87 ベルン宮殿の1室 その4
警備隊長に呼ばれて部屋を出て行った爺やが、血相を変えて執務室に駆け込んで来た。
「人払いをお願い致します。」
「皆の者下がれ。」
側近の3人以外が執務室を出て行った。
「あちらのテーブルで説明致します。」
爺やに言われて皆がソファーに移動した。
「何事だ?」
「これをご覧下さいませ。」
爺やが1枚の書類を私に差し出し、数枚の書類をテーブルに並べた。
渡された書類を読んだ瞬間に、愕然とした。
側近の3人はテーブルに置かれた他の書類を覗き込んでいる。
「何処で手に入れた。」
震える声で、爺やに聞いた。
「4時間程前に件の少年が暗殺ギルド”闇のナーべ“に襲われ、5人の暗殺者を捕縛致しました。 そのうちの1人にアジト迄案内させ、少年がアジトを壊滅させてボスを捕縛したそうで御座います。 暗殺者に襲われてから、僅か2時間後だったそうで御座います。 少年がギルドのボスがいた部屋の横に作られていた隠し部屋を見つけ、中にあった金庫に入っていたのがこの書類だそうで御座います。」
見ていた書類を側近に渡し、別の書類を手に取る。
「少年がボスを尋問した所、前公爵家暗殺の依頼人がコローセ伯爵である事をいとも簡単に認めたそうで御座います。」
「公爵軍全軍に緊急出動準備の触れをだせ。」
「御意。」
側近の1人が部屋を飛び出して行った。
「件の少年はどうしておる?」
「“書類は閣下に差しあげる”と申しましたので、この件に関しては一切話さぬよう口止めをした上で帰らせました。」
「前公爵家についての依頼者は勿論だが、この顧客リストに載っている者達も問題だ。 闇ギルドが壊滅したと言う情報が洩れれば、証拠を隠滅する恐れがある。 幸いにも今は国境情勢が好転したので、公爵軍の精鋭達がベルンに戻っておる。 このリストに有る貴族達の屋敷を捜索させようと思うがどうだ。」
「公爵軍の指揮官は子爵や男爵で御座います。 上位貴族や同格の貴族達が容易く捜索を受け入れるとは思われませぬ。」
「・・・、余が勅命を出そう。」
「それは御英断。 公爵家直筆の勅命を頂ければ上意で御座いますから、軍が屋敷に押し入っても帝国法違反とはなりませぬ。」
ベルンの貴族達は基本的に公爵家の家臣だが、形だけではあるが皇帝陛下から爵位を認められている。
貴族屋敷に公爵軍が押し入る事は、緊急の時以外は帝国法で認められていない。
勅命とは法律を超越する国王の命令。
緊急事態と国王が判断した場合のみ使える超法規的命令だ。
旧国王である公爵家には、国王時代に持っていた勅命を出す権限が今も与えられている。
公爵は“伝家の宝刀”とも言われる勅命を使う事を決断した。
早速側近達によって勅命の書類が作成され公爵が次々に署名する。
暗殺ギルドの顧客リストに載っていた貴族の数は多い。
万が1、捜索によって新しい証拠が出てきた場合に備え、予備の分の勅命も用意された。
そろそろ夕闇が迫ると言う時間に、ベルン公爵軍1万2千が一斉に動いた。
闇のナーベがショータを襲ってから僅か7時間余り、電光石火の動きであった。
「仰せの通り、コローセ伯爵屋敷に公爵軍を差し向け、コローセ伯爵を捕縛、屋敷の捜索を行いました。 同時に暗殺ギルドの顧客名簿にあった貴族の屋敷にも兵を向かわせ、屋敷の捜索を行っております。」
「うむ。」
「コローセ伯爵屋敷の家宅捜索の結果、前公爵暗殺はコローセ伯爵家とアクダー伯爵家が主導し、フンダー侯爵家、ヘンダー侯爵家など8家が、資金供出や警備情報の漏洩、警備兵を遠ざけるなどの形で関与していたという証拠書類等が見つかりました。」
「貴族では無く、貴族家自身が関与していた証拠が見つかったと申すか。」
「御意。」
「余も随分と舐められたものよのう。」
「どうやら前御館様を亡き者にすれば、東部地域は貴族院の思い通りに動かせると考えていたようで御座います。」
「痴れ者めが。」
「確たる裏付け証拠が見つかりましたので、事前の計画通り、直ちに関係した8家にも兵を差し向け、調査を行っております。」
「捜索を素直に受け入れたのか?」
「御指示通り、閣下直筆の勅令書を掲げた公爵軍が貴族屋敷に突入、全員を1か所に纏めた上で屋敷の捜索を行いました。 多少の抵抗はあったようですが、“上意である“と伝えると、おとなしく従ったようで御座います。 これも公爵家の御威光で御座いましょう。」
「うむ。」
恐らく圧倒的な数の公爵軍に屋敷を取り囲まれてやむを得ず従ったのだろうが、そこは追及しなかった。
Aランク冒険者がベルンにいるせいで国境が安全になり、主力軍がベルンに戻っていた事で大軍を動員出来た。
これも少年のお陰と言って良いであろう。
