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~夏祭り~ あなたのハートを今夜こそ!


「いいわね? 次の勝負で決着をつけるわよ!」


「いいですわ! 今度こそひよの、あなたを止めてみせますわ!」


 わたしは次の屋台に目をつけると、そこに人差し指を突きつけた。


 そちらに顔を向ける彼女。


 そして、口の端を吊り上げた。


「なるほど、たこ焼き屋さん………ということは」


「そうよ、たこ焼きの!」


「早食いっ!!」


 二人同時にその言葉を発すると、同じく、見つけた1パック400円の中々リーズナブルなたこ焼き屋さんにダッシュをかけた!




「へ? 今夜?」


 午後最後の授業が終了した教室。各々の放課後の始まりに、にわかに騒がしくなった。


 そんな中で、わたしは窓側最後列という学生にとっての特等席に座っている一人の男子学生に声をかけたのだった。


「そうそう! 今夜『祓木神社(はらいのきじんじゃ)』でお祭りあるじゃない? それに〜もしよかったら〜………一緒にいこうなぁって………どう?」


 よっし! すっごく自然に声掛けれたわっ!


 わたしはシュミレーション通りの展開に心の中でガッツポーズを決める。


 わたし『春日 ひよの』は今年長い受験戦争を経て、この『清華高等学園』に入学できたのだ。中学三年の時は、放課後は図書館で勉強して、登下校の電車の中でも参考書を読んで、海にもいかず、遊びの誘惑にも負けずに、勝ち取った高校生活!! この高校一年は去年遊べなかった分を挽回しようと意気込んでいたのだ。


 そんな高校生活の第一日目。わたしは出会ってしまった。この『水原(みずはら) 拓也(たくや)』に。


 彼は特に飛びぬけてかっこいいわけじゃない。体格だって中肉中背って言葉がぴったりのどこにでもいそうな感じ。ただ、髪とかは全然染めてなくって、おとなしいイメージがある。特徴をあげるとするなら、休み時間になると必ずなんかの本を読んでることかな。


 そんな彼に心を奪われてしまったのは、廊下に落ちていたバナナの皮に足を滑らせて、見事なしりもちを披露してしまった時の事、彼がわたしを起こしてくれた事がキッカケ。恥ずかしかったけど、その時の彼の笑顔が脳裏に焼きついてしまったのだ。


 もうそれからは何をしている時でも彼の事が頭から離れることはなかった。


 だからわたしの行動は早かった。その翌日から水原君に近づいていって、勉強一緒にしたり、ご飯一緒に食べたりしてよく話すようになった。だけど、友達以上にはなかなかなれる雰囲気にならなかった。何かキッカケが必要なのよね。


 そんな苦悩の日々が数ヶ月続いたとき、目に入ったのが『祓木神社』の夏祭りのポスター。もう神様がわたしに与えてくださったチャンスだ! って思ったわ。


 祓木神社とはわたしの家の近くにある神社で、どんな神様が祀られてるのかは知らないけど、毎年七月の頭に『祓木祭』という夏祭りが行われてる。大きくはないけど、ちゃんと出店とかも何店かあって、小さい頃から友達と一緒に遊びにいってた。小学校の頃とかは夜出歩くなんて滅多になかったことだから、それだけですごく特別な日に感じて、ワクワクしてたもんだった。


 それで今日はちょうどその『祓木祭』の日。話を切り出すには最高のネタってわけ。


 もうこの機を逃したら、また当分苦悩の日々が続くことは間違いない。学校に来る前から、何度も頭の中でどう話を切り出すかを考えまくってた。


 で、なんとかデートの話の切り出しはつまづくことなく成功。


 後は水原君がオーケーしてくれるのを祈るのみ!!


 わたしは表面平静を装った涼しい顔で彼の返事を待っているけど、その心の中では両手を握り砕くんじゃないかって程にきつく組んでの祈祷を行っていた。


「そんなお祭りあったんだ〜。いいね、行こうよ」


 彼がニッコリと笑う。


 やっっっっったあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!


 心の中でガッツポーズ! 表情も素直にほころんでいる。


 あ〜、全てがわたしの思ってるように進んでるわ〜〜。ひょ、ひょっとしたら、今夜のこのデートがうまくいって………つ、付き合うだなんてことにぃ!! きゃぁぁぁぁ〜〜!!


