77 ベルン宮殿の1室 その3
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頼運
公爵の執務室は人払いがなされ、公爵と家宰をはじめとする数人の側近のみがテーブルを囲んでいた。
「件の少年についての報告書が纏まりました。」
家宰がテーブルの上に分厚い報告書を差し出した。
公爵が報告書を手に取り、1枚1枚ゆっくり捲って目を通していく。
「皇帝陛下が動いているのだな。」
「間違いありません。 少年を取り込むために召喚状を出そうとしたようですが、それを察知したギルド本部が、緊急幹部会議を開き、少年を皇帝の命でも拒否出来るAランク冒険者に昇進させて帝都召喚を阻止しました。 10歳でのAランク昇格は大陸初で御座います。」
「陛下が帝都に呼び寄せようと考え、大陸ギルド本部がいきなりAランクとする程の少年の事を、余が全く知らなかったとはどのような訳だ。」
「平民以下である冒険者に公爵家が関わるのは、公爵家の権威を貶める事だと貴族院から申し入れがありました。 さらに、貴族院長が直々に、閣下には少年の事を一切報告せぬよう、私達家宰を含めた宮殿の上級使用人全員に厳命致しました。 先日の褒賞の折にも平民である少年が付け上がらぬよう、出入りの納品業者並みの待遇にせよとの指示が御座いました。」
「・・判らぬ。 どういうことだ?」
公爵が首を捻る。
「公爵閣下は少年が嫌いだと、少年に思わせる手立てで御座います。 討伐の恩賞を与えるからと呼び出されたものの、対応した使用人達の態度も悪く、言葉もぞんざい。 案内されたのは狭い粗末な部屋でメイドも付けて居ないので菓子の1つも無い。 いつ呼ばれるかも判らぬまま、長時間に渡って放置される。 これ程ひどい扱いを受ければ、誰しも良い気持ちは致しませぬ。 そこへ僅か白金貨1000の褒賞金。 当然の事として、少年は勿論ギルドマスターも公爵閣下を嫌うようになります。 少年とギルドマスターが公爵閣下を嫌えば公爵家以外の貴族家が家臣や婿として少年を迎え易いという考えなのでしょう。」
「余は少年に嫌われておるのか?」
「貴族達が色々な手を使って、閣下を嫌うように仕向けましたので、そうなるのは当然の事かと思われます。 中には少年を嫌っている公爵閣下から守ってやるから家臣になれ、と申し出た貴族も居ったそうです。 これだけひどい扱いをされれば、少年が公爵を嫌いにならぬ筈は有りませぬ。」
「・・・そうであるか。 ・・・報告書にはケルベロスを従魔にしているとあるが、事実か?」
「体長50㎝程の幼獣ではありますが、ケルベロスであることは間違い有りません。」
「ケルベロスを従魔にしたという前例はあるのか?」
「ケルベロスは地獄の門番。 冥界の王ハデスの忠実な番犬と言われている神獣でございます。 人間ごときが従魔に出来るような存在では無いかと思われます。」
「しかし、少年はケルベロスを従魔としておるのであろう?」
「恐らくはケルベロスが何らかの事情で生まれ変わった直後に少年と出会ったとか、別の何らかの特別な理由で、ケルベロス自らが望んで少年の従魔になったのではないかと思われます。」
「神獣を従魔にしておる程の稀有な少年の事を、余には一切知らせぬよう、貴族院がそち達に命じておったのだな。」
「御意。」
「更に余がその少年に嫌われるように、工作をしておったのだな。」
「御意。」
公爵の顔が憤怒で赤く染まる。
側近達の顔が青ざめた。
公爵がテーブルに手を伸ばし、冷めかけた茶を口に含んだ。
高貴な家に生まれた者として、感情を露にすることは幼いころから厳に戒められている。
怒りを面に出せば、家臣や使用人の首がいとも簡単に胴と離れるのだ。
怒りが少し収まったらしい。
「・・・図書館では古代語や外国語の専門書を読んでいると有るが、その方はそのような専門書が10歳の子供に理解出来ると思うか?」
「どれ程理解出来ているかは定かではありませんが、毎日図書館に通って、古代語や外国語で書かれた専門書を熱心に読んでおる事に間違いはありません。」
「毎日か?」
「はい。 怪我人が出たとギルドから呼び出しがあるまではずっと本を読み続けております。」
「10歳の子供が古代語の専門書か、・・・。陛下やギルド本部が関心を示すのも尤もだな。」
「御意。」
