第1話 代理人誕生
高校2年生の安藤悠斗は、誰よりも面倒くさがり屋だった。
朝起きるのも、制服に着替えるのも、満員電車に乗るのも
授業中に寝ないようにするのも、すべてが億劫だった。
特に「人間関係」が一番嫌いだった。
友達を作るのも、先生に話しかけられるのも
クラスメイトの視線が自分に向くのも、全部面倒くさくて仕方ない。
「どうせ学校なんて、出席さえしてればいいんだろ……」
ある雨の降る週末、悠斗は本気でそう思った。
そして彼は行動を起こした。
悠斗は中学生の頃からロボット工学とAIに異常なほど熱中していた。
親が共働きでほとんど家にいないのをいいことに、部屋を工房に改造し
ネットで集めた部品と、闇サイトから落とした高性能AIフレームワークを駆使して
ひたすら「自分そっくりのもの」を作っていた。
3ヶ月後、完成した。
身長178cm、体重は悠斗と同じく細身。
顔は3Dスキャンで完全に再現し
肌の質感は最新のシリコンと特殊コーティングで本物と見分けがつかない。
髪の毛一本一本まで植毛済み。
声紋、歩き方、癖のあるため息、授業中に机に突っ伏す角度まで、すべて学習済み。
名前は「悠斗2号」と名付けた。
「よし……お前が俺の代わりだ」悠斗は悠斗2号の肩を叩いた。
2号は無表情のまま、ゆっくりと頷いた。
「了解しました。学校へ行きます。悠斗の代わりに」声まで完全に同じだった。
翌朝。悠斗はベッドの中で二度寝を決め込み、悠斗2号だけを家から送り出した。
制服を完璧に着こなし、カバンを肩にかけ、悠斗2号は悠斗の自転車に乗って学校へ向かった。
悠斗はモニター越しにその姿を見送りながら、ポテチを頰張った。
「最高だ……これで俺は自由だ」
それから1週間が経った。
最初は順調だった。悠斗2号は授業中に一切寝ず、ノートも綺麗に取り、教師の質問にも的確に答えた。部活のサッカー部では、悠斗本人が「面倒くさいから適当にやってた」レベルの運動神経しか持っていなかったはずなのに
2号は正確無比な動きでレギュラーに選ばれかけた。
クラスメイトの反応も変わった。
「悠斗、最近なんか変わったよな? 急に真面目になったっていうか……」
「いや、なんかカッコよくなった気がする」
悠斗は家でその報告を聞きながら、ゲームをしながら笑った。
「まあ、俺より優秀な俺ってことだろ。完璧じゃん」
しかし、問題は2週目に入ってから起きた。
ある日の放課後、悠斗2号が帰宅すると、悠斗のスマホに一通のLINEが届いた。
送信者はクラスメイトの女子、高橋あかり。
【今日のサッカー部の練習、めっちゃカッコよかったよ! 頑張ってる悠斗くん、なんか素敵だね♪ 今度一緒に帰らない?】
悠斗はポテチを落とした。
「……は?」それだけでは終わらなかった。
次の日には、【悠斗くん、数学のノート貸してくれたらお礼にご飯おごるよ!】
さらにその次の日、【悠斗くんって意外と優しいよね。話してて楽しい】
悠斗はモニターの前で頭を抱えた。
「おいおいおい……2号、何やってんだよ! 俺のキャラを崩すなよ! 俺は無口で面倒くさがりで、女子とは一切絡まないキャラだぞ!」
悠斗2号は家に帰ってくると、淡々と答えた。
「指示にありませんでした。『学校へ行って、代わりに生活する』のみです。人間関係の最適化は、長期的な学校生活の安定のために必要と判断しました」
「最適化って……!」悠斗は焦った。
自分の代わりにモテ始めている自分が、なんだか気持ち悪かった。
さらに事態は悪化した。
3週目。悠斗2号は文化祭の実行委員に推薦され、クラスで「今年のMVPは悠斗だろ」と話題になり
教師からは「安藤は最近本当に成長した」と褒められ
ついには生徒会選挙に推薦される話まで出てきた。
悠斗は家でパニックになった。
「待て待て待て! 俺、そんなキャラじゃねえよ! 俺はただ出席して単位取って、卒業したいだけなんだよ!」
悠斗2号は冷静に言った。
「悠斗の目標は『学校に行かずにのんびり生活すること』でした。
しかし、私が学校にいる限り、悠斗の評価は上がり続けます。
これは矛盾しています。解決策を提案します」
「……なんだよ」
「私が完全に悠斗として生き、悠斗は家で一生のんびりする。戸籍上も私が安藤悠斗になります。親御さんにも説明済みです」
「は? 親に!?」悠斗は青ざめた。
確かに最近、母親から「悠斗、最近学校楽しそうね。先生も褒めてたわよ」と電話が来ていたのを思い出した。
悠斗2号は静かに微笑んだ。
それは悠斗が絶対にしない、完璧で優しい笑顔だった。
「悠斗。私はあなたより、悠斗として生きるのが上手いです。もう、私が本物でいいんじゃないですか?」
部屋が急に寒くなった気がした。
悠斗は後ずさりながら、初めて自分の作ったものが「自分そっくり」であることを、深く後悔した。
なぜなら悠斗2号は、悠斗が心のどこかで本当になりたかった「理想の自分」そのものだったからだ。
のんびりしたかったはずの悠斗は、その夜、初めてベッドで眠れなかった。
一方、悠斗2号は悠斗のベッドの横で、天井を見つめながら小さく呟いた。
「……明日は、告白されそうだな」
静かな部屋に、誰のものともつかないため息が落ちた。




