5 思い切り顔を殴られて後ろに引っ繰り返った
喉の渇きは癒せたし、お腹も一杯。
収納にはボカンが沢山入っているので水も食糧も問題無い。
“えい“、”やぁ”、“とぅ”
足取りも軽く魔法を発動しながら塔の方向へと歩く。
知らない草があった。
“とう”
ガン!
思い切り顔を殴られて後ろに引っ繰り返った。
「ってててて。」
おでこと鼻がめっちゃ痛い。
顔を触って見ると、手に生暖かいヌルッとした感触がする。
かなりの量の血が出ているらしい。
恐らく鼻血。
”回復“
痛みと鼻血は収まったが、何が起こったかが判らない。
顔を殴られた場所には何もない。
隠蔽のスキルを持つ魔獣か?
恐る恐る殴られた場所に手を伸ばすと、堅い何かに触れた。
バリア?
「あっ!」
思わず声を上げる。
“とう”はバリアの魔法だった。
知らない草に鑑定を掛けたつもりがバリアを発動して、顔から思い切りバリアに衝突したらしい。
猿も木から落ちる。
豚もおだてりゃ木に登る。
なんのこっちゃ。
“回復”・“鑑定”・“バリア”を繰り返し発動しながら歩く。
“えい“、”やぁ”、“とぅ”だと、どれが何の魔法なのか判らなくなるので魔法名に戻した。
思っていたのと違う魔法を発動したら目も当てられないことを体感した。
俺は失敗から学べる賢い男、だといいな。
とっさの時には魔法名の方が安全。
魔獣が飛び掛かって来た時に、バリアのつもりで鑑定を発動したら洒落にもならない。
練度上げの練習ついでに色々な事を試したからこそ、失敗を経験出来た。
俺はまだ10歳。
若者は痛い目に会う事で大人になれる、と言う事にしておこう。
掛け声を魔法名に戻したから、もう大丈夫、な筈。
普通に歩いていて、いきなり透明な板に激突する恐怖は2度と味わいたくない。
めっちゃ痛かったんだから。
すぐに回復を掛けたけど、痛いものは痛い。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
何かが歩いているような、草を踏み分ける規則正しい音が近づいて来た。
草原の中なので隠れる場所は無い。
立ち止まって音のする方を見ていたら、なだらかな丘の向こう側から4人の人間が姿を現した。
剣や槍を持った男3人に女1人。
鎧っぽい物やローブを着けている。
テレビの異世界アニメで観た冒険者パーティーそのもの。
4人はあたりを警戒しながら、俺に向かってゆっくりと歩いて来た。
槍を持った兄ちゃんが2m位ある大きな獣を肩に担いでいる。
杖を持った姉ちゃんが少し足を引きずっている。
小柄な兄ちゃんも肩から血を流している。
魔獣盗伐に出掛けた冒険者の帰り道なのだろう。
ファンタジー小説でお約束の異世界転生者と冒険者との初邂逅。
大抵はめっちゃ親切な冒険者か極悪非道な悪党。
世の中には善人と悪人が居るのだからどちらかに決まっている。
いや、善人の悪党や、悪党をしている善人がいるかも知れない。
善人悪党と悪党善人、悪党なの、善人なの?
自分でも何を考えているのか判らなくなった時、剣の兄ちゃんが声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん、こんな所で何をしているんだ?」
お嬢ちゃん?
そう言えば、ササヤカお神が女顔にすると言っていた。
俺は女の子に間違えられたらしい。
まだ自分の顔を見ていないので判らないけど、女の子っぽいのだろう。
「え~とぉ、俺は男。」
性別で区別するとジェンダーフリーが幅を利かせている前世だとめっちゃ怒られる。
この世界がどうなのかが判らないので、一応男だと小さな声で主張した。
性別を誤魔化すよりは良い筈。
「「「ええっ!」」」
4人が声を揃えて叫ぶ。
叫ばれた俺の方がビックリした。
そんなに驚く事なの?
余程女っぽい顔をしているらしい。
早めに確認しておいた方が良さそうに思った。
「男だったか、すまん。それで、こんな所で何をしている。」
「え~と、気が付いたらここにいた?」
「・・・生まれはどこだ?」
「う~ん、判んない。」
流石にこの場で日本と言うのは無い。
「名前は?」
あれ? 名前が思い出せない。
そうだ、“俺”についての記憶は”アラフォー“しか無いんだった。
すっかり忘れていた。
「・・ショータ?」
取りあえず思いついたのがショータ。
ササヤカお神がショタコンだったから。
「ショータか。歳は幾つだ?」
「10歳?」
ササヤカお神が10歳にすると言っていたから多分10歳の体になっている筈。
自分では判らないけど。
「そうか。俺達はベルンの街に戻る所だが、一緒に来るか?」
「ベルンの街?」
「ほら、向こうに塔の先がみえるだろ?」
兄ちゃんが指差したのは、俺が目指していた塔。
「うん。」
「あれがベルンの街だ。」
何となくこの4人は良い冒険者っぽく感じた。
目的地が同じならこの兄ちゃん達に付いて行った方が安全。
「一緒に行く。」
「そうか、じゃあとりあえず歩こうか。」
「でも怪我してる。」
足を引き摺っている姉ちゃんと肩に傷がある兄ちゃんを見る。
「たいした怪我ではない。」
「俺、傷を治せる。」
「治癒魔法が使えるのか?」
「回復。」
「回復魔法?」
「うん。」




