【1-2】
――その放課後。
「今日は部活行くのかー、リョー」
帰り際、背中にギターケースを背負った皇貴が聞いてきた。
俺は一応、皇貴と同じ部に所属している。軽音部だ。俺はコイツに無理やり入れさせられたようなもので、楽器も買わさせられ、その月は結構きつかった。本当に食費を削りに削って、ようやく生活を回せたぐらいだ。
「今日は無理だ。特売日でな」
俺は適当な嘘を吐き、「だから、明日な」と右手を上げ、教室を去った。まあ、特売日なのは本当だ。
「おーよ、明日な、リョー」
まあ、今日もいつも通りの一日だったな。しいて言うなら部活に行かなかったのは久しぶりだったな。最近わりとちゃんと行ってたからな。
しかしここは本当に綺麗な場所だ。この学校は東京湾に接する『エリア13』に存在する。日本の首都である東京や主要都市七都市は先のモンスター発生事件での対策としてそれぞれの持つ特性や特色のようなものが生まれた。この東京で言うならば、国家ギルドの本部庁舎、二十五のエリアに分断されている、などだろうか。それが所以で、東京は『東京特別行政地区』と呼ばれている。
そしてこの学校のある『エリア13』は一般的に『郊外地区』、いわゆるベッドタウンだ。居住の為のマンションやアパート、それに基づいたスーパーやコンビニが連立している。それらも多いことには多いのだが、一番目を引くのはその緑の多さだろう。「より住みやすく」がこのエリアの政策なので、やはり公園や木の植えられた地区が多い。
その木々が綺麗なのだ。
今は六月中旬、木々は青みがかりだんだん暑くもなっていく。ちょうど昼先ほどに通り雨が降っていたので、葉からしたる雫がとても綺麗にこの校門前を彩っている。
「晴れてよかったねー」「よっしゃ、傘持ってきてなくて心配してたけど、あんま意味なかったわ」「デートだったから助かったな」「あぁ、部活だー、嫌だ―」など他者一様な言葉が飛び込んでくる。
「リョー、待って!」後ろから飛び込んできた。いや比喩とかそういうのではなく実際に。「何先帰ってるの!」
「……理由はいるか? それとまず離れろ。見られてる」
「見せとけばいいよ! それより、私を置いていったことの方が大きな問題だよ」
俺の左腕に自分の右腕を絡ませて俺の顔を覗きこむのは、灰色の髪から何かいい匂いを漂わせる陽希だ。
「問題なのは、陽希が校門前であんな風に俺を呼び、そして腕を回したことだけだ。それ以外は問題じゃない、はず……だ」
陽希、やめろ。そんな目で見るな。心臓が、やばい。これ以上は――。
「なに? ……ああ、リョーは恥ずかしいんだね。偶然、私も」
頬を赤らめさせ、俺の腕を解放した。
「考えてみれば恥ずかしすぎるね。付き合ってもないのにね」
少々自重気味に彼女は言ったが、
「それこそ問題じゃないぞ、付き合ってようがいまいが、人前で、な。……察しろ」「……うん、そだね」
たはは、と彼女は自分の頬を指で軽く掻きながら頷く。
「――そういえば部活は、リョー?」
暫く歩いたのち陽希は聞いてきた。
「今日は用事があってな」
普通にあやふやにして流す俺。こんなことは陽希にはしたくないが、するしかない。俺が夜してることを知ったりしたら、と考えるだけで寒気がしてくる。「夜のバイトだよ、たまにあるだろ」
「ああ、エリア12の喫茶店だよね。リョーのベースってローン立てて買ったんだよね?返すために忙しそうだね」
「そうでもないさ。もう明後日位には返せる予定さ。返し終わったらなんか奢ってやるよ」
これも嘘だ。そもそもローンとか立てずにキャッシュで払った。陽希にも皇貴にも見られずに一人で買いに行ったから付ける嘘だ。
「ありがとー!」
こんな無邪気に笑う陽希を傷つけたくないが、自然と自分も守りたくなって、どんどん嘘が広がっていく。もし「全部嘘だったんだ。ごめんな。それに俺、ギルドに所属しててモンスターとか殺して血に濡れた手でお前たちに触れてたんだ。これもホントに悪く思ってる。本当にすまない」なんて言ったらどうなるんだろう。陽希も皇貴も楽観的であるとはいえども、信じていた人間に裏切られていたと知ったらどう思うのだろうか? 考えずとも答えなんか簡単に出せる。単純明快だ。「……わかったよ。ちょっと距離とろっか」「信じとったんになー、そんな奴やとは思いもしんかったわ」そんなんで済めばいいほうだろう。
とにかく、そんなことは永遠に言えない。
「じゃあ、またね、リョー」
「ああ、じゃあな」
陽希はいつも彼女が曲がる所でいつも通り曲がり手を振り去っていった。
◇ ◇ ◇
「こんな内容かよ……しかもまたエリア21か」
家に着いたら、早速パソコンを立ち上げメーラーを立ち上げた。一番上に表示されたメールの差し出し主は『EVERSOL・HQ』だ。俺や俺の担任である北瞬の所属するギルドである。ギルドとはモンスターが出現したころから設立され始めた、いわばモンスターと戦うための人類の防衛組織だ。世界各地、各地域地域に点在し、勿論日本にも存在している。
エリア21とは、連日俺たち日本の東京特区のギルド員が手を焼いているエリアだ。元々はちょっとした都市の郊外のようなエリアで、いたるところに公園が存在する。というか木々の生い茂る土地だ。そのため人がよく集まっていた。しかし、それは過去の話である。ここ最近、この地区が重点的に、且つ集中的にモンスターが集まってくるのだ。故に人の寄り付かない土地になりつつある。
集合時間は『二十時三十分』とだけ書かれていた。現在は十七時五十三分。まだまだ時間がある。ここから目的の場所までは数十分で着けるので、そんなに急く必要もない。精々十九時少し前に家を出ていれば十分間に合うのだ。
……ひとまずは飯作るか。
キッチンに向かい、冷蔵庫を開けた。……何もない。牛乳と菓子パンしかない。何もない。
俺は一人うなだれ、コンビニに行くことにした。金はあるけど、不摂生な生活をしていたら、そのうち体調を崩すから気を付けねば。
◇ ◇ ◇
なぜこうなった?
