68 ベルン宮殿の1室 その1
今迄は、あまりにも酷い神官や傲慢貴族が目立ちすぎた為に、“良い領主”であり庶民とは隔絶した尊い存在として、たとえ噂話であっても家名が出る事など無かった公爵家。
その公爵家への批判が突如として沸き上がったので、一番困惑したのは公爵の側近達だった。
東部地域の統治権はベルン公爵家にあるが、政策は高位貴族家によって構成されている貴族会議で決まる事が多い。
公爵家としても、大きな領地を治めている高位貴族達の意向を無視する事は出来ない。
本来であればベルン公爵家が差配する会議なので公爵家の意向が最優先されるが、この会議に出席出来るのは女性だけ。
男は会議の土俵にすら上がらせて貰えれない。
たとえ男であっても、東部地域のトップである公爵家となったのだから会議に出席するのが当然だと公爵も側近達も思っていたが、貴族会議の“男性を参加させないのが伝統である“の一言で未だに参加させて貰えてない。
公爵家として新しい政策を打ち出そうとしても、貴族会議に諮ると悉く否決されてしまう。
会議は秘密会議なので、内容については公爵にも明らかにされないまま、否決という結果だけ報告されているのが現実であった。
前世でも、首相が女性の場合、大相撲で内閣総理大臣杯を渡す為に女性首相が土俵に上がるかどうかが話題になっているが、“伝統“という言葉はなかなかに重い。
もはや“デントウ“の時代は終わって、LEDの時代だと思っているのは頼運だけでは無いと思う、って全然関係ないか。
「公爵家は竜滅の上前を撥ねて大儲けしたらしい。」
「ワイバーン1頭が白金貨1600枚で売れたのに、22頭倒した竜滅に与えたのは1頭分にも満たない白金貨1000枚だって。」
「おいおい、魔獣討伐者の貰える額は、売上代金の半額じゃないのか?」
「普通はそうだ。」
「半分だと、1頭が白金貨800枚。 22頭分だと、・・・えっと。」
「17600枚だ。」
「凄げえな。 おまえ、紙に書かなくても計算が出来るんだ。」
「当たりめえだ、それ位の計算が出来なくて商売人が務まるか。」
「17600枚が1000枚かよ。 公爵家は、ぼろもうけだな。」
「大規模討伐でも、竜滅は5000人の怪我を治したが、報酬は参加報酬の金貨24枚だけだったそうだ。」
「それって少ないのか?」
「金貨24枚は銅貨2400枚だ。 5000人治療したら、1人当たりの治療費は半銅貨1枚以下だぞ。」
「ぅげっ。半銅貨1枚以下で竜滅に治療させたのか?」
「普通なら金貨5枚だろ。 1000分の1以下かよ。」
「しかもワイバーンに襲われるような危険な所でだろ?」
「公爵家、えぐすぎじゃね?」
「それだけじゃなくて、竜滅の手柄を横取りする為に前線送りにして殺そうとしたらしい。」
「森の中で後ろから襲えば、たとえ相手が竜滅でも殺せると思ったらしいぞ。」
「竜滅が死ねば手柄は全て公爵家の物だからな。」
「白金貨1000枚払うのも嫌だったんだろう。」
「悪霊討伐でも、竜滅が浄化した屋敷を高く売って大儲けだったらしいぞ。」
「討伐に成功したにも関わらず、拝謁すらなかったそうだ。」
「ギルドを通した依頼だから、討伐料だけは厭々払ったらしいけどな。」
「竜滅が教会の騎士団や暗殺者に狙われた時にも、見て見ぬ振りをしていたぞ。」
「竜滅に儲けさせて貰っているのに、保護は全く無しかよ。」
「領主様よりも人気のある英雄は気に入らんのだろ。」
「竜滅を使って儲けるだけ儲けて、使い捨てにするつもりなんだろな。」
「竜滅が未だにギルドの職員寮暮らしなのも侯爵家の圧力らしいぞ。」
「竜滅は掃除や洗濯も自分でしているんだってな。」
「ふたつ名を持つAランク冒険者が、自分で掃除や洗濯をしてるのか?」
「せめて、メイドの1人くらい付けてやれや。 公爵家には山程メイドがいるんだから。」
「Aランク冒険者は侯爵待遇なのに、公爵家は年金も出していないらしい。」
「どの国でもAランク冒険者には年金が出る筈だろ?」
「白金貨2~3千枚が相場で、屋敷や使用人の費用は領主持ちと聞いた事がある。」
「Aランクともなれば、何人もの使用人がいる大きな屋敷に住んでいるのが当たり前だからな。」
「竜滅は屋敷も年金が貰えないから、ギルドの独身寮なのか。」
「竜滅の治療費は銀貨3枚~5枚だから、ベルンでは宿にすら泊まれねえんだよ。」
「毎日の食事も寮や酒場の日替わり定食しか食べさせて貰えないらしい。」
「公爵は毎日贅沢な食事をして、竜滅は銅貨8枚の日替わり定食か?」
「竜滅が贅沢を覚えない様に、公爵家がギルドに圧力を掛けているそうだ。」
「街に出るにも許可がいるそうだぞ。」
「そう言えば街で竜滅を見かけたという話は聞かないな。」
「英雄の人気が上がらない様に、ギルドに閉じ込めているらしい。」
「いくら竜滅が子供だからって扱いが酷すぎないか?」
「というような噂がベルンの街に流れております。」
街の噂を集めて来た諜報員が次々に報告すると、聞いていた公爵の側近達が頭を抱えた。
「酒の席での噂話に過ぎないとはいえ、これ程までに酷い噂が流れているとは・・・。」
「噂というものは広がるのが速い。 特に噂の中に事実がちょこちょこ入っていると、真実味が増してしまう。」
ベルンにおいては至高の存在であった公爵家が、噂話に上っている事自体がベルンの支配層にとっては衝撃であった。
「何か良い知恵は無いか?」
側近達は何とか噂を根絶しようと頭を悩ました。
「養子に迎えると言う案は、生家が判らない今は無理とギルマスに断られたな。」
「家臣に迎えると言う案も本人に拒否された。」
「そもそもは、大規模討伐の時に指揮所にいた大貴族達が勝手にワイバーンを運び出したり、自分達の働きを目立たせる為にショータを殺そうとしたのが原因で、公爵閣下のせいでは無い。」
「ショータの活躍を小さく見せる為に褒賞をケチったり、暗殺されてくれたら幸いとショータの身を守る手立てを一切させなかったのも貴族会議の指示だぞ。 何故どれもこれもが閣下のせいになっておるのだ。」
「しかし、それを公にする事は出来ぬ。 大貴族達に反発されたらもっと拙いぞ。」
「貴族会議から閣下への報告も止められておる。 現状では、我らにはどうしようもない。」
公爵家の家政を切りまわしている側近達にとっては、家柄をかさに何かにつけて口を挟んで来る大貴族にはほとほと手を焼いているという状況だが、良い知恵は浮かばずに何の手も打てなかった。




