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黒白の傀儡  作者: 水凪瀬タツヤ/AQUA
第2章―魔法―
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【2-5】

 ◇  ◇  ◇


「疲れた。ひとまず疲れた」

 俺はいつもの三人で岐路に着いている。夏が更に近付き並木の木陰も増えてきている。風も程よく吹き、どちらかというと春に近い気温なのかもしれない。

「せやな。六時間でもきついわ。しかも明日は補習の日やろ?」皇貴が少し後ろで呟く。

「俺は主に四時間目だがな。皇貴だけの影響で。原因で。諸悪の権化で」

「それは言いすぎや」

「その通りだね、リョー。皇貴がそんなことするから」

 今回は皇貴を苛めよう。ただひたすら。別れるまで。最近は俺がそうされていたから腹いせだ。どこぞの経典にも同じだけの復讐は許されている。

「ほんとさ、今朝からなんだよ? 宿題見せろ、戦闘技術組もうぜ、飯奢ってくれ、この英単語の意味は×百、まだあるぞ」本当に今日一日でやられたことなので、別に心は痛まない。

「皇貴サイテー。ご飯奢ってくれとか、バイトしてるのにそれはないよ」その通りだ。やむなく俺は奢ってやったが、正直腹立たしい。こいつは週に六日バイトを入れていて月末になると労働時間がやばいとか言っている。それに加えて格闘技を週二日しているというハードな日々を過ごしているが、そんなことを表面に見せない。そんなことは今は全くどうでもいい。こいつの凄さを説いても意味がないことだ。

「いやいや、リョーは実際奢ってくれてやろ。文句言われてもどうしようもないやん」

「感謝しろよ。俺は安給金とちょっとした仕送りで頑張ってんだからな」

「そういや、リョーは外から来たんやったんやな」

「都内ではあるけどな」

「それはそうと、今日の英語の宿題めんどくさくない? 今日、リョーの部屋寄ってもいい? あ、皇貴は無視で」

「別に良いけど、変な詮索すんなよ。特に何もないけど」

「ほーー。ホンマかいな?」

「変なこといったらぶち殺すからな。比喩とかじゃなくて、現実に」

「やめい、やめい。目がガチやわ。笑えへん」

「じゃあ、スーパー寄ってもいいか? 今日は卵と肉の特売だからさ。買いだめしとかないと損する」

「なんか、主夫だね、リョーって」

「ワイは無視かい!? それはひどいで!

 うるせえな、と口で悪態を吐くが、まあ無視しておけば良いだろう。どうせあと十分でバイバイだ。

「はあ」

「溜息は酷いわ!」


 ◇  ◇  ◇


「飯は、別になんでもいいか? まあ、特に何も考えていないけどさ」

 居間にそのまま通し、座らせる。陽希の好きな麦茶を出し、聞く。

「じゃあ、アタシ作るから、寛いでて」

「それは悪い」と口では言いつつももう座り込んでいる。近くの書架から手近な文庫本を手に取る。

「冷蔵庫勝手に開けるからね」

「おう」

 さて、この間何をしようか? 宿題は別に飯の後でもいいし、そのほかにやることがあるわけではないし。本を読むことに集中しすぎると客を招いている身としてはどうかと思うが、しかしそれしかやることがない。

 ああ、そうだ。やり残したことがまだあったな。武器の手入れは帰ってからでもいいとして、通信機器の整備だけはしておかなければ。本に栞だけ挿み、パソコンのデスクの引き出しを開け、それを取りだす。黒い本体機器とマイクと一体化しているイヤフォンだ。イヤフォンを耳に挿し両方とも電源を付ける。マイクにスイッチを入れて、周波数の微調整をする。

「こんなもんかな」

「何が?」キッチンで炒め物をしている陽希が尋ねてくる。食材が焼ける音とともに、シーズニングの芳しい香りが鼻腔を刺激する。

「独り言だ。気にすんな」

「はーい」

 それから数分、彼女は居間の低いテーブルに大皿に盛った野菜炒めを出す。「どうぞ。お待たせ」「ありがとう」美味しそうな匂いが漂う。先ほどは調味料の匂いが主だったが、今は素材の匂いも感じないこともない。俺は用意していた箸を取り、それに手を付ける。うまい。前から、家庭科の授業とかで彼女の料理を食べた事があり、その腕の良さは誇れるものがある。それを俺一人の為に振舞ってくれるという素晴らしい現実がここに現れたわけだ。……少々誇張しすぎたか。

