【2-6】
Two days later
なんだかんだここに来てからもう十日経つ。いや、九日だね。
しかし、人間とはすごいもので、確かに同じ国ではあるにしても、もう慣れてしまった。文化が今まで暮らしていたところに比べると、もはや異文化異教の地異国異世界とも言えるので最初の二日は心配していたのだが、それは過ぎた心配だったようだ。
ワタシが居候させてもらっている彼の家にはよく一人の女性がやってくる。その人は彼、シュンさんと仲が良く、またワタシもよくさせてもらっている。それに結構チャーミングな人で可愛くて、なんか好きだ。リリーと同じぐらいに好きだ。
そんなことは今はよく、とても大切な話をシュンさんともう一人のこの前あった眼鏡の男子学生――黒鉄 療の三人としている。
黒鉄療は二日前に会った通り、冷静だけどどこかノリがいい、という一風変わった人だった。五分か六分おきに眼鏡のブリッジを持ち上げる。目を見ながらでもだ。
彼はそんなことをしながら、「大丈夫なんですか、瞬さん。この子連れてきても」と心配する。
それには及ばないです、と返しても、 頑 なに首肯しようとしない。
「じゃあ、なぜ駄目なんだ? 俺らのようなモンスターを狩る人間にも女はいるし、国立ギルドの女性最年少は十五で、まだご存命だぞ。確か今二十歳ぐらいだな」
「そんなことはどうでもいいんですよ。この子が戦えるかどうか、なんですよ。戦えないにしても、動けるんですか?」
「動けるよ。自身が言ってたんだぞ。それに見た感じ、筋肉の付き方いいし、逃げるってことも結構余裕だろ。あいつら相手でも」
「そんな自信はどこからやってくるんですか?」
「この子が言ってるからだって。俺も教師だぞ。適材適所とは言うけれど、俺たちは生徒や子どもにそんなこと求めない。自分ができると思ったことさせて、失敗したらそれでいいんだよ。そのかわりに俺らがフォローすればいいんだよ」
「綺麗事です! 今日は、だって、エリア21ですよ! 死んだら、もしくは庇って自分が死んだら、なんて考えないんですか!」
「俺は死なないから」
入りいる隙が全くない。シュンさんはワタシを信頼してくれている。リョウさんは心配してくれている。どちらも嬉しいけれど、ワタシた心配に及ぶ人間じゃない。自身を過信しているわけでもなく、ましてや自己陶酔であるということもない。というか自己嫌悪すらしている。
「……死ねないからな。『あいつら』残して死ねるかっつうの」
彼の言う『あいつら』というのは恐らく、いや絶対に彼の受け持つ生徒の事だろう。この国は生徒と教師との繋がりが他の国と比べて少し近いという。それは、恐らく日本人的な社会の成り立ちのそれに準ずるところがある。ワタシは日本に来てもう十年ほど経ち、もう帰化して、戸籍の上では日本人なのだが、しかしそのことだけが本当の『日本人』とは言えない。少なからずワタシは日本の血を引いているが七割方が英国の血だ。その分、少々ヨーロッパ的な、それも西洋魔術的な思想があるのだ。
まあ長々としたそんな考えはどうでも良い。即ちこの北 瞬はそんな教師の中でも良い先生の一人に当たるのだろう。
「……良い人ですね、シュンさん」自然と口から零れてしまった。何事だ、と目で二人はしたが、そんなこと気にせずワタシは続ける。もう言いたいこと言えばいいんだ。
「良い人すぎです。損しますよ。それにワタシのこと心配し過ぎです。ワタシにだって逃げる足はあるし、それに戦う為の武器だって出せる。心配し過ぎるのは、ワタシ、傷つくからね。戦えないっていうのはワタシたち魔術師にはあり得ないことだからね。ワタシたちが戦えなくなるときは、体力が切れたときと戦う気がないとき、それだけだからね」
胸を張って言う。ワタシが魔術師である理由はただ一つ。それはとても私利私欲に塗れた汚い理由なのかもしれないけれど、それは強くあること。それだけなのだ。その信念を曲げたり折られたりしない限り、ワタシはワタシであれる。
「それもそうだな。信じないとけないな、一応ここまで連れてきたのは俺だしな」
やっと理解してくれたようだ。
「でも、魔術師ってなんだ?」療が言った。しまった。説明どころか、この地域、というか一般的に魔術は異端視されているか、気付かれてもいないかだ。
「そういえばそうだな。お前のことは信じるけれど、魔術っていうのがよく分からないんだけど。所謂魔術だよな。非科学的な、オカルトとかだよな」
そんなの信じてるのか、と言わんがごとく目で訴えてきた。
「違うよ。間違っています、その認識が。魔力は誰にだってあるし、資質さえあれば、知識がなくても使えるものなんだよ。それが八十を超えるお年寄りだろうが、まだまだ子どもな九歳でもね」
これも自身をもっていう。この世界の人々は魔法を、魔術を知らない。
「日付が変わったら移動なんですよね。だったら、教えますよ。ワタシたち魔術師の世界を」