【3-1】
◇ ◇ ◇
これはまだ今朝のことだ。
「また出たのか~。ほんと最近多すぎだよ、モンスター。今日は他のギルドらしいけど、行っとこうか?」
僕はテーブルを挟んだ前の椅子に座る姉に問う。彼女はその胸元まで伸ばした髪を弄りながら、首肯した。
「うるさい。もっと静かにしなさい。朝から想像しいわ」
その目の前に新聞紙を広げている姉は眼を伏せながら、鬱陶しそうに言う。彼女は基本的に朝に弱いのだ。
「そんなこと言われても、出るらしいからさ、嫌じゃん」
「知らないわ、そんなこと」
「朝から酷いよ、姉ちゃん」
「知らない。エドウィン、あなたが煩いのが駄目なのよ」
ほんとうに姉ちゃんは酷いよ、と呟く。しかし、実際、そのようなことないのかもしれない。現に僕を見捨てたりしていない。その点きちんと感謝すべき所なのだろう。
まあ、それは置いておいて、僕たち姉弟は東京郊外のエリア9にある豪邸のリヴィングにいる。この部屋にはテレビはなく、唯一のメディアはPCと新聞紙と自分で持つ携帯電話だけだ。僕は最新式らしい携帯電話を手に持ち、僕たちの属するギルドからのメールを読み上げたのだ。
「それにね、余所の邪魔するのはダメよ。私たちは基本的に普通の人と交わったらダメだと、言わなかった」相変わらず抑揚のない声で姉は述べる。「……魔術師だから。戦いがどうしても不自然に見える」答えずとも姉はそう付け加えた。単純なことだが、それを守らなければ魔術師の『世界』が壊れてしまう。自分のためにも普通の人間と交わらないようにしなければならない。
しかし、僕は逆接の接続語を繋げ、「行こうか、面白そうだし。深夜だし」よ促す。
まあ、言われることは大体分かる。「深夜は眠いから嫌だ」だろう。
「睡眠の妨げになる。嫌だ」……大体思った通りの事だった。
「でも行こうよ。お昼寝ればいいじゃん」
「……黙れ」
よし、無理やり付いてこさせよう。否が応でも。あ、そうだ、良いこと思いついた。その名も偽装作戦。僕はギルドの中でも結構の上位組に入っている。ギルドの名前は『OLYMPUS』なにやらギリシャ神話における神々の住まう山からとったらしいのだが、そのギルドの体制は完全実力主義だ。年功序列は古臭くてカビ臭くてきな臭いのでそういう体制になったらしい。というよりできて数十年のギルドであり魔術師を束ねるギルドというのもありそういった体制に成ったのだ。そんな中、僕ら姉弟はトップに名を連ねている。なので多少の融通が利くというものだ。
「じゃあ、昼までシミュレーターで訓練してくるね」と言いリヴィングから出ていく。
この豪邸は約一キロ四方ほどで、東京にあるにしては大きい方なのだという。周りを歩けば約四十分ほど、中の部屋を全て回るとしたら二、三時間弱はかかるであろう。その玄関を少し歩いた先がこのリヴィングである。そこから(家の中なのに)歩いて二分ほどにあるのが『シミュレーションルーム』だ。その名の通り様々なシミュレーションをする部屋で、そのシミュレーションは多岐に渡るが、主に戦闘に使われることが多い。僕はもっぱらここで架空の敵と戦い自らを高めている。このシミュレーションは魔法の腕を上げるにも戦いの勘を研ぎ澄ませるのにも持って来いなのだ。
その部屋だけでもやはり相当の広さがある。テニスコートの半分ほどはあるらしい。テニスをしたことはないのでよくわからないのでなんともいえないのだが。
「さて、やるか」僕は武器を取りだし、コードを述べる。「ステータス・コール」目の前に薄い板のようなものが出てきた。それこそゲームのようなものだ。それは色々な装置への指示が送られるようになっている。軽くタップしていき敵を出す。最初は軽いウォーミングアップなのでレベルは低めでやろう。
早く夜にならないかな……
◇ ◇ ◇
私ことチェルシー=ゴアはいつも通りの英国式朝食を頬張りながら新聞を捲った。大した情報があるわけではないのだが、ただでさえ苦手である日本語を学ぶためには持って来いなのだ。しかし双子の弟であるエドウィン=ゴアはとても煩くガキっぽい。その言動から見て取れるように常に何かをしていなければ気が済まない気性なのだ。
そんな弟には今まで散々手をかけさせられたが、一つだけ誇られる点がある。それはその学習能力だ。彼は一つ教えられたことは二度と忘れない、と豪語している。実際にそうで、単純なものでは人の誕生日、機械の使い方、魔法の理論、それにとても難しいといわれる言語でさえ。
それが日本語だ。私たちがこの国に来てかれこれ五年になろうとしている。私は一向にうまくならず、しかしエドウィンはうまくなっている。結構難しい専門的な会話も難なくこなしてしまうのが彼だ。私なんかはもう言葉に詰まってしまうのだ。
一通り新聞に目を通した所で先ほどエドウィンが言っていたことを思い出す。なにやら深夜に外に出て、他のギルドの人たちの邪魔をしよう、との事だ。が馬鹿げていると私は一蹴した。横から茶々を入れられるのは嫌がるくせに自分から首を突っ込もうとするのは彼の悪い点の一つだ。本当に呆れる。
しかし、今一度深く考えてみる。私たちがなぜギルドに入ったのか、なぜ魔術師を名乗るようになったのか。もともと人助けどうこうの前に、人と交流を持ちたかったというのがあったはずだ。それ以前は他の人と付き合うのを苦手としていた私たちはギルドに入ることによって嫌が応にも人づきあいを強制されてきた。否そうさせたのだ。自らを追い込まないと何も行動ができないのが元々人間の持つ性質だ。
まあ、それはさておき今夜はどうしようかあの馬鹿は自分の言ったことは絶対に曲げない。なのでもう行くしかない、と割り切るほかないのかもしれない。
「はあ」溜息を吐き、新聞を閉じた。
夜が来なければいいのに……