 もうなんていうか彼のオーケーの言葉に舞い上がってしまった。


「待ち合わせはいつどこにする?」


 彼の言葉に舞い上がっていた頭が我に戻る。


 そっか、待ち合わせ時間とか考えてなかった。今から行ってもまだ出店とか準備中だろうし、それに夜の方が雰囲気でるもんね〜。


「じゃあ、六時に祓木神社の鳥居の前でいい?」


「わかった。じゃあまた後でね〜。俺ちょっと用事があるから」


「うん! じゃあ六時に〜」


 わたし達はお互いに手を振って、一時別れた。


 さって〜、わたしも帰ってシャワー浴びて浴衣着よ〜〜っと!


 自然と鼻歌とか歌いながら、帰りの支度をしだした。その時、わたしの肩にポンと手が乗る感触が。


 何気なく振り返るわたし。そこにいたのは………。


 ゲ………。


「御堂 はるか………」


 わたしの目に入ってきたのは、どっからどう見ても隣のクラス1−3の住人『御堂 はるか』だった。


 もしかして、今の見られてた………?


 ほっぺが引きつるわたしを目の前に彼女は、その腰まで伸びる黒くて長い髪をかき上げると、ビシっとわたしに人差し指をつき付けた。


「見〜ま〜したわよぉぉぉぉ〜〜〜おおっ!!」


 ………ううぅぅ、やっぱり見られてた………。


 わたしは恐れていた最大の問題に見事に直面してしまった。


 彼女『御堂 はるか』は宇宙ステーションからシャーペンの芯までありとあらゆる物を扱っている日本最大企業『MiDo』の一人娘なのだ。その容姿も端麗で、いろんな行動が花に譬えられる程にキレイ。けど、背が低いってのがあって、そのキレイさはそのまま可愛さになってしまっている。

 

 それで彼女が自己中のワガママ女で、とぉぉぉ〜〜ってもいけすかない女〜〜! とかいうのなら、わたしもそれなりの態度で接すればいいんだけど、そういうわけではない。むしろ彼女はその逆、とても礼儀のなっているお嬢様なのである。

 

 御堂家はかなりの名家だから、礼儀作法はしっかりと仕付けられてきたようで、先生にはもちろん、生徒にもとても礼儀正しい。そしてそういう人にはやっぱりカリスマ性みたいなものがあるのか、彼女もわたし同様今年入学したばかりの一年生なのに多くの生徒が彼女を慕っている。将来の生徒会長だと言う人は少なくない。

 

 それで、そんな彼女の何が私の中で問題なのかというと………。

 

 えっと………わたしに思いを寄せているらしい………。

 

「どういう事ですの、ひよの!? 今日の午後は用事があるんじゃなかったんですのっ!?」


「いや〜、ほら、だから、さっきのがその用事なのよ」


 わたしよりも背の低い彼女はしかし、鼻の頭がくっつきそうなくらいに顔を近づけて迫る。

 

「そんな………そんな用事私許せませんわっ!!」


 ………いや、あんたに許してもらう事じゃないし………。

 

「じゃ、じゃあ、はるかとは今度遊ぶからさ、今日はごめんね!」


 とにかくこの場を逃げ切りたかったわたしは、適当に約束を作ると、彼女に手を振って背を向けた。しかし、

 

「そうはいきませんわ!」


 はるかの右手がわたしの腕を掴む。

 

「私も今日の『祓木祭』にひよのをお誘いしようと思ってましたのよ! それをあんな男に取られてなるものですか!」


 彼女の言葉にわたしは教室の入り口へと向かう爪先を、もう一度はるかへと向きあわせた。

 

「ちょっと、あんな男って水原君の事………?」


「そ、そうですわよ」


 急にわたしの態度が変わって、はるかは一瞬ひるんだけど、その言葉を撤回はしなかった。

 

「どうして、はるかに水原君の事をどうこう言えるのよ!」


 わたしの言葉に今度は、はるかが目付きを変えた。

 

「………ひよのが………ひよのがあんなに思ってるのに気付かない男なんて、あんな男で十分ですわ! 私は………私はこんなにもひよのの事を想っていますのに………悔しいじゃないですの!!」


 声を荒げるはるか。その声にまだ帰っていない生徒が視線を送る。

 

 わたしも彼女の言葉に一瞬熱くなった頭が冷やされ、今度は恥ずかしくなってきた。

 

 そんなにストレートに言われたら、ねぇ。

 

 でも、だからって水原君との約束を白紙になんか出来ない。

 

「悪いけど、やっぱり今日は無理。どうしても譲れない」


 わたしは唇をかみ締めながら、床に目を落とすはるかにそう言葉をかける。

 

 顔をあげる彼女。あわ、涙まで浮かべちゃってるよ。

 

「分かりましたわ」


 あれ?意外とあっさり引い、

 

「どうしても無理というのなら、私と勝負してください!」


 たわ………はい?!

