【2-10】
◇ ◇ ◇
そうして始めに戻る。
依然、風は冷たく地面を撫でる。少し長めに伸ばしている前髪が目にかかって少し邪魔だが気にせずに戦う準備をしなければならない。鎌を構え、態勢を低くする。あれなら低くもっていくのがもっとも良い認識した。形としてはヒト型、しかし四肢が揃っているわけではなく、それが存在するべき所には何もなくその付け根には穴が開いていた。その穴は軽く発光していて、それが作用してなのか一メートルほど浮いていた。
「さて、やるか」
もう綺麗な金髪を靡かせながら悠然と佇んでいる。彼女はもう大規模な魔術を使い終え、疲労しているらしいのだが、それを彼女は顔に出していない。それどころか涼しげな顔にさえ見える。
「しかしあれで生きてるとか、ありえないよな、療」瞬さんが聞いてくる。その通りだ。先ほど綾芽は大規模魔法と呼ばれるものを使ったらしい。それはその名の通り大規模に効果が及ぶド派手な魔法だそうだ。さながらRPGのような魔法で、結構の広範囲が焼き払われた。彼女はわけのわからない言語でその呪文とやらを唱え、突如ある一点から爆発が起こされた。
「その通りですね。それこそ悪魔ですよ」
「不吉なこと言うなよ。笑えないぞ」
「ですね。はい」適当に流し、さっそく構える。
『死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ』
強烈な感情が脳内に流れ込み同時に大きなハウリング音のような音を発し、辺りがその大きな音で共振した。並んで武器を構える俺と瞬さんは思わず耳を塞ぐが、そんなことがあまり意味がなかった。というより全くだ。共振というものは耳を塞いでいようが骨を通じて音は脳に届くのだ。それこそ『|脳への直接攻撃《BRAIN SHOCK》』なのだ。
やばい……目眩がしてしきた。隣りの瞬さんを苦しながら見てみると、彼は平気な顔をしていた。
『――コレコソガ、オ前達ノ限界ナノダヨ』
一分ほどしてようやく平衡感覚が直ってきた。「電流を神経に流して一時的に痛覚や聴覚を絶ってみた。結構うまくいったぞ」したり顔で彼は頷き、親指を上げた。
「それが、魔法の利点ですね。まったく科学法則はどう作用しているのだか?」「知らん」
『――シカシ、人ノ分際デヨク耐エラレタナ。数年生キタ我ガ生デモ初メテノ事ダ』
「よく分からんけど、あれは所謂脳内に直接音声を送り込んでいるんだよな?」
「ぽいですね。それにあの体表見てください」あのモンスターを形容するならば、悪魔という言葉を使ったが、どちらかというと天誅を下す者のようだ。羽こそないが、しかし、今まで腕の付け根の光に目を取られていて気付かなかったが、体表は薄暗く発光していて、またその光が厳かな、それこそ神の後光のような光なのだ。
「……ある意味グロいな。別に悪い意味とかじゃなくて、神々しすぎて、とてもモンスターには見えない」瞬さんはその言葉と共に、走っていった。「……でも、それが危害を加えるものならば、人間だろうと、俺たちは駆除しないとな!」叫んだ。珍しく。しかし、その声は怒鳴るような酷い声ではなく、それこそテノールが辺りに響かせるような、人間的に安心するような叫びだった。矛盾に聞こえるかもしれないが。
「はぁ。めんどくさい。綾芽、ジッとしていろよ。動くと危ないと思う。あと、援護できたら頼む」少し離れた所にいる綾芽に言う。なんだかんだ言って彼女がいる仕事場にも慣れてきた。まあ仕事場というよりは殺し合いの会場のようだが。「わかったよ」彼女ももう慣れているのだと思う。この醜悪で閑散としたこの場所に。
俺も軽く鎌を握り、走り出す。
『――反発スルカ。馬鹿者ガ。流石ハ低俗ナ生物ダナ』
「全く騒々しい、とでも言いたいか?」瞬さんが毒を吐いた。と同時に袈裟斬りにて右半身と左半身を分断させた。がしかしその断面から触手のようなものがもう片方の断面を捉え、そしてくっ付き、再生した。
……しかしそれをエンジェルと形容するに至った要因をもう一つ見つけてしまった。最初はその後光のような光に畏敬の念のようなものを感じてそう形容したのだが、それこそ神の天誅を下すために何度でも再起するその姿そのものこそ、あいつの形容する言葉にピッタリなのだろう。
「ったく。めんどくさいな。十年ちょっとやっててもこんなのは滅多に会わねえぞ」また毒を吐いた。「でも、倒せんことはないけどな」と少し余裕はあるようだが。
「ならさっさと畳みかけますよ」俺は鎌を構え、走る。その隣りを瞬さんも駆ける。
