第四章: 廃墟のパトロール
かつて「エデン事件」の舞台となった植物園は、今や管理者のいない廃墟と化していた。しかし、その地下に広がる旧エーデルワイス社のセキュリティ・ブロックだけは、無数のサーバーラックが発する排熱と、冷却ファンの低いうなりが、まるで巨大な捕食者の呼吸のように響いていた。
「……ここね。市民安全局の未公開セクション、『パトロール』の本拠地」
拘束を解かれたアカリが、カイの解析端末を見つめて呟く。彼女の瞳には、かつての迷いはない。
施設の入口には、皮肉にも「市民の正義を守る」というスローガンが掲げられていた。
「潜入ルートはシンが見つけた。システムの『空白』を突き進む」
カイはシンの言葉を信じ、論理的な予測を捨てていた。
「いいか、カイ。正面からハックしようなんて思うなよ。奴らの正義は『予測可能』なものしか受け付けねぇ。俺たちがやるのは、リズムを狂わせる即興演奏だ」
シンが歪んだベース音を叩きつけると、ドローンの姿勢制御ユニットが不規則な振動に共鳴し、照準器が酔っ払ったように虚空を彷徨った。
2. 正しさの檻
地下の最深部。そこには巨大なモニターウォールに囲まれた「処刑場」があった。
『パトロール』のリーダー、かつてカイに敗れた元警視正の男・室井が、狂気的なまでの静寂を纏って立っていた。
「久世カイ。君はまた、この街の『純化』を邪魔するのか。不純物は統計的に排除されねばならない。我々はただ、市民の潜在的な怒りを最適化し、効率的な断罪の場を提供しているに過ぎないのだ。瀬戸のような汚れた人間、アカリのような裏切り者を排除することこそが、市民が望む真の正義なのだ」
モニターには、街中のSNSの投稿がリアルタイムで流れ続けている。
『悪を殺せ』『パトロール万歳』『裏切り者に死を』
それは一年前のAIによる管理よりも、ずっと醜く、生々しい言葉の暴力だった。
「室井、お前の正義には『相手』がいない。ただ鏡に向かって自分を称賛しているだけだ。……ターゲットを失うと立てない土俵なら、俺たちが壊してやる」
カイは喉に手を当てた。
シンが背後のスピーカーから、最高出力のハイハットを刻み始める。
『正しさの檻から 抜けるための検査――』
「お前たちが身に纏っているのは『正義』という名の安っぽい既製品だ! その服を脱ぎ捨てて、剥き出しの自分で問いかけてみろ!」
3. アップデートの咆哮
カイの声が、シンの鋭いリズムと完全に同期した。
それは前作のような「叫び」ではなく、相手の心に深く入り込み、視点を書き換えるための「シャープな視点」だった。
「独りで立つより、誰かと育つ……! お前たちが叩いている瀬戸の過去も、アカリの沈黙も、全部お前たち自身の『弱さ』の投影だ! 友を見ろ、自分を見ろ! 二択の檻から這い上がってこい!」
カイの言葉が、パトロールのシステムを逆流し、市民たちのデバイスに「不都合な鏡」として映し出された。
怒号に染まっていたタイムラインが一瞬、静まり返る。
「眠ってた目を開けろ、聖華市……! 真実の場所は、そこじゃねぇ!」
シンがドラムスティックでメインサーバーの筐体を叩き壊した。
火花が散り、モニターの「正義」がノイズに溶けていく。
室井は崩れ落ちた。自分の信じた「絶対的な正義」が、ただの「孤独な叫び」に過ぎなかったことを突きつけられて。
「……カイ、シン。聞こえるわ。街の鼓動が、少しずつ変わっていくのが」
アカリがモニターのノイズの向こう側に、小さな光を見た。
それは、誰かの指示ではない、人々が自ら「わからない」と言い始めた、新しい精神の産声だった。
しかし、室井は最後の手を打っていた。
「……ならば、この『正義の暴走』そのものを、物理的な爆発へと変えてやろう」
床を震わせる重低音と共に、視界を赤く染める警報灯が狂ったように回転し始めた。デジタルな断罪の場が、今度は物理的な地獄へとアップデートされていく。
最終章、本当の意味で「目を醒ます」ための時間がやってくる。




