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58 ああ地獄ギルドの方ですね

この世界に来て半年以上経ったので、この世界の考え方も少しずつ判って来た。

“俺は女性が何人も婿を取るって聞いた時には、凄くビックリした”

ベルンの女性社会に驚いた事をレイに話した。

前世で見た時代劇の影響か、婿殿という言葉にはめっちゃ抵抗を感じて、絶対に婿にはなら無いと思った事を思い出した。

それでも落ち着いて考えれば、ここは異世界。

俺が生まれ育った世界とは違う。

郷に入っては郷ひろみ。

ローマではローマ人のするようにせよ、という言葉もあった。

洋の東西を問わず、その土地の価値観は気候風土や歴史などによって、長い年月を掛けて作り上げられたもの。

他所の土地から来た者は、その土地の価値観には敬意を持って接するのが当然だ。

今は、偶々にせよこのベルンに来たのだから、俺もベルン人のするようにした方が良いのだろうと思い始めている。

”成る程。 かつてこの地に来た勇者達も、多くの婿を従えた女性には驚いたかもしれぬな。 ショータといると、色々と面白い話が聞けるので楽しい。 ショータの従魔となって良かったと思うぞ“

“俺も色々な魔法を教えて貰えるから、レイが従魔になってくれて良かったと思ってるよ”

”お互い様という訳じゃな、カタカタカタ“

レイが大笑いすると、骨がカタカタ鳴る。

従魔になったレイが楽しんでくれているようなので、俺も嬉しくなった。



「良い場所を見つけたぞ。」

朝の訓練に行こうとしたらレイに声を掛けられた。

「良い場所?」

「以前ショータが見つけてくれ、と言っていた練習場所じゃ。」

レイに言われて、漸く練習場所を見つけて欲しいと頼んでいた事を思い出した。

最近はレイが丁寧に教えてくれるので、どんどん魔法が旨くなっていくのが実感出来る。

余りにも練習が楽しくなりすぎたせいか、練習場所を探して欲しいと頼んでいたのをすっかり忘れていた。



レイと一緒に練習場所の候補地に転移した。

勿論ベロも一緒。

初めての転移なので、レイの魔力に意識を集中する。

魔力がレイの体で渦を巻き、俺達を囲むように球形に放出される。

俺達の居る空間を、球形の魔力で空間ごと切り取った?