 

「え? ちょ、ちょっと、勝負って一体………?」


「その勝負に私が負けたのなら、今日のひよのの行動に一切口出しはしませんわ!」


 彼女の言葉にわたしはピクリと眉を動かした。

 

 つまり、その勝負とやらではるかに勝てば後ろ髪を引かれずに、水原君とお祭りを楽しむことが出来るって事?

 

 思考回路が高速回転する。

 

 ………よし! まだ六時までには十分時間はあるし、勝負を受けよう! ここで断ったら、はるかがこの後どんな事を仕出かすか分からないもんね。

 

「分かったわ。はるか、その勝負受けてあげる!」


 わたしの返答に彼女の口元がニヤリと動いた。

 

 ところで勝負って一体何で勝負するんだろ? バスケとかテニスとかかな? 運動系勝負だったら自信があるんだけど、頭脳系勝負だとちょっと分が悪いわね………。

 

 ここで、勝負内容を聞かずに勝負を受け入れてしまった自分を少し後悔した。

 

 そして、その後悔は予想を大きく上回ってわたしに襲い掛かった。

 

「勝負は、今夜の『祓木祭』の縁日屋台を題材にした勝負ですわ!」


 はるかのビシっと突き出した人差し指がわたしを捉える。

 

 は、はめられた〜〜〜!!




「さぁ! ちゃんと来たわよ!」


 日も傾いてきた夕暮れ時、涼しくなり始めた『祓木神社』の鳥居の前でわたしは桜の花びらの白いシルエット柄の浴衣を着込んだはるかの前に足を揃えた。深い藍の浴衣に映える朱色の帯が彼女の美しさと見事に相まって、一つの絵画みたいになってる。それだけ彼女の元がいいってことなんだろうけど。

 

 わたしは薄いピンク色の浴衣に黄色い帯の装い。下地よりもちょっと濃い目のピンクで描かれたハイビスカス柄がお気に入りなのだ。

 

「ありがとうございますわ。さ、時間も限られてますし、早速勝負を始めしょう」


 縁日の開始が夕方の五時からということだったので、お祭り開始と同時に待ち合わせということになったのだ。

 

 水原君との約束は六時から。ギリギリの時間だけど、勝負を受けてしまったし、もしそれではるかとの勝負を断ったり、すっぽかしたりしたら、今日の水原君とのデートにどんなちょっかいを出して来るか分からない。ここはもう勝負に勝って水原君との二人だけの時間を勝ち取るしかない!

 

 わたしはハラを決め、気合を入れてやってきたわけである。

 

「まずは何で勝負しようってのよ?」


 わたしはもう何店も開店している出店を見渡して、はるかに声をかけた。

 

 鳥居前に来る途中にも幾つもあった色々な出店。一体なんの出店でどんな勝負をするっていうのかしら?

 

「いいですのひよの? 一回勝負じゃあ詰まりません。これからの勝負、一勝負事にお店を変えて3本勝負2本先取した方が勝ちというのでいかがでしょう?」


「わかったわ」


「では、まず最初の勝負は、あれですわ!」


 はるかがビシッと指差したその先、人影が多くなり始めた『祓木祭』の出店群の中、その暖簾には太く達筆な字でこう書かれていた。


 『金魚』

 

「金魚すくい?」


「そうですわ。縁日の定番の一つでしょう? あの金魚すくい屋さんで一つのすくい紙で多く金魚をすくった方の勝ちという単純な勝負ですわ」


 わたしはその勝負内容に心躍らずにはいられなかった。

 



「主、二枚お願いしますわ」


 はるかは金魚すくいの店主の前に立つと、二回分の料金四百円を渡してすくい紙をもらい受ける。そして一つのすくい紙をわたしへと差し出した。

 

「え? いいの?」


「いいんですのよ〜。私が勝負を切り出したのですから」


 わたしは素直にはるかからの申し入れを受けて、すくい紙を受け取った。

 

 正直あまりお財布の中身に余裕の無いわたしには嬉しい申し入れだった。

 

「さぁ、行きますわよ!」


 キリっとしたはるかの顔にわたしも口元を引き締めて、水槽の前に屈みこむ。

 

 目の前の水槽には赤や黒のいろんな金魚が気持ちよさそうに泳いでいる。まだ縁日は始まったばかりだからなのか、その数は多くて逆に難易度があがっている気配。

 

 わたしは小さい頃からこの祓木祭に遊びに来ていて、金魚すくいは毎回何度もやっている。自慢じゃないけど、金魚すくいの自己最高記録は一枚のすくい紙で二十四匹。おかげで、近所では『救い神のひよの』だなんて呼ばれてるんだから。この勝負、負けるはずがないわっ!