「数家の隠し金庫から、貴族家の署名の入った前公爵亡き後の事に関する盟約書が見つかり、新たに関与が判明した貴族の屋敷にもすぐに兵を送りました。 ところが、貴族家の捜索を致しましたところ、数家では公爵軍の捜索直前に書類が破棄された事が判明いたしました。 領軍の指揮官の中に情報を流した者がおったようで、その件に関しましては只今調査中で御座います。」
やはり貴族家の情報網は侮れない。
今回は厳重な情報統制をおこなって秘密裡かつ迅速に動いた筈だが、それでも情報漏洩があったらしい。
「前公爵家暗殺に関与した8家はどのように申しておる。」
「最初は“知らぬ、存ぜぬ”の1点張りで御座いましたが、閣下のおっしゃった通り2侯爵家に対して、侯爵家の引退と子供達全員の貴族籍剥奪を認めれば、孫娘の侯爵家襲名を認めるとの条件を提示した所、家名断絶を免れると言う事で、2侯爵家は調査に全面協力するようになりました。 2侯爵家によって証拠品が提示されたので、他の貴族家は反論を諦めました。 現在も事情聴取と捜索を継続しております。」
貴族にとっては、先祖から受け継いできた“家“が取り潰しとなる事は最大の汚辱だが、それだけではなく、侯爵家が取り潰しとなれば、今迄侯爵家に尽くして来た一族や家臣、その家族全てが、身分や職を失って路頭に迷う事にも成る。
侯爵家の規模であれば数千人が生活の糧を失うかどうかの瀬戸際に追い込まれていると言う事だった。
貴族家自身や子供達は貴族としての立場を失うが、家さえ存続していれば、今まで通りとはいかなくとも大勢の家臣達は身分や職を失わなくて済む。
そこを公爵が突いて、お家存続の希望を与えたのだ。
「やはり侯爵家は他家を犠牲にしてでも御家の存続を計ったか。」
「閣下の予想通りで御座いました。」
「伯爵家についてはどうだ?」
「暗殺を主導したコローセ伯爵家とアクダー伯爵家は既にお家断絶と1族全員の処刑が決定致しておりますが、その他の伯爵家につきましては目下調査を継続中で御座います。」
「左様であるか。 貴族院についてはどうじゃ?」
「貴族院は古来より貴族家のみが参加出来る男人禁制の組織でありましたので、法令でこれを変えるには複雑な手続きが必要と判りました。 そこで貴族会議と名を変え、公爵閣下臨席の下で重要事項を審議する御前会議とする法令を作成中で御座います。」
「うむ、それで良かろう。」
東部地域の最高権力者が議会に参加すら出来なかった事が、ここ数年に渡るベルンの混乱の元凶であったのだ。
東部地域の政策を決める、事実上の最高決議機関に公爵が参加出来ればそれで良い。
「目下の最重要事項は、政治上層部の混乱を民衆に波及させない事で御座います。」
「うむ。」
「一番の問題は、貴族達の妨害によって件の少年への対応が遅れました為に、閣下の評判がかつてない程宜しくない状態になっておる事で御座います。」
「うむ。」
「失った少年の信頼と民衆の支持を取り戻すには、今回の少年による闇ギルド殲滅の手柄を大々的に喧伝する事が肝要かと思われます。」
「少年の信頼と民衆の支持を取り戻すにはどうすれば良い、やはり褒賞金か?」
「少年は悪霊討伐の依頼料もギルドの口座に入れたまま全く手を付けておりません。 ワイバーン討伐の褒賞金に至っては全額を孤児院に寄付しております。 金や宝石で少年の気を引くのは無理で御座いましょう。」
「うむ。」
「また、ワイバーンの褒賞金が余りにも少なかった事で、閣下は吝嗇だという評判が民衆の間にも定着しております。 民衆が納得できる程度の褒賞金は必要ですが、急に褒賞金を増やしても、民衆は何か裏があるのではと疑念を抱くだけで御座います。」
「では、どうする。」
「褒賞金とは別に、民衆が羨ましく思うようなもの、もしくは少年が皆に自慢できるようなものが宜しいかと思われます。」
「余には平民の喜ぶものが判らぬ。 具体的には何が良いのだ。」
公爵が苛立った。
政治や貴族については詳しいが、公爵は平民については全くと言って良い程知識が無かった。
「少年は毎日図書館に通って本を読んでいると聞いております。 ベルン宮殿の書庫には珍しい本が沢山御座います。」
「本か。」
「また、中央公園横の図書館に通う折に、公園にある花や樹木をじっと見つめる事がしばしばある、という報告も上がっております。 ベルン宮殿の庭園には珍しい花や樹木が沢山御座います。 平民がベルン宮殿の庭園に入れるのは、花咲き月の1週間のみ。 いつでも庭園に入る事が出来る宮殿の通行証と、書庫の閲覧証を与えれば、毎日のように宮殿に来るのは間違いありません。 少年が宮殿に足げく通っているという噂が広まれば、公爵閣下が少年と仲が悪いという噂も自然に無くなる筈で御座います。」
「成程、それは良き考えである。」
少年が鑑定の練度を確認する為に、同じ花や樹木を見つめている事など監視役の諜報部員も知る由も無かった。
ましてや”花は食えん“の一言で済ませてしまう、花を観賞するという風雅な趣味とはかけ離れた朴念仁だったとは思いもよらなかった。