「休日はどのように過ごしておるのだ?」
「この街に着いて1年近くになりますが、1日も休んでおらぬようで御座います。」
「何だと! ギルドは僅か11歳の子供を、休みも与えずに扱き使っておるのか?」
「その辺の事情までは分かりかねます。」
「事情はともかく、まだ11歳の子供だ。 週に2日は休ませるように命じよ。」
「しかしながら、回復師が休むとギルドとしては何かと不都合があろうかと思われます。」
「元々大門ギルドには回復師はいなかったと聞いておるぞ。」
「少年が回復師として着任して既に10か月。 冒険者達はギルドに回復師が居る事に慣れております。 休ませるよう命じましても、褒賞金同様に公爵閣下による少年への嫌がらせと受け取られかねませぬ。」
「・・・左様であるか。 この件については何か良い知恵が見つかってからとしよう。」
「御意。」
「貴族達が動いているのも事実なのだな。」
「貴族達が競うように冒険者ギルドを訪れ、ギルドマスターに養子縁組や家臣への取り立てを申し入れたのは事実でした。 当主の申し入れが悉く断られたので、今は貴族家が動き出しております。」
「貴族では無く、貴族家も動き出したというのか?」
「当家には御館様が居りませぬ故に詳しい事は判りませぬが、貴族家の晩餐会やお嬢様方の茶会では、少年の情報が頻繁にやりとりされているようで御座います。」
「貴族では無く、領主である貴族家までもが直接動き出しているという事か?」
「機転の効かぬ当主では埒が明かぬと思われたようです。」
「そうであるか。」
「貴族家の殆どは図書館付近で少年を直接確認したようで御座います。 今は何とか手づるを見出そうとしてか、少年と同じ年頃の娘達に図書館周辺を徘徊させている家もあります。 また、領主に認められようと、従魔となっているケルベロスや、悪霊盗伐で得た魔法袋を簒奪する計画を立てている当主も幾人か居るようです。」
「余には一切報告もさせず、陰でそのような事をしておるという事か?」
「御意。」
「皇帝陛下は今後のどのように動くと思う?」
「ワイバーン討伐の時、すぐに少年についての調査を命じられ、悪霊討伐成功の報に接して即座に帝都での拝謁が決定されました。 ただ、拝謁準備中にハテナ様による神国大聖殿の崩壊が起って中止となっております。 それを考えますと、神殿の情勢が落ち着けば必ず拝謁が行われるものと思われます。」
「拝謁か。 ・・・少年を帝都に留めようとするのであろうな。」
「Aランク冒険者は陛下の命を断る事が出来ますが、僅か11歳の子供。 百戦錬磨の陛下の手管に掛れば赤子の手を捻る様なもので御座いましょう。」
「・・・拙いな。 何か手を討てぬか?」
「陛下が本気になられたら、我らごときでは如何ともしがたいと思われます。」
「そうであるか。 しかし、それ程の少年の事を余に隠したまま、少年を我が物にしようと貴族達は画策しておったのだな。」
「御意。」
ベルン公爵は急死した父の後を受けて襲爵して3年、まだ20歳という若さもあって、襲爵に尽力してくれた東部連合の古参貴族達にはあまり強い事を言えない状況だった。
だが、これ程虚仮にされては、黙っている事が出来なかった。
「これは東部地域の盟主であるベルン家への反逆である。 この件について公爵家諜報部の全力を挙げて詳細を調査せよ。 関わった貴族に関しては、過去の不正についても徹底的に調査せよ。 余が公爵家を継いで3年、その間どの家もやりたい放題であった。 陰では数多くの不正をしておる筈だ。 反論の余地を残さぬよう、徹底して証拠を固めよ。 家宰達は調査に基づいて反逆者の処分を検討せよ。 身分への配慮は一切不要である、事実だけを積み上げよ。」
「御意。」
貴族の叙任は皇帝の権限だが、マルキド帝国では旧帝国の東西南北に位置する4か国が皇帝に帰順して現在の帝国となった経緯から、4か国の王を公爵に叙して領地も安堵した。
その為、元の王国に関しては統治する4公爵家が事実上の叙爵権を持っており、公爵家の推薦を受けた高位貴族を皇帝が形式的に叙任するというのが慣例になっている。
ベルン公爵は東部貴族達の叙爵権だけでなく処罰権も持っているのだ。
今迄公爵襲爵に尽力してくれた貴族達には、波風立てぬよう接して来た公爵であったが、とうとう堪忍袋の緒が切れた。




