70 おばさんでは無くネーサンだった
礼拝を済ませ、教会の裏に回ると子供達の声が聞こえて来た。
「院長先生ぇ~!」
バンさんが大きな声で叫ぶと、子供達に囲まれているお爺さんがこちらに振り向いた。
ベルンの灯のみんながお爺さんに駆け寄る。
「ブン、バン、ビン、ベン、みんな元気そうじゃな。」
声を掛けたバンさんでは無く、ブンさんの名前が一番先なのは4人の力関係なのだろう。
「「「「はい。」」」」
「そちらに居るのは、孤児院に入りたい子かな?」
「もう、院長先生ったらぁ。 この子があの有名な竜滅よ。」
ブンさんが院長先生の肩に張り手をかますと、院長先生がよろよろとよろける。
この孤児院では、ブンさんは院長先生よりも偉いらしい。
院長先生が体勢を立て直し、俺の正面に立って背筋を伸ばした。
「なんと、あの英雄殿であったか。 これは失礼した。 私はこの“灯の家“で院長をさせて頂いておる、インチョーと申す。 お見知り置き下され。」
院長先生はインチョー先生だった。
「ショータです。 ベルンの灯の皆さんにはいつも助けて頂いております。」
「そうであるか、ベルンの灯が英雄殿のお役に立っていると聞いて嬉しく思いますぞ。 この子達は本当に良い子達で、冒険者になってからも時々来て子供達と遊んでくれるのじゃ。」
「草原で迷っていた俺を、この街に案内してくれたのがベルンの灯の皆さんでした。 俺にとっては恩人です。」
ギルドの職員さんも冒険者達も、みんな親切だから凄く居心地が良い。
本当に良い街に案内してくれたとベルンの灯には感謝はしている。
大陸で一番危険な街でなければ、もっと良かったけど。
「そうであったか。 英雄殿をこの街に御連れしたのがベルンの灯であったとは驚いた。 これもハテナ様のお導きであろう。」
「こんな所で立ち話してたら邪魔ですよ。 みんな中に入りなさい。」
インチョー先生の後ろにいたおば・・お姉さんが声を掛けて来た。
声に出さなくとも俺の思いを感じたらしい。
途中で目つきが変わったのに気が付いて、心の中の声を言い換えたら笑顔になってくれた。
エスパーか?
俺の灰色の脳細胞を読み取れるのか?
危ねえ、危ねえ。
この世界の女性は強いだけでなく、勘も鋭いらしい。
「こちらは孤児院の運営をしてくれているネーサン先生じゃ。 灯の家のお館様じゃ。」
おばさんでは無くネーサンだった。
灯の家ではインチョー先生では無く、御館様であるネーサン先生が一番偉いらしい。
貴族家の領主だけでなく、商会や工房といった組織のオーナーや最高責任者を“お館様”と呼ぶ事は図書館の本で読んだ。
お館様は表には出ず、ひたすら子づくりと子育てに励むが、子づくり期間を終えた年配のお館様は現場で陣頭指揮を執る事が多いと書いてあった。
この孤児院では、お館様が現場に出て指揮を執っているらしい。
「ベルンの灯にお世話になっているショータです。 宜しくお願いします。」
「これはご丁寧にありがとうございます。 英雄殿に訪ねて頂けるとは光栄ですわ。」
「いえいえ、俺は只の回復師ですから。 普通の子供として扱って下さい。」
みんなで建物に向かおうとしたら、子供達が遠巻きにこちらを見ている。
「この子はベロ。 有名な竜滅様の召喚獣だから、近寄っても大丈夫よ。 とっても触り心地が良いのよ。」
ブンさんがベロを撫ぜ乍ら子供達を安心させると、子供達がこわごわと近づいて来た。
「こうして優しく撫ぜてあげるとベロが喜ぶの。 叩いたり毛を引っ張ってはダメよ。 みんなだって叩かれたり毛を引っ張られたら嫌でしょ。 ベロも同じだからね。」
