【2-8】
「よっしゃ、行くか」
瞬さんはその刀の柄に右手をかけ、走っていく。いつも通り、彼が前衛で、俺が後方で援護しつつ他に目を配る。被害を抑えるにはその方法が一番良いと二人で話し合った結果だ。
しかし、今日はもう一人――そう西村綾芽がいるのだ。
彼女は戦えると豪語しているが、新しく、今まで完璧だった組み合わせに加わることは俺たちの負担になりかねない。正直おれは少し、どう動くべきか考えている。
が、そんなに考えていたら身体が動かなくなるから、深い思考は止めよう。
「はぁぁぁ…………、ふんっ!!」彼は帯刀しながら走り寄り、そのまま抜き斬った。まだきちんと捕捉しきれていないモンスターを斬り裂いた。影だけ見た限りほぼ真っ二つだ。
しかし、「まだいるぞ! 二、三は覚悟しとけ!」と彼は叫んだ。
すばやく返事をし、ポケットに手を突っ込む。そして札を取りだし、軽く手を振るう。それと同時にそのモーションを感知した札が発光し、それが出現する。俺の得物である、大鎌だ。柄の長さは約百五十センチほどで、刃渡り百二十センチの大きな鎌だ。それを軽め握り、辺りを舐め回す。
「あっちか。……綾芽動くなよ。あっち倒してくるから」
「分かった。怪我した時とかは言って下さい。すぐ回復かけるから」
「分かった」特に突っ込まない。恐らくそれも魔法の一つなのだろう。
無言で軽く円を作るように鎌を振り回し、走り出す。約二メートルほどの間合いを開け、走っていく慣性でそのまま鎌を思い切り振る。先ほど捕捉したモンスターは瞬さんが対峙したモノと似たような形で一般的にヒト型と呼ばれているモノだ。そのヒト型の腰に当たる所を思い切り、斬り、そして返しの刃でもう一度、十字を描くように斬る。それで完全に上半身と下半身を分断する。
次に上半身の心臓にあたるところを鎌の刃ではなくその上部にある突出物、というか少し槍のようになっている所で体重を込めて突く。
血のようなものが大量に出てくるが、気にせずに振り返る。モンスターは機械ではないので、油の臭いを気にする必要がないので、大丈夫だ。
振り返ると綾芽は周りの木々の表皮になにやら記号のようなものを描いていた。いや、あれは完全に意味がありそうな幾何学模様だ。「何やってんだ? それも魔法なのか?」尋ねると、
「はい、そのようなものです。これがいわば導火線のようなものです」と返ってきた。魔法の準備中は話しかけても大丈夫なんだな、と一つ彼女に対する知識が増えた。
「速いですね。ワタシが知る限りそんなに速くあのモンスターを倒す人なんて初めて見ましたよ!」彼女の居る所に戻っていくと燦々とした笑顔で言ってきた。
「そんなことはない。あの程度なら簡単に倒せるよ、恐らくお前の知っている人でもな。ここじゃこれぐらいが普通なんだよ、この東京では」謙遜が二、三割。それ以外は事実だ。
東京は他の地域に比べモンスターが手ごわいらしい。こんな所でモンスター退治の仕事をやっていたら自ずと成長するはずだ。なので俺個人だけの実力ではないのだ。
「療! あとどれぐらいか分かるか? 俺のレーダー、今故障中というか効きが悪いんだ」レーダーというのは彼が所持する電子機器のことと彼自身が保有している能力のようなもの、という二通りがあるのだが、その両方の都合が悪いのだろう。
「あとは四ですね。レーダーはそう示しています」冷静に腕時計のファンクションの一つであるモンスターのレーダーを見、そのままを伝える。このレーダーの探知範囲は半径約百メートルで、そこに表示されたのは四つのシグナルだった。「これだったら三時までには家で寝れますね」
