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72 ベルン宮殿の1室 その2

花咲き月の最初の週は宮殿の庭が一般に公開され、毎日午前10時と午後3時に公爵1族が宮殿2階のバルコニーに立ち、エントランス前の広場に集まった民衆に手を振るのが慣例になっている。

「じい。」

バルコニーでの挨拶を終えた公爵が付き従う側近に不機嫌そうな声を掛けた。

「何でございましょう。」

「民が少なかったな。」

例年に比べて宮殿の庭に来た民衆が明らかに少なかった。

バルコニーに出た時の民衆の反応も、例年の様な熱狂的なものでは無かった。

「・・・ワイバーンを倒した少年の扱いについて、良からぬ噂が広まっております。」

一瞬困った顔を浮かべた側近が、申し訳なさそうに答えた。



「どのような噂だ?」

「・・・閣下が、少年の・功績に・全く・報いて・いない、とかで御座います。」

少年については貴族院から口止めされているので、側近が言いよどんだ。

「とか? 他には何がある、全て申してみよ。」

「・・少年を前線に送って殺そうとしたとか、ワイバーンの討伐料を減らしたとか、・・教会による少年暗殺を黙認した。 ギルドに閉じ込めて街にも出さない、・・食事も銅貨8枚の日替わり定食に限らせている、などで御座います。」

「それほどまでに余が少年に邪険にしておると言うのか?」

「恐れながら。」

「・・・前線に送るべき、という貴族達の案を余が受け入れたのは事実だ。 貴族達が“ワイバーンを倒した少年であれば大規模な上位魔法を撃てるから魔獣討伐が容易になる”と口を揃えて進言したからだ。 他の事も事実であるか?」

「ワイバーンの売却金が白金貨35200枚であったことは民衆にも知られて居ります。 通常は討伐した魔物売却額の半分が討伐者達の取り分。 今回で言えば17600枚が少年の取り分。 そこに褒賞を加算するので、私達が貴族院に提示したのは白金貨20000枚です。」

「なんだと。」

「貴族院は、親のない子供に大金を渡すのは教育上宜しく無い、と主張して白金貨100枚と決定致しました。」

「貴族院の提案した100枚ではあまりにも少なすぎると思い、余が10倍にしたがそれですら常識外れであったと言う事か。」

「褒賞を読み上げた時、貴族達からも、たったそれだけかというどよめきが起こりました。 民衆からすれば、前代未聞の戦果を挙げた大英雄を軽んじているとしか思えないでしょう。」

「そうであったか・・・。」



「出動要請の報酬にも怒っております。」

「事前契約の通りに支払い、更に今回の功績を鑑みて追加報酬を支払ったと聞いたぞ。」

「追加報酬は少年以外の治癒師だけです。 少年への加算はワイバーン討伐の報酬があるので不要と貴族院に却下されました。」

「何だと。」

「要請料は1日金貨2枚なので12日分の金貨24枚を契約通りに支払いましたが、少年が治療した怪我人は約5000人。 一人当たりの治療費が半銅貨1枚にも満たないのに、追加報酬が一切無かったのはおかしい。 公爵家は英雄を蔑ろにしていると民衆が怒っております。」



「・・・教会による少年暗殺とは何じゃ? 余は全く聞いておらぬぞ。」

「少年に関しては閣下のお耳を汚す事は罷りならぬとの貴族院からの申し出がありましたので、報告出来ませんでした。」

「・・・そうであったか。」

「元伯爵屋敷の悪霊討伐の折、教会は大神国の枢機卿達が悪霊退治に向かいましたが、あえなく返り討ちとなりました。 その悪霊を少年が数時間で倒した事で教会の面目が失われ、それを怨んで教会が暗殺者を少年の元に送りました。」

「そのような事があったのか。 しかし少年は無事であるぞ、暗殺を黙認とは何じゃ?」

「教会は4度に渡って暗殺者を少年の元に送りました。 少年に捕らえられた2度目の暗殺者達は警備隊に引き渡され、教会に依頼されたと供述しましたが、警備隊は全く動きませんでした。 その後も3度目、4度目の暗殺者が送られ、少年によって捕らえられて警備隊に引き渡されましたが、それでも警備隊は動きませんでした。 警備隊の捜査権が教会に及ばないのは致し方ない事ではありますが、公爵家が動けば何らかの手を討てた筈と民衆は思っております。」

「・・・・左様な事があったのか。」



「少年をギルドに閉じ込めていると言うのも本当か?」

「ギルドから殆ど出ないのは事実ですが、我らが閉じ込めている訳では有りません。 恐らくは英雄を取り込もうとする貴族達がギルド周辺を徘徊しているので、それを警戒したのではないかと思われます。」

「貴族達が少年を取り込もうとしておるのか?」

「ワイバーンの単独盗伐は800年前の勇者以来、一人で12頭など前代未聞の大活躍です。 何とかして取り込もうとしている貴族は大勢居ります。」

「そのような事は聞いておらぬ。 公爵家で雇うのはどうだと指揮所で聞いてみたが、下賤の者を雇えば公爵家の品位に係わると皆が口を揃えて申しておった。」

「少年の取り込みを公爵家と競っては勝ち目が無いからで御座います。 先に少年を抱え込んでしまえば、後は何とでも言い訳出来ると考えたのでしょう。」

「・・・食事についてはどうなのだ。」

「食事はギルドが提供しているので関知しておりませんが、毎日銅貨8枚の日替わり定食しか食べていないのは事実のようです。」

「・・・そうか。 少年はそのような貧しい生活をしておるのか。 ・・・少年について詳細に調査し、余に直接報告せよ。」

「しかと承りました。」


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