩かれた。「いたッ」

「だってさぁ、なにこの単語、発音ムズかしすぎるよぉ」涙目で後ろに立つ女性に言う。彼女の名前は『(すめらぎ) リリー』だ。今年で二十歳になる良い大人で、腰ぐらいまで伸ばした綺麗な黒髪を垂らしそれをたなびかせている。ワタシの保護者のようにこちらに来てから今まで一緒にいた。

 そして彼女は今ワタシが属している組織のトップ、つまり表向きには怪奇現象研究所、本来の日本唯一の魔法研究施設の所長なのだ。

「これはね『冷たい』だよ。TSU・ME・TA・Iだよ。音節ごとに区切って発音してご覧」

 わかった、と頷き、頑張る。「つぅぅ、め、たい。……いいんじゃないかな?」上目遣いで聞く。「そうそう。まあ、頑張って。他に分からないことある?」

「これかな?」

「こんな事ね。これはね──」


 暖かな光が差し込んでいる。ここはこの施設における公園のようなものだ。そこにあるベンチにワタシは軽く座り、水筒に入れたお茶を飲む。

 今日勉強したことは頭で何度も復唱している。やはり日本に来てもう五年は経つというが日本語というものは難しい。リリーのように綺麗な日本語を話そうとすると、どうしても舌が回らなくなる。

 ワタシの名前は『西村 綾芽』という。純日本人の名前だけれども、全く違う。生まれたときからずっと海外、スコットランドで過ごしてきたので日本語に触れることも少なかった。そのためまだ慣れないのだ。話言葉はそこそこいい線いっていると思う。

「なーにしてるの?」リリーだ。何度も思うけど綺麗な人だ。とっても憧れる。「日向ぼっこだよ。今日は暖かいね」

「そうね。そうそう、新しく仕事入ったけど、行ってくれるかな?」こうやって聞くときは彼女が命令するときだ。もう長いからどういうときにどう言うかが分かってきている。

「何しに行くの? 内容によっては拒否するよ」

「うん。調査かな、……ある男の」

「……男? イヤだよ、男なんて」ワタシは男の人が苦手だ。昔ちょっといざこざがあって少しトラウマがある。

「大丈夫だよ。それにそろそろ克服しないとね」リリーは微笑み言った。とても穏やかな笑顔だ。こんなの見たらイヤとはいえないじゃん。

「……わかったよ。わかった。が、頑張ってみるよ」

「それでこそ綾芽ね。場所は明日伝えるからね。出発は明後日のお昼だからね。忘れないように」彼女は人差し指を立ててピッと頬に近付けた。……なんか可愛い。


 ◇  ◇  ◇


「これが例の人ね。シュン? 日本人の名前って読みにくいし発音しにくいけど、この人は読みやすく発音もしやすい。いいね、これ」リリーがベンチに置いていった資料にワタシは軽く目を通している。内容は彼女が先ほど説明した任務のことだ。数枚で纏められていて、とてもそれらは分かりやすく書かれている。やはり彼女の組織のトップとしての手腕は大したものだ、と実感させられた。

 どうやらその資料によると、次の任務地は日本の第一首都、東京特別なんちゃら区に行かなくてはいけない。そしてそこで先ほどのシュンという男性に会わなくてはいけない。それが主な任務らしい。詳細な任務はその時その時にメールなどで送られてくるらしい。

 しかし、東京なんちゃら区に行ったら住む場所は確保されているわけではないらしいのだ。つまり任務の間、寝泊まりすることはできないらしい。……つまりホームレス。

「そうなると、つまり、リリーは、ワタシに、この人の家で、暫く過ごせって、こと、なの?」なぜだか片言になってしまった。いや、いや、男と一緒に過ごすなんて無理。良識がある人だろうが、無理だ。近寄られるだけでも鳥肌が立つというのに、一緒に暫く過ごすとなれば、それこそ失神してしまいそうになる。つまり、リリーはそこまでして、ワタシのトラウマをどうにかしたいのだろう。

 トラウマ、それは約三年前に生まれてしまったものだ。かつてワタシは通常の学校に通っていたのだが、そこである事件が起き、それに巻き込まれたためにこんな事になってしまたのだ。恐らく関係ないと思いたいのだが、無理なのだろう。身体に染み込んでしまっているのだろう。男性が近付くだけで軽く身体が震えてしまう。ワタシは魔術師でもあり、そのため常に周りに魔力のレーダーのようなものを張っている。それに引っかかっても同様な反応を起こす。

 そこまで至って、踏ん切りを付けてこの人物に会う決意をしておく。もう決まったことなのだ。どうしようもない。『為すがままに』がワタシの魔術の指針なのだから。


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