さっと奴の前に躍り出てまず斜めに斬りかかる。鎌は他の武器と比べ太刀筋が歪で予測しにくいものになっている。そのため所見の相手には大抵有利になれる。
斬り込みをいれたら、すぐさま少しの間合いを開け、瞬さんに譲る。その推測した所に彼の刀が通った。丁度十字の跡ができる。瞬さんは数センチ下がりそこに俺がすぐさま鎌を突きだす。俺は下がり、次は瞬さんは突く。それを計四回繰り返し、少し間合いを取る。いつものパターンだ。少し強そうな敵ならば何度か俗にいうコンボで叩き、少し離れて様子見する。小手調べというか小手先調べな手段だ。しかし、これが功を期して成功する場合が多々あるので、この方法を使う。
しかし、まだ『生きている』ようだ。
俺と瞬さんは奴を取り囲むようにし(二人なので取り囲むというよりは挟むようにが正しいのだが)、それぞれの悪態を吐く。俺はクソ、だが、恐らく瞬さんも同じだろう。聞こえないけれど。
『――シカシ、手数ノ多サニハ、呆レルモノガアルナ』
「はあ」溜息を軽く吐き、眼鏡を押し上げる。「いちいちいちいち、脳に送る上に雑音散らかしやがって」本当に、腹が立つ。さっさと、お前こそが、死ね、この生物の成りぞこないが……。
『――オ前如キが我ヲ打チ倒セルトデモ? ハハ、笑止。詰マラン冗談ヲ吐クナラ寝テ言エ』
「うっさいな。てめえが寝言言ってんだろ!? この高々モンスター無勢で戯言言ってんじゃねえよ。喋れよ。空気を振動させろよ、脳を揺らすなんて低能なことせずによ!」何かがぶち切れたような気がした。
◇ ◇ ◇
彼が叫ぶようにした所を初めて見るかもしれない、というと嘘になるかもしれない。彼はその年の割に落ち付いているというか、達観しているというか。まあ同世代の友達たちとつるんでいる所は普通に見えるが、やはり少し浮いた雰囲気を醸している。そりゃこの仕事のせいもあるが、一番はその性格のせいだろう。別に普段から溜めこんでいるというわけでもなく、ましてや昨今の若者のようにキれやすい性格というわけでもない。彼はモンスターと戦うときに、彼自身の感情を度外視して戦っているらしい。そのせいで、戦っている間の記憶が飛んでいることも多々ある。周りの『人間』のことは見ているが、その他、特に『モンスター』のことは殲滅対象にしか映らなくなる。彼は自身で「無機質な眼なんですよ。感情がなくなる、それこそ化ケモノのように殲滅させる以外は出てこなくなるんですよ」と嘲った。その時の顔はいまだに覚えている。そう、それこそ『無機質な眼』で『何か』もしくは『何処か』を見つめていたのだ。
しかし、彼がこうなるともう手を出せない。こちらが怪我を負うということは一切ないのだが、こちらが逆に心配していしまうのだ。自分が邪魔をしてしまわないか。体育、即ち、体育の授業 ではどうかわからないが、 戦 闘 技 術 ではずば抜けた技術と経験を持っている。それこそそのために生まれてきた、仏教などにおける阿修羅のような才能なのだろう。
俺が別に弱すぎると言うのにはちょっと気が引けるので言わないのだが、彼とは競い合うにはそれ自体が無駄なのだろう。ある程度人生経験があればわかるだろう。勝てない奴にはどう足掻こうが絶対勝てない。
突発的に動いた彼――黒鉄療は、俺が神経に電撃を流して走る時なみの速度は出ていたと思う。というよりは一歩一歩のスイングが遥かに広がっているようだ。彼は周りに比べあまり筋肉質であるとはいえない。ガリというわけではないがやや痩せ形だ。
すぐに間合いを詰めた療はその勢いを決して殺さずに鎌を押し上げた。奴はまたもや真っ二つになるが、すぐに回復する。しかし、その回復する時の触手のようなものを返す刃でまた絶つ。しかしその絶たれた触手からはまた触手が伸び、と堂々巡りしつつある。
「療、下がれ! 作戦考えてからやるぞ。徒労はよせ!」
いつもならここで「はい」なりなんなりの首肯を示すのだろうが、一切の反応を見せなかった。無視なんてめったにしないのに。
「はあぁぁぁぁぁあああ…………」彼は深く深く息を吐くとまた軽く息を吸い、飛んだ。跳躍というよりも平行移動。そのまま、またその勢いで切り刻む、回復する前にまた斬る、斬る斬る斬る斬る斬る。ただただ、それを壊すために生み出された機械のように彼は、的確に更に速く腕を動かす。なぜだろうか、彼の動かす鎌は段々と速くなっていく。
彼は、鎌を振る音でよく聞こえなかったが、耳を澄まして聴いてみると「死ね」を連呼していた。……病んでいるのか、と楽観視できる問題ではない。そろそろ止めないと精神が本当におかしくなってしまう。
すると影が差した。長さの違う二本の影が。