 

 一人分のスペースを空けて隣で同じように屈むはるか。ちらりと見た彼女の瞳もまた自信に満ちた、ううん、勝利を確信しているかのような強い視線で、水槽の中の金魚達を見つめていた。

 

 なるほどね。はるかも腕に覚え有りってわけね。そりゃそうか、じゃなきゃ勝負に金魚すくいを挙げてくるはずがないわね。

 

「よーい、スタート! ですわ!」


 隣からの声が耳に届く。

 

 よし! 初めっから本気でかかるわよ!

 

 わたしは腕をまくると、静かに呼吸をして、水槽へと集中した。

 

 緩やかに揺れる水面。そして狙う金魚の動き。この二つが金魚すくいじゃあポイントになってくる。この二つを読み取っていけば、金魚は確実に獲れる。幸い、この勝負は時間制限はないから慎重に行動していける。

 

 さぁ、すくい獲ってあげるわよ! 金魚も! 水原君とのデートも!!

 

 わたしは自分で、金魚すくいモードに入ったのが分かった。

 

「見切ったっ!! いくわよ! 必殺っっ!!!」


 すくい紙を持った右腕を前から背中に回して、腰を捻ると、わたしは水槽のある一点にのみ集中力を注いだ!


一条(いちじょうの)月光(ひかり)っ!!」


 声をあげた刹那、わたしの体は線のように伸びて、しぶきを上げることなく三匹の赤い金魚が中空に打ち上げられていた。ちなみにわたしのすくい紙は湿ってさえいない。

 

 わたしはそれらを水の入った器で受け取ると、はるかに視線を送った。

 

「どう? はるか。このわたしに金魚すくいで勝負を仕掛けた時点であなたの負けは決定してたのよ。無駄なあがきは止めたら?」


 わたしの言葉にしかし彼女はその瞳の強さを弱めてはいない。むしろその強さは強大になってきている気さえする。

 

「さすが私の心を射止めたお方ですわ、ひよの。ですが私諦めは悪いんですのよ! 私の力、見せて差し上げますわ! 奥義っ!!」

 そういうや否や、はるかはすくい紙を空高く投げ上げ、振り上げた右腕を掲げたままで強く拳を作ると、それを勢い良く振り下ろした。


反重力地帯(トラクタービーム)っ!!」


 彼女が腕を落とした先はなんと水槽の中。そして、その勢いで水槽の中の水が全て空中に吹き飛ばされてしまった。当然、その中を泳いでいた金魚も一緒に打ち上げられている。

 

「な、なんて技なの………」


 水がわたし達の頭を越えるくらいの高さまで上がると、そこから重力に引かれ始めた。その時、はるかが器を持った腕を目で捉えきれない程の動きで瞬かせる。

 

 刹那、水が大きな音を立てて、水槽に戻った。そして、わたしの目に入ってきたのは、はるかの器に金魚が山盛りになっていた光景だった。

 

「この勝負、私の勝ちですわね」


 その言葉にわたしは何も反論出来なかった。

 

 く、悔しい………! このわたしが金魚すくいで負けるなんて………! ううん、何よりここで貴重な一勝が失われちゃった。水原君とのデートおぉぉぉ………。

 

 意気消沈してしまったわたし。しかしその時、意外なところから声が上がった。

 

「ちょっと待ったお嬢ちゃん。成り行き見させてもらったが、あんた達勝負してるね。しかも、互いに背負うものは大きいと見える」

 声があがったのはわたし達の目の前。そう、金魚すくいのおじさんだった。

 

「主、なんですの? 私達の勝負に何か文句がおありでして?」


 はるかがきつい視線をおじさんに送る。

 

 しかし、おじさんはニヤリと笑った。

 

「いや、文句なんかねぇよ。しかしねお嬢ちゃん、あんたが勝ちだっていうのはいかがなもんかね」


「どういうことですの? 私の方が多くの金魚を獲てますわ。このまま続ければ私の勝ちは自明の理」


「たしかに、金魚の数じゃああんたの方が断然に勝っている。だけどな、これは金魚すくい。今のあんたの獲り方は金魚すくいの精神に反する!」


「なっ!?」


 おじさんの言葉に今度ははるかが反論出来ない様子だった。

 