その瞬間、体が浮き上がるような感覚と共に風景が一変した。

いつかは転移が出来るようになりたいと思っている俺にとっては、実際に転移を体感出来るのは大きい。

この感覚を忘れない様にしようと思った。



転移した先は低い岩山の中腹だった。

周りは大きな石がゴロゴロ転がっている荒地。

大きな山脈の中らしく、遥か遠くにはぐるりと囲むように高い山が見えている。

ただ、日本の盆地とは違ってめっちゃ広い。

盆地というよりも、山に囲まれた平野という感じ。

俺が立っているのは、広い平野の所々にある低い山の1つ。

少し離れた所に森や川が見えるが、人里らしいものは見えない。

ここなら見晴らしが良いから、遠視や遠聴の練習にも最適に思えた。

広いのでチンの長さも自由に変えられるし、回復弾の射程距離も判り易い。

森から離れているので魔獣も来ない、と思う。

もし魔獣が来ても、ベロとレイが居るから安心。

Sランク2人の護衛付きで訓練が出来るなんて、高位貴族のパワーレベリングでも有り得ないめっちゃ贅沢な環境だ。

「ここ良いね。」

「気に入ってくれたら、色々と探した甲斐があった。」

「うん、ありがとう。」

週に2回、午前中の練習をこの荒地でする事に決めた。



結界と拘束の反復練習をしながら荒野を走り回る。

ベロが俺の周りをグルグルと回りながら、物凄い速さで走っている。

ずっとギルドに引き籠っていたので運動不足だったのだろう。

尻尾の蛇さんも楽しそうに頭を振っている。

小さな体のままなのに、めっちゃ早い。

時々ベロパンチで大岩を粉々にしている。

うん、ベロとも戦わなくて良かった。

そう言えば、猫は瞬発力系の筋肉だけど、犬は長距離向きの筋肉だから、毎日運動させないと体調が悪くなると聞いた事がある。

これからはベロの運動も考えてあげなくてはダメだと反省した。



剣の練習は、ギルドの練習場では出来ない10m先へのチンの振り下ろし2000本。

僅か10m先なのに、チンの刃筋が微妙にぶれている。

ここで練習する迄は、刃筋がぶれる事無く剣を振れるようになったと思ってたけど、単なる俺の思い上がりだった。

剣が短いので、ぶれに気が付かなかっただけ。

その上、今はまだ1振りに3秒掛かる。

大型の魔獣にとっては、10mなんて1秒で接近できる距離。

もっと離れた所からチンを使えないと魔獣とは戦えない。

素早く動く宿敵鼠の魔獣だと掠りもしないだろう。

神経を集中しなくても無意識に振りきれるようになるのは何時の事やら。

熊に言わせると振り下ろしだけでも10年掛かるらしい。

10年も経ったら俺は21歳になってしまう。

あれ21歳?

若いじゃん。

剣の道を究めるのはまだまだずっと先の話だろう。



最近はベロをモフりたいと言う職員や冒険者が増えた。

ベロ好きの人数が多くなって治療室では邪魔になって来たから、午後の治療時間はギルドの入り口横にある従魔の待機スペースでベロと遊んで貰っている。

ベロをモフっているギルド職員や冒険者達を見て、近所の子供達も集まって来たから、ギルドの入り口横はいつも結構な人だかり。

レイのお陰でベロとも念話が出来るようになったから、何かあっても直ぐに念話で連絡出来るから、見えない所にいても安心。



ケルベロスは通称“地獄の門番“と呼ばれるSランクの神獣。

ベロが傷付けられる事は無いけど、ベロを怒らせたら相手の命が心配。

今の可愛い姿からは想像もできないが、本来は体長5m、体高2m50㎝の大型神獣。

小さくなってもSランクはSランクだ。

本気になったら、いや、本気にならなくてもめっちゃつおい。

今日はどの首に従魔カードを掛けるかで、毎朝3つの首がキャンキャン言い争いをしている姿からは想像も出来ないけど。



ベルンの冒険者ギルドは東西南北の各門の近くに設けられている。

南門はベルンの正門なので正式名は大門、俺のいるギルドは大門ギルドが正式名称。

寮で夕食を食べていたら、職員の声が聞こえた。

「最近大門ギルドじゃなくて、地獄ギルドって呼ばれる事が多くなったぞ。」

「おお、俺も出先で“ああ地獄ギルドの方ですね”って言われた。」

「まあ、入り口に地獄の門番がいるからな。」

「ちょっとだけ触らせて貰ったが、あのモフモフ感がたまらねえな。」

「ああ、花街にある乳酒場の姉ちゃんよりも良い触り心地だ。」

乳酒場って何だ?

「お前、あんな所に行っているのか?」

「女は怖いが、乳酒場の姉ちゃん達は優しいぞ。 優しく触るだけなら好きにさせてくれる。 誰が何と言おうと、おっぱいは正義だからな。」

乳酒場というのは、前世のオッパブらしい。

ちょっと興味を惹かれた。

異世界を知る為には、絶対に行かなければならない場所の1つ。

おっぱいが好きだからでは無い、あくまでも異世界の文化を知る為の社会見学、という事にしておこう。

今は危険過ぎるからいけないけど。

「乳酒場の姉ちゃんか、母ちゃんに知られたら2~3年小遣い無しだな。」

「奥様のお陰で生活出来てるんだから、しょうがねえよ。 奥様が厳しいのはどこの家も同じだ。」

「まあそうだな。」

「触り心地はベロの方が良いけど、俺達ではなかなか触らせて貰えないからな。」

「串肉とか菓子を持って行けば、ちょっとだけだが触らせて貰えるぞ。」

「そうなのか?」

「女性陣もベロに嫌われたくないから、好物を食べている間は隙間を空けて触らせてくれるんだ。」

「良し、今度やってみよう。」

ギルド職員達が寮の食堂で楽しそうに話しをしている。

ベロの事が気に入っているようだし、“地獄ギルド“と呼ばれても嬉しがっているようなので、ちょっと安心した。


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