「うまいな」

「ご飯、忘れてるよ」陽希は笑いながら白飯の盛った茶碗を持って来た。「まあ、気にするな」

「さて、いただきます」「いただいてます」

 俺たちはいつもしているような話をダラダラと繰り返し、そしてようやく本題である宿題に取り掛かる。

「片付けは俺が帰ってからやるから、そのまま置いておいてくれ」

「分かった。美味しかった?」

「ああ。勿論美味しかった。また作ってくれるとありがたい」

「うん」陽希はこれぞ天真爛漫な笑顔を見せた。


 ◇  ◇  ◇


「ただいま」

 俺がアコギの手入れをしていたら勝手にドアが開かれ、居候している彼女が入ってきた。

「おかえり。どうだった、学校は?」

「迷ったよ。困ったら声かけろ、とか言われてたけど見つかんなかったし、困ったんだからね。心やさしい人が助けてくれたから良かったですけど」

「なら良かった」

「適当じゃないですか?」

「気にするな。俺なんてそんなもんだからな」

「シュンさんは適当ですね。もう信じられません」

「といいつつちゃんと帰ってきたじゃん」

「……もう」綾芽は短めの金髪を揺らしながら、羽織っていたパーカーを脱ぎ、適当な所にかけた。「今日は来るの?」誰が、とは特に言わないが、まあ分かる。こいつが来るか否かを聞くとしたら、俺の幼馴染である藤崎律ぐらいだ。

「今日は用事があるから来れないって。謝ってたよ」掻い摘んでいうとだ。実際は、「ごめん瞬くん。とっても心配だけど、用事が入っちゃってさ。ああ、心配なのは瞬くんじゃなくて綾芽ちゃんのことだからね」分かっているよと応えたら、「手出したら通報するからね。わかるんだから、瞬くんがどこで何をしているのかなんか」だそうだ。どんだけ綾芽好きなんだよ、律は。

「そっか。残念だな。もっと話したいのに」彼女はとても残念そうに項垂れた。

「そうか。でも明日は来れると思うぞ」

「ほんとっ!?」

「嘘言ってどうする?」

「嘘だったら殴っちゃうからね。本気で」

「マジでやりそうだから怖いな」

「所で今日のご飯って何?」

「今日は回鍋肉と中華風スープだ。まあ適当に作るから、期待はすんなよ」

「しておくよ」

「おう、勝手にしろ」台所に立ち、食材を取りだす。パパッと作るためにシンク横の台に全ての材料を置き、調味料を一か所に集める。あくびをしながら、中華鍋に油を引き、火を付ける。まあ火とは言っても今やIHによって火の全く使わない料理スタイルが一般的なのだが。

「でも火を使わない料理っていうのも全く珍妙なものですよね。ワタシがいたところにそんなものは普及してなかったから」

「そうだな。確かにな」

 約七百年と少し前にIHが普及しだし、そしてそこから約五十年で東京のほぼ全家庭はそれに切り替わった。その背景には、一つは火事発生の軽減。もう一つが石油と呼ばれていた当時主流だった燃料が取れなくなったからだそうだ。それにモンスターの出現も伴いガス管というものを完全に無くしたのだ。つまりは国民全体の命を守るための手段。と伝えられている。

 そのことを掻い摘んで説明すると軽く首を縦に振り、「でもワタシの住んでいた所では火を使っていたんですけど。これってどういう事ですか? 薪とか使っていたわけじゃないですよ」と続けて聞いてきた。

「そうだな。……わかんないな。俺は正直、都内の情報しか知らないし、ましてや環境問題とか地方によるエネルギー使用方なんて専門じゃないから分かるよしもないからな」中華鍋を軽く煽りながら炒める。そろそろ完成だな。スープも良い感じの匂いになってきた。 

「そうですか……ですよね。ありがとうございます」考えてくれて、と小さく呟いて、彼女は伏せた目をこちらに急に動かし、それを輝かせた。「早くご飯食べましょう!」

 ……よく分からん子だよな、綾芽って。

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