子供達が恐る恐ると言う感じでベロに手を伸ばした。
「うわぁ~、フワフワ。」
「ほんと、柔らかくてスベスベだぁ~!」
ベロに触った子供達が上げた嬉しそうな声を聞いて、離れた所から見ていた子供達も一斉にベロの所に駆け寄って来る。
アッと言う間にベロは子供達の群れに囲まれた。
「こら~! 順番よ順番! 年長組は小さい子に付き添ってあげなさい。 毛を引っ張ったら止めるのよ。」
「キャウ、キャウ。」
ベロも子犬っぽく鳴いて可愛い子ぶっている。
ベロは自分を可愛がってくれる人間は大好き。
「俺はネーサン先生達とお話があるから、ベロはそこで待っていてね。」
「ワフ(分かった)。」
ベロの事が大好きなブンさんと、子供達の世話係をするビンさんベンさんが庭に残り、俺とバンさんがネーサン先生やインチョー先生達と一緒に古びた建物に入った。
孤児院は平屋の建物4つが渡り廊下で繋がっている造り。
1つは比較的新しいけど、他の3つはかなり痛んでいて隙間風が入りそう。
俺達が入ったのは一番大きいけど、かなり壊れかけている建物だった。
「ここは事務室と食堂の建物よ。 子供達の部屋を優先して修理しているから、ここは後回しになっているの。 隙間風は入るけど建物自体が壊れる事は無いと思うわ、たぶん。 まあ倒れてもここで寝てる子はいないから、すぐに逃げれば大丈夫よ。」
いやいや、“逃げれば大丈夫“って何なんだ?
食堂らしいテーブルが並んだ広い部屋を良く見ると、床が全体に斜めになっている。
丸い物を置いたら勝手に転がって行きそう。
柱も微妙に傾いている気がする、じゃなくてはっきりと傾いている。
「修理はして貰えないのですか?」
「ハテナ様の神託以前は、高位神官達が孤児院の経費まで横領していたし、今は改革のお陰で横領は無くなったけど、教会自体の収入が減っているから孤児院まで手が回らないのよ。 子供達を飢えさせないだけで精一杯ね。」
「そうですか。 だったら丁度良かったです。」
「何が丁度良いの?」
「持っていたくない、気分の悪いお金があるんです。 捨てるのもどうかと思っていたので是非使って下さい。」
テーブルの上に2つの金袋をドドンと置いた。
「これは?」
「ワーバーン討伐の褒賞金です。 本来は討伐素材の売り上げの半分を貰えるんだけど、子供だからと、たったこれだけにされたんです。 気分の悪いお金ですけど、お金はお金。 孤児院の修理費に使って貰えれば嬉しいです。」
ネーサンさんが金袋の口紐を解いて中を覗いた。
「白金貨じゃない。 こんな大金貰えないわよ。」
褒賞金として貰った白金貨1000枚を見てネーサン先生が驚いている。
前世ならおよそ10億円、そりゃあ驚くよね。
「俺を殺そうとした公爵に貰った褒賞金なので、持っているのは嫌なんです。 それにワイバーンを倒せたのはベルンの灯のみんなが俺のレベルアップを手伝ってくれたからですから、ベルンの灯のお陰で貰えたお金とも言えます。 灯の家の為に使って貰えたらこのお金も喜びます。」
「ネーサン先生、受け取ってあげてよ。 ケチな公爵から貰ったお金だけど、お金はお金だよ。 それに、こんなはした金で俺達の英雄様が喜んでいるなんて思われたくないし。 全額寄付しちまったってなれば、俺達の英雄の評判も上がるからな。」
いやいや、俺はベルンの灯の英雄じゃねえし。
俺達は、同じギルドで働く仲間だぞ。
「そう言う事なら有難く頂戴いたします。 ショータ殿に神の祝福がありますように。」
ネーサン先生が俺の為に祈ってくれた。