 そのおじさんは、はるかの獲った金魚に目をやると少し悲しげな視線を送りながら言葉を続けた。

 

「それに見てみなよ、お嬢ちゃん。そっちのお嬢ちゃんのすくった金魚は生き生きしてるだろ。それに比べてお嬢ちゃんの金魚はどうよ? 苦しそうじゃぁねぇか」


 確かにはるかのすくった金魚はギッシリ積まれている上、水に浸かっていない金魚も多数いて、苦しそう。

 

 刹那、はるかがその場にひざまずいた。

 

「………私の………負けですわ………!」


 がっくりと肩を落としてポツリと呟いた。

 

 その光景におじさんは、ウンウンと強く頷いていた。

 

 ………これは? わたしの勝ちでいいのかな……?

 

 第一勝負、金魚すくいはわたしの勝利で幕を閉じたようである。




「さ、気を取り直して、次の勝負と参りましょう」


 すっかりさっきの落ち込み具合は抜けていて、またもキリっとした顔がそこにはあった。

 

「さっきの勝負は私の負けでしたので、今度の勝負も私が決めさせていただきますわ」


「オーケー。今度の勝負は何なの?」


「次の勝負は、あれですわ!」


 またもビシっと指差したその先にあるお店の暖簾には、やっぱり達筆な字体で今度は『しゃてき』と書かれていた。

 

「今度は射的で勝負ってわけね」


「そうですわ」


 頷くはるかとわたしはその暖簾の元で足を揃えた。

 

 店のおじさんの威勢の良い声に迎えられたわたし達。

 

 この射的屋さんは、四段の棚にそれぞれ色々な景品が並んでいる。

 

 基本のジッポライター、お菓子、ぬいぐるみ、おもちゃ、レトロゲームソフト、そして絶対に倒れなさそうなゲームハード。品揃えは、まぁよくある射的屋と同じ感じ。

 

 はるかがまたもわたしの分のお金もおじさんに渡して、銃と弾を借り受けた。

 

「さぁ、ひよの、あなたからお撃ちなさいな」


 そう言ったはるかは借りた銃の一丁をわたしに渡して、弾はわたしの目の前に置いた。

 

「これの勝敗の付け方は?」


「倒したものの総合の価値がより高かった方が勝ちですわ」


 彼女は景品の方を見つめながら答えた。

 

 つまり、倒し易い小物ばかりを狙ったんじゃあダメって事ね。

 

 わたしも改めて景品を品定めする。

 

 弾は六発。よく狙っていかないと。ここは倒し易そうで、高価なゲームソフト辺りを狙っていきたいんだけど、いかんせん、あれって後ろに支えがあるのよね。しかも結構丈夫な支えが。

 

 小学校の頃、ゲームソフトが欲しくて、狙っては弾かれ狙っては弾かれの繰り返しを幾度となく繰り返した記憶がある。支えの存在に気がついたのは小学校高学年の時だったかな? とにかく、あれは罠。狙うんだったらやっぱりジッポライター辺りでしょ!

 

 わたしは銃にコルク弾を仕込むと、一番上の段に置いてあるジッポライターに狙いを定めた。

 

「見せてあげるわ! わたしの力!」


 右手で引き金に指をかけて、左手で銃身を支える。銃と視線を同じ高さにしてライターに照準を合わせる。

 

 わたしは右人差し指に力を入れた。


不次(ふじのや)の矢っ!!」


 コルク弾が光線となり狙ったライターへと向かっていく。

 

 刹那、ライターが中空に高く吹き飛ばされた。

 

 わたしが打ち出したコルク弾が狙い通りにライターの中心点を撃ちぬいたのだ。

 

 わたしはその後の五発もジッポライターを狙い、確実に捉えて六個のジッポライターを取った。計一万円くらいの価値になったんじゃないかな?

 

「悪いわね。もうジッポライターはほとんど取っちゃったわよ。先に撃たせちゃったのは失敗だったんじゃないの?」


 余裕の表情を見せるわたしに、しかしはるかは、わたしよりも余裕の表情で返してきた。

 

「まぁ、見ていてくださいまし」


 そういう彼女は銃を持つと、景品を見据えた。

 

 はるかは何を狙うって言うんだろう………?

 

 しばらくして、彼女は狙いを決めたのか、銃を構えた。

 

 刹那、彼女から凄まじいオーラが放たれ始めた!

 

 なっ!? い、一体このオーラは何なのっ!?

