第二章:The Binary Trap - 二択の罠
Justice or friend
(Intro)
(重厚なベース音と、刻むハイハットのビート)
Yo,
誰かが言った 「悪は消せ」って
「正義」を盾に 指を指し合って
笑えねぇジョーク 耳を貸すなよ
真実の場所 そこじゃねぇから
(Verse 1)
悪を叩くのが正義のゴール?
牙を隠した、自称パトロール
他人のミスを 見つけては告発
賢く立派な フリして喝采
でも考えな もし悪が消えたら
アンタの正義は どこへ行くんだ?
ターゲットを失い困り果てる面
悪を作らなきゃ 立てない土俵か?
(Chorus)
我が物顔でのさばる その「正しさ」
無責任な奴が 着る「正しき」正装
わかったふりして 裁くその前に
わからない場所で 問い直す精神
1. カセットテープの残響
カイの作業場に、ザラついた音質のベース音が鳴り響く。
シンの渡したテープに記録されていたのは、一年前の「エデン事件」の際、レンが植物園の深部で録音したと思われるデモ音源だった。
「……悪を叩くのが正義のゴール? 牙を隠した、自称パトロール」
レンのラップが、今の聖華市を予言していたかのように突き刺さる。カイはその音声データをスペクトラム・アナライザにかけ、ある「異常」を発見した。
「日向、これを見ろ。ネット上の瀬戸への非難投稿……そのスパイク状の波形が、このテープに仕込まれた不可聴領域の低周波の周期と完全に同期している」
「どういうこと? まるで、この曲のリズムに合わせて、街全体が瀬戸を叩いているみたいじゃない」
アカリがモニターを覗き込む。彼女は現在、フリーのジャーナリストとして警察内部の不穏な動きを追っていた。
「ああ。誰かがこの『リズム』を増幅させ、市民の正義感をハックしている。……そして、この波形の癖。一年前、エーデルワイス社のセキュリティ部門にいた, ある男のプログラム・スタイルに酷似しているんだ」
2. シンの正体:鏡の男
その時、地下室の入り口で乾いた拍手が聞こえた。
「流石だな、解析屋。音の裏側を読む力だけは錆びついちゃいねぇ」
シンが闇の中から現れる。彼はアカリを見ると、少しだけ意外そうに眉を上げた。
「元サツか。レンが漏らしてたぜ。カイの隣に、冷てぇロジックじゃなく血の通ったリリックを吐く女がいるってよ」
「レンと……どこで知り合ったの?」
アカリの問いに、シンはカイの隣に歩み寄り、モニターに映るレンの波形を指でなぞった。
「俺は、レンがエーデルワイス社から逃げ出した後に身を寄せていた、スラムのコミュニティの弟分だ。レンは言ってたぜ。『カイは理屈で世界を解こうとするが、俺はバイブスで世界を塗り替える。二人合わさって初めて、真実の場所へ辿り着ける』ってな」
シンはカイを見つめる。その瞳には、かつてのレンと同じ、鋭くも温かい光が宿っていた。
「カイ、あんたの正義は、瀬戸を助けることか? それとも、告発した奴らを捕まえることか? ……そんな二択で考えてるうちは、一生『パトロール』には勝てねぇ」
3. 『パトロール』の影
シンの言葉を裏付けるように、アカリの端末に警察内部の極秘文書が転送されてきた。
「……見つけたわ。市民安全局の地下セクション、通称『パトロール』。彼らの目的は、市民の怒りを共鳴させ、特定の個人を社会的に抹殺するアルゴリズムの構築。瀬戸は、彼らが街のボルテージを測るための最初の『共鳴板』にされたのよ」
「独りで立つより、誰かと育つ。その楽しさが、氷を溶かす……か」
カイはシンの持ってきた歌詞の一節を噛み締める。
正義を盾にして他人を指差す人々は、孤独な檻の中にいる。その檻を壊すのは、絶対的な「正しさ」ではなく、自分を映し出す「鏡」のような友との連鎖だ。
「シン、お前の視点を貸せ。俺の論理と、お前の直感。……この二つで、街の『アップデート』を始めるぞ」
カイの喉から、かすかに震える「本物の言葉」が漏れた。
その瞬間、地下室のモニター群が、かつてないほど鮮やかな色で波打ち始めた。
その時、モニターのノイズが一点に収束し、新たな波形を描き出した。
ターゲット:日向アカリ。
『パトロール』が次に牙を剥くのは、正義のドレスを脱ぎ捨てた「裏切り者」だった。




