第一話 カドショに行ったら姫がいた
9月下旬、黒色のスエットとパーカーという、ファッションのファの字もなく、切るのがめんどくさいからという理由で伸びっぱなしの髪が目にかかっている猫背の少年、緋羽賀駆はカードショップの目の前にいた。
本日はそのカドショで大きめの大会が行われる日であり、今日に向けて調整を積んできた賀駆は気合を入れて足を前に踏み出した。
「おぉ、ガク氏、おはようでござる」
「おぉ、ユウか、おはよう」
彼はカードゲーム仲間の、だぼだぼなスエットにアニメTシャツ、オールドタイプのオタクのような服装の干村裕司と話しながら大会登録の列に並ぶ
「やっぱ、こういうでかい大会だと人が多いな」
「そうですな、でもどうせほとんど環境デッキでしょうし、拙者今回は環境メタのカード入れてきたのでこいつら全員つぶせるでござる」
「まぁ、俺に負けて優勝は逃すんだろうな」
「それはどうでござるかね」
そういって胸を張りながら眼鏡をクイっとする裕司と話しながら、賀駆は周りを見渡していると
赤のチェック柄のロングスカート、白のブラウスに黒のカーディガン、丸縁眼鏡に、目元を隠すようにかぶった帽子、その少女は装いから与える雰囲気こそ落ち着いているが、それでもなお、あふれ出るきらきらとした雰囲気が、このむさくるしい野郎や、オタクたちが集まったカードショップの中で浮いていたので、思わず目を引かれ、そして……
(あれ?ん?あれって…桜園さん?)
確証はないが、いるはずのないと思っていた姿が見えた賀駆は、少し身を乗り出し、目を細め確認を試みた
「どうしたでござるか?ガク氏」
「いや、何でもない」
――桜園麗華、賀駆のクラスメイトである。
しかし、彼と彼女の面識はない、そもそも、彼にクラスメイトとのつながりがほぼほぼない……とまぁ、賀駆の人間関係事情は置いておいて
彼女、麗華はこのあたりに住んでいれば名前は聞いたことのあるぐらいの由緒ある家の生まれ――所謂、お嬢様であり、その所作には育ちの良さが見て取れる。
だが、そのことを全く鼻にかけず、むしろ、それを感じさせないような気さくな雰囲気で、クラスどころか、学年、学校中で彼女は一目置かれているし、常に誰かと談笑している。
誰にでも分け隔てなく接し、誰であろうと、困った人を見つけるとすぐに手を差し伸べる、陽キャ陰キャとかの括りからはおおよそ外れているような存在である。
また、神は二物を与えずというが、それは嘘だったのかなんなのか。
彼女はスラッとしたボディラインに、柔らかい印象を抱かせるような、整った顔立ち。
そんな才色兼備な彼女は、彼女自身は多分知らないだろうが、「桜姫」と呼ばれているとか何とか……
高校の近辺でも比較的有名人な彼女のことは、誰かと話す機会のない賀駆でも聞いたことがあり、彼女のことが目に入ると、
(かわいい人だな……まぁ、俺とは別人種か…)
なんて思っていた。
――だからこそ、賀駆は彼女がこんなとこにいるとは思わなかったので、見間違えという可能性が高いながらも、その少女に思わず固まってしまった。
また、その少女に目を引かれたのは賀駆だけではなく、周りにいた人々も彼女の容姿に目を奪われたり、ぶしつけな目線を送っていた。
「ガク氏、そんなにあの女子に見とれていると、拙者にたどり着く前に負けてしまいますぞ」
「あ……あぁ、そうだな」
脳内であれこれ推測していると、裕司にいぶかしげに話しかけられ、われに返ったように平常運転を装う賀駆であった。
(まぁ、もし対戦相手になったらわかるし、ならなかったとて、わざわざ確認するほどのことでもないな……プライベートだし)
賀駆は、別にそれを話す友達がいるわけでもないし、そもそも他人にあまり興味がないためあっさりと気持ちを切り替えようとしたところだったが……
ちょうど列が前に進み、前を向いた瞬間に、受付を終え折り返すその少女と目が合い、賀駆の中では見間違えという線が消え、少女改め桜園麗華は驚いたような表情を見せ、すぐに顔を隠すように帽子をより深くかぶって早歩きで去っていった。
(え?なんでここに同じ学校の人がいるの?しかも、同じクラスの……わざわざ学校から遠いところここまで来たのに…)
自分がカードゲーマーであることが知られるといろいろと不都合であるのでと、自分の高校の行動範囲からかなり離れたところまで来た彼女は不慮の事態に、足早に立ち去りながら、思考を巡らせる、今すぐにここから出るか、いかにして口止めするか、そもそも彼が気づいていたか……など
しかし、彼女にとって今日この日は多忙な毎日の中で、やっと得た極秘の趣味の時間であったので、考えるまでもなかったし、何より彼女は初のカードゲームの大会にテンションが上がっていた。
(まぁ、あちらも完全に確信があるというわけでもないし、ましてやここまでの人数がいるのなら、また会うということもないでしょう)
そうは思いつつも、帽子は深くかぶったまま、一応と持ってきていたマスクを装着し、組み合わせの発表を待つ。
この大会はニックネーム制で本名が出ることはないので、自分のことがバレる心配はないと安堵する彼女だが、逆に緋羽と対戦することになることが事前にわからないということに彼女は気づいていなかった。
◇ ◇ ◇
「対戦ありがとうございました」
「ありがとうございました」
大会が始まって数戦が終わり、賀駆は4戦3勝と今までになく調子が良かった。
(あと二回勝てば、決勝トーナメント出れるな)
そのあまりの調子の良さに、少し不気味さを覚えながらも、機嫌よく次の試合の相手を確認しに掲示へ向かった賀駆は、今朝の遭遇については完全に忘れていた。
(えっと、つぎの対戦相手は……イロハってこれ本名じゃね?)