 

「こんな動かない標的を撃ち取るなんて、赤ん坊でも出来ることですわ!」


 その言葉を紡いだ瞬間、はるかの目がカっと見開かれた。


 「一点集中(ピンホールショット)っ!!」


 その声が辺りに響いた直後、わたしの視界には信じられない光景が広がった。

 

 空中に、客を引き寄せる為だけにそこに置いてあるといって過言ではない、絶対に撃ち取れるはずのない、あのゲームハード『プレイテンション3』が浮かんでいた。

 

 刹那、それは重力に引かれて地面へと落ちていく。

 

 それに引かれるように、六つのコルクの弾がパラパラと落ちてきた。

 

 わたしと、当然店のおじさんが愕然とするのを横に、はるかは「ふぅ」と一息吐くと、構えを解いた。

 

「三万円程、ゲットですわね」


 ニコリと笑う彼女。あのオーラはすでに消えているが、あたりにまだその余韻が残っている。

 

 どうやら、さっきのはるかの業は弾を撃って、瞬時に装弾をして発射。それを六発分すべて一瞬で行ったらしい。しかも全弾寸分の狂いも無くプレイテンション3の中心点を撃ちぬいていたのだろう。普通の六倍以上の力、だからあんな光景が生まれた。なんて凄まじい業なのよ………。

 

「幼い頃から叔父様にクレー射撃場に連れて行ってもらっているので、射撃には自信がありましたの」


 いや、クレー射撃をしてたとしても、あんな事は出来ないと思うんだけど………。

 

 とにかく、この射撃勝負ははるかの勝ち。これで一勝一敗のイーブンで振り出しに戻っちゃったってわけね。




「さ、次が最後の勝負ですわ。今度の勝負内容はひよのがお決めになっていいですわ」


 さっきの勝ちで、すっかり勢いに乗っている様子のはるか。だけど負けるわけにはいかない! ここで負けたら、せっかく水原君との関係に新しい進展が起こりそうなチャンスがなくなっちゃう! 負けられないっ!!

 

 わたしは周りの出店を見渡した。

 

 何か、何かはるかと勝負して有利に運べそうな出店は………あっ! あれだ!

 

 わたしの目に留まったその出店には、色とりどりのシロップが並び、シャリシャリと心地の良い音が氷の山を生み出していく夏祭りに欠かせない出店の一つ。そう、夏の暑い季節には心をときめかせてしまう魔法のデザート『かき氷』屋さんが目に入ったのだ。

 

 かき氷の早食い! この勝負ならお嬢様なはるかには不得手な勝負に違いない! それに、かき氷はわたしの好きな食べ物でもあるし、負けるはずが無い!

 

「はるか、最後の勝負はあれよ!」


 わたしは見つけたかき氷屋さんに指をさした。

 

「かき氷、ですの?」


「そうよ、かき氷の早食いで勝負よ!」


 わたしは突き出していた指をそのままはるかに向けなおして、声をあげて宣言した!

 

「なるほど。そろそろ喉も渇いてきましたし、ちょうどいい勝負ですわ!」


 よし! 勝負成立! この勝負もらったわっ!

 

 わたしの心の中の確信を知ってか知らずか、はるかはニヤリと笑った。

 

 ん? 余裕って事なの?

 

「私かき氷が一番の好物ですの。一日に五杯くらい余裕ですもの。この勝負頂きましたわ!」


 な、なんですってーー!? 思わぬ計算違いだわ………でも、わたしだって、かき氷好きは誰にも負けない自信はある! 簡単な勝負じゃなくなったみたいだけど、この気持ちにかけて、絶対に勝ってやるんだから!

 

 わたしとはるかは、お店の前に行ってそれぞれのかき氷を頼んだ。

 

「ブルーハワイ一つお願いします」


「イチゴを一つお願いしますわ」


 二人にかき氷が行き渡ったところで、第三勝負の幕が開かれた!




「はぁ、はぁ、………中々、勝負がつきませんわね………」


「はぁ、はぁ、………そうね………」


 あの後、かき氷早食い勝負は全くの同時に食べ終わって、引き分けという事になった。その後もたこ焼きの早食い勝負、りんご飴早舐め勝負、わたがしアート勝負、型抜き正確勝負、ひよこ雌雄判別勝負、等々いくつかの勝負を繰り広げたんだけど、熱くなったわたし達の動きはミスを生むことは無くて、引き分けが続いた。

 

 ふと境内に設置されている時計が目に入った。その長針はすでに10の数字に掛かっている。

 

 わたしの視線ではるかも時計に目が行く。

 

「もう時間がありませんわね」


「そうね」


 このままじゃあ水原君との待ち合わせ時間までに勝負が付きそうに無い………どうにかして決着つけないと………。


 そんなわたしの焦る気持ちを察してか、はるかが口を開いた。


「次の勝負で決着をつけましょう」


「そのつもりよ! さ、何の勝負をするの?」


 さっきのお面をつけてなりきり勝負はわたしが決めたから、今度の勝負内容決定権ははるかにある。さぁどんな勝負をしかけてくるの?