「そうだな。珍しくグッスリ寝れるな」彼は近くにいたモンスターに斬り込みながら叫ぶ。そのモンスターは急所を一撃で潰され、再起不能になる。瞬さんほどの腕になると一撃でモンスターを倒せるのだ。それこそ急所や攻撃パターンを理解しきっていて、それこそ身体が考えるよりも速く動くのだろう。俺にはまだそんな感覚は分からない。
「三時がグッスリ眠れる時間って凄いな」綾芽が小さく零すのが耳の端に届いた気がした。……まあ確かにそれは凄いというかおかしい、のレベルだな。
数分経ち大方のモンスターは片付いた。周りにはその残骸がそこらじゅうに散らかっていて、もう鉄の腐ったよう臭いがしている。その点モンスターの血は他に比べて腐るのが早いのだろう。だからなのかいつも処理班が苦労している、と本部に野暮用で行くと愚痴を聞くことがある。いや、必ず愚痴を聞く。
「もう良いかな。レーダーに反応はあるのか?」瞬さんが刀の刃にこびりついた血の汚れをウエストポーチにしまってあった手拭いで拭いながら。
「いえ。全く反応はないですね」
あれからレーダーに探知された影を虱潰しに倒していき、一時間と少しで倒し終わった。もっとも倒し慣れているヒト型なので、大した疲労が溜まっているわけではない。
俺は愛用しているショルダーポーチから通信機器を取りだしメールを作成する。宛先はHQ、本文は、任務遂行。至ってシンプルな味気のない文を送った。
メール送信が完了したのを確認し、瞬さんにそう告げる。彼は黙って頷き、刀をしまった。「お前もしまっとけよ。立ち入り禁止にはされているけど、流石にその武器じゃ遠目で見ても分かるからな」その指示通り武器をしまうコマンドを送る。
「さて、処理班が来次第帰るぞ。綾芽、お前も帰る準備やれよ。その触媒……だったっけ、片付けてさ」
「はーい」綾芽は陽気に頷き、散らばっている石や紙、チョーク、奇妙な色な粉、はたまた奇妙な色の液体らを指差し『消して』いった。それは見事な消しかたで、そこに無かったように消え去った。
「はっ!? どこやった!?」瞬さんが思わず叫んだ。俺も声には出さずとも驚きを表している。
「えっと、ワタシの収納スペースに入れてるんだよ。他空間に働きかけてそこに放りこみます。そうすると勝手に送られるんです。魔術師以前の魔法使いでも使える初歩的なものですよ」彼女は瞬さんの声に驚きながら説明してくれた。
という事は瞬さんも使えるという事だ。しかし、彼はそのようなことをする素振りを見せたことがない。まあ、知らなかっただけというのもあるのだろう。
綾芽曰く魔法というものは『ないもの』を『あるもの』として認識しそれを実現する力、だそうだ。即ちその認識をしていなかったり、そもそもその存在を知らなかったら、できるわけもないのだ。
科学にも『思い込みの力』というものがある。例えばガスマスクのようなもので鼻周辺を覆い、その鼻に直接何かしらの匂いを嗅がせる。例えばカカオの匂い。その状態で何かカカオの匂いのまったくしない例えばストレートの紅茶を飲ませたとする。しかし、感じる味はココアの味なのだという。鼻はカカオの、ココアの匂いがしているので紅茶の味を感じなくなるのだそうだ。即ち脳の思い込みで全てを変えてしまうということだ。ということは魔法もそのようば物を極めたり、あるいはそれに準ずる行為、思想を取り組んでいるのだろう。と考えると魔法というのは響きに似合わず思想的には進んだものだといえるのだろう。
「まあ、それだけです。シュンさんも今度教えますよ」彼女は全ての『媒体』と呼ばれたモノ等を片付け終わり、すぐに瞬さんの隣りに行った。
「じゃあ、ま、帰るか。あの光は処理班だろう」
「ですね」俺は軽くあくびをして、「……今日は早く終わりましたね」と続けた。