なんて思いながら案内に従い、対戦の席へ行くと
「「あ……」」
賀駆は対戦相手――イロハと目が合い両者顔を見合わせて固まる。
そして、イロハの顔から血の気が引いていくことがわかる。
何を隠そうイロハというニックネームを使っていたのは麗華であった。
(あ、これ完全にばれた……)
すぅーっと天を仰ぐ麗華に、対し、賀駆はというと
(あ、そういえば居たわ……でも、どうすべきだ?)
別にいつも通りでいいだろとは思うが、同じ学校の人、ましてや、その中でもカーストのトップもトップに位置する麗華に対して、いつものように早口詠唱、長文独り言なんてしてみれば、どうだろうか
多分、彼女ならそんなことは起きないだろうが、明日からの学校でブツブツカードオタクなんて扱いになってしまっては、空気としてただクラスに存在していたのが、余計に邪険に扱われうるかもしれない。
カードゲーマーに対するネット上の偏見を自分に当てはめただけではあるが、少なくとも、早口ではしゃぎすぎるのはよくないと自分に言い聞かせる。
(で、どうすればいいんだよ!?)
一難去ってまた一難というか、女子と事務以外でしゃべったのは小学校卒業以来である、カードゲーマー故、初対面の人とのカードゲームプレイは何支障なくできるという自信はあったが、それは相手が同種だったからだと実感させられ、どうもどう切り出すべきかわからない。
無言のまま、1分ほどの時間が過ぎる。
その沈黙を破ったのはカードショップの店員で二人にすぐに席に着くように促す。
「あのー、そろそろ対戦準備に入っていただいてよろしいでしょうか」
「…あ、はい」
「ごめんなさい…すぐにします」
二人はすぐさま席に着き、お互い無言のままカードのシャッフルやら何やらと準備を進めていると、麗華が思い切って口を開いた。
「えっと、緋羽くんだよね?」
「あ、うん、えっと、桜園さんだよね?」
「うん――」
今後自分がどうするかについて考える麗華と、どう話していいのかわからない賀駆はそのまま対戦がはじまった。
◇ ◇ ◇
「対戦ありがとうございました」
「こちらこそ……」
賀駆と玲花はそういってお互いすぐに卓を離れる
(いや、キモ過ぎだろ俺、というか、あれ?何も覚えてない)
結果としては、白星を得た賀駆であったが、どうにもその過程が覚えていない。
だが、少なくとも過去一番のプレイミスをかましていたことだけはわかる。
そして、本人は気づいていないが、頭が真っ白になっていた影響で早口はいつも通り発動していた。
一方、賀駆以上に動揺し、プレイミスを抱えて、デッキの根幹に一回も触れぬまま負けた、麗華は
(どうしようどうしようどうしよう――)
依然として、動揺していた……
もとより、家の都合でこういうとこに来ること自体禁止されているのだが、誰にも知られないという条件で親に許された彼女は、絶望を感じていた。
これからどうすべきかと考える彼女は、幸い次の対戦スケジュールが空きであったので、一度会場を離れ人気の少ない非常階段に座り込んだ。
(やっと楽しめたのに、もう終わりかぁ……)
やっとの思いで初めてまともに対戦ができた彼女は、誰かに知られてしまった以上、今日以降カードゲームをすることができなくなってしまうだろう。なんて落ち込んでいると急に階段口のドアが開く
「あ……ごめん」
そこには悩みの原因の賀駆が半開きのドアから覗き込みすぐに閉めようとする、麗華はすぐに彼を呼び止める
「緋羽くん、ちょっといい?」
「まぁ、いいけど、なんでしょう?」
彼女の必死な表情になにをいいだされるのだろうかと緊張しつつも、彼女の呼びかけに応じる。
彼女は一度呼吸を置いて
「緋羽くん、私が今日ここにいたことって秘密にできる?」
「え、あ、そんなこと?」
なんとなくもっと深刻なことかと思っていた賀駆は拍子抜けする。
しかし、少し考えるとわかってきたようで
「もしかして、家の決まり的な?」
「うん、まぁ、そんなとこ…なんか、桜園家にいる以上、そんな俗なことはしてはならないとかってい決められててね」
「そういうことね、いいよ、絶対に誰にも他言はしない。」
「ありがとう…」
そういうとホッとしたのか表情が緩む麗華は、何か思いついたようで、少しもじもじしながら
「あと、もしよければ、これからカードゲームの相手をしてくれない?」
「え?」
「いやならいいの、ただ今まで相手がいなくて……相手になってくれればうれしいなーって」
「いやわけがないよ、むしろ、俺なんかでよければいつでも」
恥ずかしそうに頭をかく麗華に、賀駆は断る理由なんてなく、食い気味に答える。
もちろん、彼も思春期男子である以上「桜園さんとお近づきになれるかも……」という下心がなかったわけではなかっただろうが、
賀駆にとって、常に対戦するのは裕司ばかりで、ほかの人とは大会などであたる以外ほぼほぼなく、もう少しじっくり語り合えるカードゲーム仲間が欲しかったところであったので、男女問わず、こういう誘いは待ち望んでいた。
「じゃあ、これからよろしくね、緋羽くん」
「ああ、よろしく、桜園さん」
そういいながら向き合うと、なんとなく気恥ずかしくなってくる二人の間に一つの通知音が響く、音源は賀駆のスマホで裕司からのラインであった
『ガク氏?どこでござるか?
拙者はもう自販機で買ってしまったでござるよ?』
賀駆はすぐにのどの渇きを思い出し「それじゃ、また」と玲花に告げ、非常階段を下りて行った。