 

 はるかはわたしの横をすぅっと通り抜けると、境内の中にある、お札やお守りを売っている所へと向かった。

 

 ん? そんなところで何を………?

 

 そのわたしの疑問はすぐに解かれることになった。

 

「これで、勝負ですわ!」


 はるかが掲げたそれは………。

 

「おみくじ………?」


「そうですわ。このおみくじを振って、出た自分の運勢の高かった方の勝ちという勝負ですわ!」


 なるほど、運も実力うち。時間がない今となっては最適な勝負ね。

 

「いいわ! おみくじ勝負で決着を付けましょう!」


 勝負の行方は全く分からない。だけど、ここで負けるようなら、水原君と今夜一緒に遊んでも、進展が生まれなさそう気がする………。そんな杞憂を払う為にもわたしは、このおみくじではるかに勝つ!!

 

 お金を巫女さんに渡して、おみくじの箱をガラガラと振る。

 

 わたしの運勢! 強くあれ! わたしに未来を拓かせて!!

 

 強く想いながら振っていると、箱から一本の棒が出てきた。

 

 その棒の数字は、

 

 うっ………!?

 

 四十四番。

 

 ………いやな数字引いちゃったな………。

 

 でも、振りなおしなんて出来ない。しかたなくわたしはその数字を巫女さんに教えて、おみくじを貰い受ける。

 

 大丈夫よ! いくら不吉な数字だとしても、おみくじの内容とは関係ないはず! 案外大吉とかかもしれないし………。

 

 わたしはプラス思考のままで、おみくじを開いた。そこにあった運勢は………。

 

 ………きょう………。

 

 紙の中にあった文字は、コを横にした中にメが入ってる漢字………。

 

 凶。

 

「ひよの、ついていませんわね。こればっかりはどうしようもありませんわ」


 ………最悪………。よりによって、どうしてこのタイミングで凶なんてひくのよぉぉぉ………。

 

 絶望の淵に追いやられたわたし。その横ではるかもおみくじの箱を振り出した。

 

 かなり気が楽だろうな………。凶以外を引けば確実にはるかの勝ち。そして、長く続いた勝負の勝者もはるかで決定ということになる。ううぅぅ、水原君とのデートがぁぁ………。

 

 もうなんか涙が出そうだった。そんな中、はるかが貰ったおみくじを開いた。

 

 一体、はるかはどんな運勢だったんだろ? わたしと同じで凶とかだったらいいのに………。

 

 そんな事思っていると、目の前の彼女が急に崩れ落ちた。

 

 ? 一体どうしたんだろう?

 

 彼女の様子を伺おうと、更に近づいた時、わたしは彼女のおみくじの内容が目に入ってしまった。

 

 え………? これって………?

 

「なんですの………! この凶って………この大のついた凶ってなんなんですの………!!」


 はるかは搾り出すような声を出した。

 

 そう。なんとはるかのおみくじにあった運勢は、わたしよりも悪い運勢の大凶!

 

 つまり、この最終勝負おみくじ良い運勢だった方が勝ち勝負はわたしの勝ちって事!?

 

「悔しいですけど………祓木祭出店勝負は………ひよのの勝ちですわ」


 はるかはその言葉を紡いだ瞬間、ガックリと頭を垂れた。

 

「やったぁぁーーーーっ!!」


 わたしは思わず大きな声を出して喜んだ。

 

 これで、水原君と心置きなく祓木祭を楽しめる! 二人の関係の進展だってありえるかもしれない! きゃぁぁ〜〜〜!!

 

 一時間掛かったはるかとの祓木祭出店三番勝負は、二勝一敗十引き分けという長い戦いは、運の僅かな差でわたしが勝利の女神に微笑まれた。




 午後六時。涼しい夜風と心地よい御囃子につられて、多くの人が祓木祭へと足を運んでくる。わたしの前を右へ行く人、左へ行く人、何人もの人の波が過ぎていった。

 

 はぁ、どうしよ〜〜! 緊張してきちゃった〜〜〜! わたしから誘ったんだけど、どんな顔して水原君を迎えればいいか分かんない!

 

 とにかく、今まで通りに、学校の中と同じような感覚で、あんまり意識しないようにすればヘマしないはず!