「ほんま偶然やな~。運命的なもん感じるわ」
男らしいテノールな声。
「そうだよね。ほんと偶然。リョーが放課後に出かけるなんてイメージに反しすぎ」
少し幼さをのこしたような、しかし凛と通るメゾソプラノの声。
どちらもクラスメイトであり、深い付き合いの二人だった。
夕飯の調達を終えコンビニを出ると途端に二人に見つかってしまった。二人とは別々に会ったが、どちらも同じようなことを言って俺に寄ってきた。
「……狙ってないか? そうとしか思えないんだが」
目を細めて聞く。本当にそうとしか思えない。
「狙うというと他意を感じるんはオレだけかいな?」
「だよ~変な意味にしかとれない」
二人してコロコロと笑いながら言う。
「取ろうとするからな、そう思うんだよ」
「しかしまたなんでコンビニから出てきたん?」
会話の切り替え速いな、まあもう続きやしないか。
「夕飯の調達。冷蔵庫の中になんも入っていなかったからさ」
まあ、正直に言っても構わないだろう。
「リョーらしくないね、そんなことあるんだ」
そこまで悪い気はしない言い方だな。
「俺も人間だしな、あるだろ、そういう事も。それで、二人はなんで外に?」
よくよく見ると陽希は普段着だ。髪型や髪色を配慮してだろうか、フリルのスカートなど可愛らしい格好をしている。恐らく男の子っぽく見られるのが嫌なのだろう。俺に言わせればそれほど男の子っぽくはないんだけどな。
一方の皇貴は制服だ。朝背負っていたソフトタイプのギターケースを背負っていて、学校帰りなのだろう。
「オレは学校帰りや」
うむ。皇貴よ、分かり切ってるから言わなくてよろしい。
「私は買い物。あそこのスーパーで。特価してたんだ」
「しまった。特価逃した」
俺が唐突に思い出したことを呟くと、陽希は笑った。
「だからこれ」そういえば左手にスーパーの袋を持っていた。「ミスったな」
「バイトは、リョー?」
陽希は首を傾けながら聞いてきた。可愛らしすぎるだろ、おい。
「八時から。自転車で行くから、あんま急がなくてもいいんだよな」「つかバイトやっとんたんかい!」「知らなかった? 言っても意味ないからいってなかったかもな、お前には」「そんな殺生こというなや、リョー」「知るか、お前のことなんか。それより、陽希って普段そんな感じなんだな。初めてみたからさ」「……うん、そうだよ。今日はお姉ちゃんの借りたけど、こんな感じだよ。似合ってるかな?」「ああ。とても」「……リョーに言われると、ちょっと、――」「俺に言われると?」
「オレのことは無視かァァァアアアアアア!!!!!!!!」
全力で叫ぶなよ、おい。周りの目も気にしろよ。迷惑だ。
とその瞬間ブザーが鳴った。ただのブザーではない。これは国が警告をする時のブザーだ。国が警告をする時など両手で数えられるほどしかない。これは、モンスターの出現及びそれに対する警告を促すものだ。
「やべ、この『エリア』締め切られるぞ」どこからかそんな声が次々と聞こえてくる。ここでいう『エリア』とは、例えばエリア13のなかでもいくつかに分けられているエリアの事だろう。大きなエリアを更に細かく区切ることで、安全な地域を守り、危険な区域を隔離するという名目の元だ。有事の際は、エリアを分断する壁ができ、通行に制限がかけられる。
「慌てるなよ、二人とも。黙ってついてこい」
ちょうどブザーと同時に俺の携帯電話にメールが来ていた。『EVERSOL・HQ』からだった。国立ギルドがそちらに手を回すから邪魔をせぬよう、としか書かれていない簡単なものだったが、意図は読み取れた。
恐らく、察するに『モンスターとは戦うな。でも人命救助くらいはやれ』ということなのだろう。
「……もう閉まってるか」エリアとエリアをつなぐ門――関所に値するところ――は閉じられており、その周りにずらっと同じような紺色の服を着た男女が列を成していた。ただ列になっているというよりは、軍などが警備及び監視のために並んでいるかのようだ。
「ひとまずここにいればいいかな。休もうか」
恐らくここは俺が出しゃばる所ではないだろう。それよりも、この二人の、特に陽希の安全を確保しなければ。
(修正済)