35 俺は単なる酒の肴らしい
「それ以上に拙いのは公爵家には嫁が居ない事だ。」
「それって拙いの?」
「この国では、重要な事は高位貴族家の会合で決まる。 領主の会議だが、出席者は全員女性で男は参加出来ない。 公爵には嫁が居ないから、高位貴族家の会議で何が話されたかの情報が手に入らないという事だ。 勿論決まった事は公爵に伝えられるが、決定までの背景が判らないから会議の決定に口を挟み難い。」
「公爵に味方する家臣はいないの?」
「側近達の領主は家柄が低いから、本当に重要な会議には参加出来ない。 ベルンの街が荒れているのは、高位貴族家が街の様子すら公爵に伝えさせない様にしているからだと言われている。」
公爵は情報を遮断されている?
「お嫁さんを貰う予定は無いの?」
「公爵に嫁が居なければ、高位貴族の領主達が東部地域を好き放題に出来る。 何度か嫁取りの話が出たが、高位貴族家会議で何かと理由を付けて破談にしたり、嫁候補のいる家に公爵の悪い噂を流して妨害しているという噂だ。 お偉い様達の事だから、あくまでも噂だがな。」
公爵もなかなか大変らしい。
でも、嫌いな事に変わりは無い。
俺を殺そうとした事は、嫁がいないからという理由でチャラになる話では無い。
俺は恨みを忘れない、義理堅い男なのだ。
ようやく迎えのメイドが来て祝賀会に案内された。
「デンさんお久しぶりです。 先日はお世話になりました。」
祝賀会の会場でデンさんを見つけた。
「ショータ、久しぶり。 元気にしてた?」
「うん。」
「みんな、ショータが来たわよ。」
デンさんがダンさん達を呼んでくれた。
「おう、元気そうだな。」
「皆さんのお陰です。」
「何を言ってるやら、俺達が元気でいられるのは英雄殿のお陰だ。」
「そうそう、英雄殿の活躍はベルンの街中に広まっているぞ。」
「俺も来る患者、来る患者にショータの活躍を聞かれて困っておる。」
「俺が目の前でワーバーンが墜ちる所を見ていたと知った者達が、毎晩酒に誘ってくれるからずっとただ酒飲み放題だった。」
「俺もだ。 両手をこうやって広げて、”堕ちろ“って叫んでやるとみんな拍手喝采だ。」
いやいや、俺は無詠唱だから、”堕ちろ“とか叫んでないし。
「おいおい、俺は”死ね“でそれをやってるぞ。」
「どうせあのドンガンドンガンで何も聞こえなかったんだから、何でも良いのさ。」
「要するにみんなが盛り上がって酒が旨く成ればそれでいい。」
俺は単なる酒の肴らしい。
「褒賞は貰えた?」
「うん。」
「報奨金は幾らだ?」
「白金貨1000枚。」
「「「・・・・。」」」
「20000枚は確実だと思ったがな。」
ダンさんがポツリと呟く。
デンさんとドンさんが目を逸らした。
華やいだ空気が一瞬でお通夜のようになった。
「えっと、ミスリルの剣も貰えたよ。」
「一応聞くが、宝石とかが沢山付いた剣ではないよな。」
「うん、普通の剣。 気軽に使えそうだから嬉しかった。」
「ついでだから聞くが、治癒師の追加報酬は貰ったか?」
「追加報酬って金貨130枚とは違うの?」
今回の依頼料は1日に付き金貨10枚。
前世だと1日10万円位。
ギルドの日雇い仕事だと俺の収入は1日に金貨3枚~5枚位だけど、ギルドの治療室は破格の安さだとズンさんが言っていた。
危険な場所だし、治療魔法は特殊技術。
治療院を休んで参加している人もいるので、まあそんなものだろうと思っていた。
俺にとっては大金だけど。
往復の日もカウントされるので、13日分の依頼料は金貨130枚だ。
「金貨130枚は依頼料だ。 今回は追加報酬として俺達全員に白金貨10枚、金貨で言うと1000枚分が支払われた。」
追加報酬があった事すら知らなかった。
「知らん。」
「どういうことだ?」
ダンさんが喧嘩腰にデンさんとドンさんに詰め寄った。
「判らぬ。 公爵閣下は聡明な方と聞いている。 そのような事をするとは到底思えない。」
「ショータを前線送りにしようとした奴だぞ。 その上にこの仕打ちかよ。」
「他のみんなには追加報酬を出して、一番沢山の患者を治療したショータだけ無いってどういう事よ。」
「ほんと、信じられねえ。 絶対みんなに言いふらしてやる。」
「俺もだ。 これじゃあショータがあまりにもかわいそすぎる。」
デンさんとドンさんはおろおろするばかりだ。
俺の事で怒ってくれるのは有り難いけど、お金はギルドの治療費で充分。
毎日3万円も貯金できる生活なんて、前世では夢のまた夢。
あぶく銭は身を亡ぼすだけなので、今回の依頼料さえ収納に塩漬けにしておくつもりだった。
大事なのは継続的に入って来る収入。
自分の未来をあぶく銭に託すのは危険すぎる。
日々着実に前進する事が大事。
千里も道も一本釣り。
ベルンは海から遠いので初鰹は食べられそうもない。
あれ?
そもそもこの世界には鰹がいるのか?
俺が考えに耽っているうちに、みんなが周囲の冒険者や兵士を巻き込んでワイワイと話をし始めたから、俺はこっそりと抜け出した。
お金の事で揉めるのは嫌い。
暮らして行けて、ちょっと貯金が出来れば俺は満足。
抜け出した目的は会場の周りに並んでいるテーブルに乗った料理やお菓子。
俺的には異世界初の本格的料理。
異世界料理を味わい尽くすつもりで、料理の並んだテーブルを回った。
美味しそうなものが有ったら、テーブル担当のメイドさんに取り分けて貰う。
味見するつもりで少しずつ取り分けて貰ったものの、1口食べただけで眉を顰めたくなる。
正直に言ってあまり美味しくない。
香辛料まみれのめちゃ辛料理と、アメリカ風の檄甘菓子を食べている感じ。
素材の味が感じられない程に辛いし、甘い。
というよりも辛過ぎるし、甘過ぎる。
祝賀会なのでケチっているとは思えない。
料理人も1流なのだろうが、いかんせん味が強烈過ぎる。
辛い料理は酒のアテなのだろう。
香辛料の多い料理や、甘いお菓子自体が高価で珍しいのかも。
俺が子供舌なせいかもしれないが、日本の御出汁や甘さ控えめのお菓子が懐かしくなった。
でも、取り分けて貰った物を残すのはダメ、絶対。
素材を育てた人、調理をしてくれた人達に申し訳ない。
一口齧った残りの料理を無理やり飲み込む。
口の中の辛さや甘さを洗い流す為に水を飲む事が多くなる。
すぐにお腹がチャポンチャポンになって、壁際のソファーに腰掛けていたら眠ってしまった。




