4 千里の道も1番星
だいぶ歩いた筈なのに、森の向こうに見えている塔は少しも近くなった気がしない。
泣きそうになる。
泣かないけど。
草原に来てからもう数時間が経っている。
疲れた、喉が渇いた、お腹が空いた。
ずっと歩き続けたから当然か。
「水球。」
「ウォーター。」
「お水。」
「お冷。」
「シャワー。」
「線状降水帯。」
魔法名やイメージを色々と変えながら頑張ってみたが、水は出ない。
水属性の魔法は使えないらしい。
少し小高くなった所から周りを眺めたが、草原には水も食べ物も有りそうな雰囲気が無い。
森の中なら食べ物があるかもしれない。
草原の縁にある森に向かって歩いた。
森を近くで見ると、下草はさほどないので森の中を歩けない事は無い。
歩けない事は無いけど、繁った木の葉が光を遮っていて奥の方はかなり暗い。
中に入るのはちょっと、いや、めっちゃ怖い。
異世界の森、魔獣が出るに決まっている。
木が沢山あって見通しが悪い上に暗かったら、何処から魔獣に襲われるか判らない。
今は安全第一。
食べ物と水を探しながら、森の縁を歩く。
新しい木を見付ける度に鑑定を掛けるのも忘れない。
練度上げは大事。
目の端に、森の中で何かが動いたのが見えた。
立ち止まって、じっと目を凝らす。
3~4m先にある木の根元に50㎝位の何かがいる。
先手必勝。
”やぁ!”
回復の球を森の中に飛ばす。
鼠っぽい動物?、魔獣?
何だか判らない生き物がヒョイっと回復の球を躱す。
球の飛ぶ速度が遅いので簡単に躱せたらしい。
鼠っぽい生き物が俺を睨み付けて居るような気がする。
俺に向かってメンチ切ったな。
転生者を甘く見るな!
俺の力を思い知らせる為に、頭の中で銃弾をイメージする。
大切なのはイメージ。
空気抵抗の少ない銃弾型なら速度が上がる筈。
銃弾型の回復が鼠っぽい魔獣に高速で飛んで行くイメージを練る。
”やぁ!”
銃弾の形をした回復がそこそこの速さで飛んだ。
当たった!
ギュア!
鼠っぽい魔獣が怒ったような声を上げ、俺に向かって突っ込んで来た。
凄い速さで元気一杯、怪我したような様子は全く無い。
めっちゃ怒ってる感じ。
4m程の距離が一瞬で詰まった。
ヤバい。
“とぅ!” “とぅ!” “とぅ!”
バリアを連発する。
ゴン!
キュン、キュン。
バリアに激突した鼠さんが鳴き声を上げて森の中に逃げ去った。
「はぁ。」
ほっとして息を吐く。
バリアがあったから助かった。
スライムは殺せたけど、回復弾では鼠っぽいのを倒すのは無理だった。
でも、怒ったから牽制とかには使えるかも知れない。
それにしても魔獣の動きはめっちゃ早い。
前世のG並み。
止まってじっとしていたから当たったけど、動いていたら絶対に当たらない。
何はともあれ、大切なのは練度上げ。
練度が上がれば速度も威力も上がる筈。
千里の道も1番星。
希望を捨ててはいけない。
回復の練度が上がればいつかきっと鼠さんを倒せる、といいな。
自分を励ました。
森の縁を歩いていたら、リンゴくらいの大きさの実が沢山生っている木を見付けた。
ただし、生っている実は紫と青が混じったおどろおどろしい色。
見るからに猛毒感が満載。
”えい“
“ボカン”
思わずポカンと口を開ける。
生っている実はポカンじゃ無くてボカン。
ボカンだと判ったけど、それが何なんだ?
鑑定で名前が判っても、知らない名前だと食べられるかどうかも判らない。
知識が無いと、鑑定を掛けても意味が無いことを知った。
ササヤカお神は病気にかからない体にすると言っていた。
だったら、毒や食あたりも大丈夫、な筈。
恐らく、たぶんだけど。
背に腹は代えられない。
見た目は恐ろしそうな実だけど、俺はナマコやウニを食べる日本人。
水族館でナマコとウニを見たけど、どう見ても食えそうには思えなかった。
ナマコの触れ合い体験もしたけど、握っただけで気持ち悪かった。
最初にナマコやウニを食べた人は本当に凄いと思う。
俺には絶対に無理。
見た目には喰えそうもないナマコやウニも、食べて見るとめっちゃ美味しい。
このリンゴもどきも美味しいかも知れない。
大丈夫、俺にはササヤカお神に貰った有難い健康のスキルがある。
かなり怪しい神様ではあったが、信ずるものはすくわれる、足を。
いやいやそうじゃない。
今はササヤカお神に貰った健康のスキルを信じる外はない。
虎穴に入らずんば、広辞苑。
なんのこっちゃ。
木に手を伸ばし、指でボカンの実をツンツンする。
反撃は無い。
木が襲って来ないかを警戒しながら、思い切ってボカンの実を握って引き千切った。
すぐさま飛び退いて、木の反撃に備える。
木の枝が揺れている。
うん、俺が実を引き千切ったから揺れてるだけ。
どうやらボカンは木の魔獣では無いらしい。
握りしめたボカンの実をじっと見る。
近くで見ると、更に毒っぽい。
スンスン、臭いを嗅いでみる。
甘い、良い匂い。
下痢や腹痛にならない事を祈りながら、思い切って端っこを齧った。
うっ、・・・旨い!
色はちょっと、いや、だいぶあれだけど果汁が多いし味も極上。
あっと言う間に1個を食べ切ってしまった。
めっちゃ美味しかったし、喉の渇きも収まった。
うん、うまい。もう1個。
2つ目を捥いで口にする。
3つ食べたらお腹が一杯になった。
低い木に沢山生っていたボカンの実を全部収穫した。