 

 頬を両手でパシパシ叩いて気合を入れる。

 

 ふと目をやった時計の長針は徐々に傾き始めてきた。

 

 そろそろ来る頃かな?

 

 辺りに目を配らせて、人並みの中に彼の姿がいないか探してみる。

 

 だけどそれらしい影は、ない。

 

 用事ってのが長引いてるのかな?

 

 放課後彼が言ってた言葉を思い出してみたりする。決して彼が来れないだなんて予想は一切考えない。考えたら現実に起こりそうで恐いもの。

 

 その時、わたしの巾着袋が揺れた。

 

 中を覗くと、サブディスプレイが光々としていたケータイが原因だった。いつまでも続くバイブの振動にメールじゃなくて、通話がかかってきている事に気付く。

 

 ケータイを開くと、そこに表示されていたのは、待ち焦がれている相手の名前。

 

「水原君!」


 思わずこぼれる声を気にする意識はなく、慌てて通話ボタンを押して、ケータイを耳に当てる。

 

「もしもし?」


「あ、水原だけど」


「うんうん。どうしたの? まだ用事が終わってない?」


「それなんだけど………ごめん! いけなくなっちゃった!」


「えっ!?」


 水原君の思いがけない、思ってはいけなかった言葉がわたしの耳を突き刺した。

 

「なんかアニメの特番があったらしくって、それを今から友達と見ることになっちゃったんだ。ほんとごめんね!」


 更なる彼の言葉にわたしは凍りつく。身も心も………。

 

「………あ、う、うん………。大丈夫よ………今日急に誘っちゃったんだし、しょ、しょうがないわよ………うん」


 言葉は出るものの、頭の中は真っ白。

 

「ごめんね。今度はちゃんと付き合うから。じゃあ、今夜はほんとにごめん!」


「ううん、気にしないで。それじゃあ、また明日」


 その後、耳に入ってくる機械音をわたしはしばらく聞いていた。

 

 ………………………………。

 

 ……………………。

 

 ……………。

 

 ………。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜んっ!!!」


 なんでーーーー!? どうしてこうなっちゃうのーーーー!? せっかく頑張って勝負にも勝ったのにーー!! あーーーん!!

 

 目から涙が滝のように流れてくる。

 

 その時、

 

「可愛そうなひよの………私が慰めてさしあげますわ!」


 背中に衝撃が当たり、わたしの腰をギュっと抱きしめる細い腕が見えた。

 

 後ろを振り返ると、そこには、

 

「え!? は、はるかっ!?」


 御堂はるかがわたしの体に頬を摺り寄せている姿があった。

 

「どうしてはるかがここにいるの?? さっき帰ったんじゃないの??」


「帰りましたわよ〜。でも、あのおみくじを結んでいくのを忘れてましたので、結びに戻りましたの。そしたらひよのが泣いてるじゃあありませんの! そんなひよのを抱きしめずにはいられませんわ!」


 はるかの言葉にわたしは心の中がじわっと暖かくなった気がした。

 

 水原君に断られちゃって、寂しかったから、余計にはるかの存在が嬉しいものに感じた。

 

「ありがとう、はるか」


 指で涙を拭って、笑顔ではるかに言葉をかけたわたし。

 

「う、嬉しいですわひよの! もう一度ひよのに会えて、こんな優しい言葉をかけられて………これもあのおみくじを結んだからですわね」


 ん?

 

 その時、わたしの脳裏に何かが過ぎった。

 

 もしかして!

 

 わたしは思いついた事を確かめるべく、さっきのおみくじを再度広げて目を通してみる。

 

 その中の一つの運勢に目が止まった。

 

「恋愛運勢………待ち人現れず………これだーーーー!!」


 わたしは予感的中の結果にはるかを振り放そうと動いた。

 

 勝負に勝った事で、すっかりこんな危なげなおみくじを結ぶのを忘れてた! これよ! これがいけなかったのよーー!!

 

「離してはるかーーー! このおみくじを結ぶのーーー!!」


「いいえ、離しませんわ! ひよのと一緒にもっとお祭りを楽しんで、あなたのハートを今夜こそ私のものにしてみせますわ!」


「いやぁぁぁ〜〜〜!! 水原君とのデ〜〜〜〜〜〜トぉぉおおおお〜〜〜!!」


 蛍の光が夏を運ぶ月夜の下で、お囃子と和太鼓の音の中にわたしの叫び声は消えていったのだった。




おわり〜〜!! 


2004年 作成

2010年 加筆・修正

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